アイラとトルメンタ①
鳥の鳴き声とカーテンの隙間から溢れる陽光でアイラは目を覚ました。いつものデュランのお腹の上とは違うふかふかで広い天蓋付きの最高級ベッド。部屋は広く、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。
「……おはょぅござぃましゅ」
寝ぼけ眼で誰に言うわけでもなく呟いたアイラはベッドから降りてスリッパを履くと、トイレに向かうべく部屋を出る。長い通路の右を見て、左を見る。昨日はたくさん探検したつもりだったが、もうどこに何があったか覚えていない。トイレを探すついでにデュランかウィリアムがいないか屋敷を探し回ることにした。二人の部屋を訪れるも姿が見えない。一階にいるかと思い、階段を降りるとトルメンタが階段の手摺りの拭き掃除をしていた。
「あぁ、おはようございますアイラお嬢様。昨晩はよく眠れましたか?」
にっこり爽やかな笑顔で挨拶をするトルメンタにアイラも朝の挨拶を返す。
「……おしっこ」
「承知致しました。すぐお手洗いへご案内します。ついでに洗顔と歯磨き、お髪のセットとお着替えを済ませましょう。ご用意はこちらでしておきますので」
アイラの手を引き、エスコートするトルメンタ。アイラがトイレから出る頃には今日着る洋服を含めた身支度セットが用意されており、一通り済ませて化粧室から出るとトルメンタがそこに立っていた。
「身支度はお済みのようですね。では、お髪のセットは僭越ながら私めがお手伝いさせて頂きます」
トルメンタに促されて化粧台の前に座ったアイラ。トルメンタは慣れた手つきで寝癖で更にもしゃもしゃになった髪を櫛で梳かしていく。一通り仕上がったアイラの服に預かっていた虎皇会のバッジを付けようとしたトルメンタだが、そのバッジを見つめ何やら神妙な顔をしていた。その様子を不思議そうに見つめているアイラの視線に気づいたトルメンタはすぐに服の襟にバッジを付けてあげた。
「これでよろしいかと。どこへ出ても恥ずかしくない立派な淑女ぶりでございます。さて、朝食をご用意しますので広間へ参りましょう」
にこやかな笑顔で再度アイラの手を取りながら階段をゆっくり降りていく。小さなアイラが躓いて転げ落ちないように配慮もスマートにこなしてみせる。デュランやウィリアムが認める通り、サービスマンとしても一流の振る舞いが身についていた。
「今朝は食べ頃のトマトが実っておりましたので、こちらをバジルのペーストと合わせてオリーブオイルとハモン・セラーノをソフトバゲットに挟んでボカディージョに。今朝方デュラン様が市場で仕入れてきた新鮮な魚介の一部を分けて頂いたので自家製のお野菜と魚介類をマリネしたスペイン定番のサラダ、サルピコン。トマトと魚のアラを出汁のベースにした豆のスープをご用意しております。また、デザートには揚げたてのチュロスもございますのでホットチョコレートに浸してお召し上がりください。お飲み物はミルクかアイスティー、昨日飲まれたオレンジジュースもございますが、如何致しましょう?」
「オレンジジュースで。あれすごく美味しかった」
「お気に召して頂き光栄です。実はジュースに使っているオレンジも自家栽培でございます。良ければ朝食の後に敷地内の庭園をご覧になられますか?」
ジュースを飲みながらこくりと頷くアイラ。
「ちょうどお嬢様がお目覚めになられる三十分前でしょうか。デュラン様とウィリアム様のお二人は街へとお出掛けになられました。なんでもキッチンカーの手配と出店先の下見と仰られておりましたね。夕食までにはお戻りになるとのことですので、今日はこのトルメンタがお嬢様に付き添わせて頂きますので何なりとお申し付けください。あぁ、もし食事の量が多かったら残して頂いても——」
グラスに水を注いでいたほんの数分の間にアイラの前には空の皿だけが置かれていた。口は未だにもぐもぐと動いているため、あれだけの料理を一瞬で食べてしまったということが容易に伺えた。
「お身体に見合わず随分健啖でいらっしゃる。いや、育ち盛りはそうでなくてはいけません。お嬢様のご出身はイタリアとお伺いしておりましたので、スペインの料理はイタリアの料理と系統が似ております故、さぞお口に合ったことでしょう。追加でフルーツを数種類カットしてきましょう。少々お待ちください」
そう言うと、一度退室したトルメンタは銀製のロングトレイに数種類のフルーツを乗せて戻ってきた。フルーツナイフを器用に扱い瞬く間にフルーツの皮を剥いていく。最後に小ぶりのスイカを器状にくり抜き、飾り切りを施して小さくカットしたオレンジ、キウイ、パイナップルや桃、バナナなどを入れるとボトルに入ったグレープジュースを注ぎ皿に乗せてアイラの前に差し出した。
「スペイン風フルーツパンチ、サングリアでございます。本来は赤ワインなどのお酒を使用するのですが、こちらはぶどうジュースを使用しておりますので安心してお召し上がり下さい」
追加のデザートも瞬く間に平らげ、お腹がぽっこりと膨らんだアイラ。流石に食べ過ぎたようで少し苦しそうな様子であった。
「少し食休みしたら腹ごなしに当屋敷自慢の庭園へ参りましょう。私はそれまでに洗い物を済ませておきますので、しばしお待ちくださいませ」
トルメンタはアイラにそう告げると食器を全て纏めて広間を後にした。




