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EDEN's Order(エデンズオーダー)  作者: 後出 書
ディアブロ・カルテル 篇
72/194

引越し祝いと交換条件

 屋敷までの長いアプローチを管理人の先導で列を成して進むデュラン一行。


「さぁ、どうぞ中へ」


 中へ一歩足を踏み入れると、空調の効いた冷たい風に迎えられた。汗ばんだ肌から熱を奪われ、実に心地が良い。見渡すと床材は大理石。エントランスの真ん中には赤いカーペットが敷かれており、その中央には二階のフロアへ続く大きな階段がある。西洋甲冑や大きな絵画などが飾られており邸内は外観相応。まさに富豪の屋敷そのものであった。


「二階にはゲストルームが六つほどございますので、どこでも好きなお部屋をお使いください」


 男の言葉に従い、デュラン、ウィリアム、アイラそれぞれの部屋に各々の荷物が運ばれていく。これだけの人数、力自慢がいれば荷入れ作業はあっという間に終わってしまう。


「皆様お疲れ様でした。どうぞ広間へお越しください。冷たいお飲み物を用意してございますので」


 広間には純白のクロスが敷かれた長いテーブルがあり、ワインやシャンパン、ラムにテキーラ。様々な酒のボトルが用意されていた。


「よろしければカクテルもお作りしますよ。かの文豪、ヘミングウェイも愛した暑い時期にピッタリのモヒートなど如何でしょう? 自家製のライムとミントを使用しておりますので是非御賞味ください。アルコールが苦手な方や運転される方用にアイスコーヒーやアイスティーもございます。豆も茶葉も私が厳選したものですのでお口に合うと良いのですが。あぁ、お嬢様にはジュースをお出ししましょう。オレンジ、アップル、グレープであればすぐに用意出来ますが、ご希望はございますか?」


 バレンシアの断頭台と呼ばれ恐れられている男とは思えないほどスマートな使用人ぶり。本来はこれこそがこの男の本質なのかも知れない。


 来客全員のオーダーに応え、細やかなサービスと目配り。ウィリアムの接客が児戯に見えるほど男の働きぶりは様になっていた。


「お前よりサービスマンとして優秀だな、アイツ」


「僕よりは余計だよ。でも確かに凄いね彼。接客レベルは一流ホテルマン並だよ」


「オレンジジュース、美味しい」


 最初こそ萎縮していた悪党たちだったが、男の接客の素晴らしさと酒も入ってすっかり上機嫌。二時間ほどの細やかな酒宴を終え、ジェイルタウンの住人たちは皆赤ら顔で帰って行った。


「さて、お客様もお帰りになられましたので詳しくお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」


 男はウィリアムを見つめ、問いかける。


「もちろんです。まずは我々の事情からお話させてください。ええと……」


「トルメンタとお呼びください」


「ファミリーネームはねーのかよ」


 無粋なデュランの問いに男は目を閉じ、首を横に振りながら答える。


「ありません。そもそもトルメンタという名も嵐の夜に捨てられていた赤子だった私にドン・アントニオが付けて下さったものですので……」


 トルメンタ。スペイン語で直訳するなら嵐。名は体を表すとはよく言ったもので、まさしく先程の戦いぶりに恥じぬ名である。


「そいつはすまなかったな。忘れてくれ」


「いえ、構いません。さぁ、どうぞお座りください」


 トルメンタとテーブルを挟む形で三人は座ると、ウィリアムがこれまでの経緯を説明した。


「というわけで、一ヶ月半か二ヶ月弱までここに住まわせて頂きたいんです」


「なるほど。事情はわかりました。先程頂いた手紙は紛れもなくドン・アントニオの筆跡です。この屋敷をご自身の家と思って遠慮なくお使いください。私めのことは給仕として何なりとお申し付けください」


「なら早速で悪いが、シャワーを浴びさせくれ。血と汗と砂を洗い流してーんだよ」


「かしこまりました。一階にも二階にもバスルームはございますので、お好きなところをご利用ください。バスローブは後でお持ち致しましょう」


「お屋敷の探検、して来ていい?」


「もちろんですお嬢様。ドン・アントニオの自室を含め施錠されているお部屋以外ならどこでも入れますので、存分に探検なさってください」


 デュランとアイラはそれぞれ席を立つと広間を出て行ってしまった。


「いやぁ、すみませんね。協調性が無くて」


 詫びるウィリアムにトルメンタは改めて頭を下げた。


「ドン・アントニオへのご配慮ご尽力、改めて御礼を申し上げます」


「そんな、頭を上げてくださいトルメンタさん。僕はただ、僕らの為にやったことですから」


 トルメンタほどの男がウィリアムに頭を下げる理由。それは昨日、獄中でアントニオと交わした約束にあった。ウィリアムがこの屋敷を借りるために提案した取引の内容。それはアントニオが無罪を勝ち取るため、優秀な弁護団を派遣するという約束。そして無事に無罪を勝ち取り釈放された後のアントニオの身柄の安全保障。つまり、虎皇会に手を出させないようにメイファンに取り計らったこと。ウィリアムがメイファンに銃を突きつけられた理由がそれである。


 自然界でも同じように群れ同士の争いにおいて敗者のボスは殺されるが摂理。特に虎皇会はディアブロ・カルテルの力を見誤ったせいで損害を大幅に下方修正せざるを得なくなった。そんなカリスマ性を持つ男がシャバに出るとあれば、メイファンとしては始末したいと考えるのは必然。だからこそウィリアムはアントニオに対し、メイファンが納得出来るだけの材料を用意させたのだ。第一条件はマフィアを辞めること。これに関してはアントニオ自身も獄中で考えていたらしい。もう年齢も若くはない。老骨に鞭を打ってまで裏社会に戻るのを随分悩んでいたということもあり、アントニオ自身これを承諾した。出所後は自国に戻りトウモロコシやオレンジ等の作物栽培事業を始める意思があるという誓約書を書かせたことで出所後三日以内にアルメニアを発つという条件で虎皇会はアントニオに手を出さないという条件を飲んだのだ。

 

「もしドン・アントニオ……いえ、マフィアを辞めたアントニオ様が農園を始められるのなら、私もお供します。ですので、良ければこの屋敷はそのままあなた方に——」


 トルメンタがそう言いかけた時、ウィリアムはその言葉を遮った。


「誤解しないで頂きたい。僕が欲しかったのはこの屋敷そのものじゃない。僕の目的は最初からトルメンタさん、あなたなんですよ」


「……仰る意味が解り兼ねます」


 ウィリアムの放つ空気が変わったのを察し、トルメンタの眼光がやや鋭くなる。それを見たウィリアムは慌てていつものお調子者の雰囲気を纏い、必死に否定した。


「あぁ、すみません! 言葉が足りな過ぎましたね。あなたには僕とデュランが仕事に行ってる間、アイラの護衛をお願いしたいってだけなんです」


 そのままウィリアムは続けた。


「ほんの些細な偶然で今あの娘と僕たちは一緒に暮らしています。でもいつかは独り立ちする日はやってくる。せめてそれまでには、彼女が一人でも生きていけるようになって欲しいんです。学校にも通わせてあげたいし、色んな事に触れて社会を学んで欲しい。多分デュランも言っていたかも知れませんが、自分の身を守る術も含めてたくさんの学ぶ機会を彼女には与えたいんです。でもこの街はそんな細やかな願いが簡単に叶うほど生易しい場所じゃない。せめてジェイルタウンに戻る間だけでも良いんです。あの娘を守ってあげてくれませんか? デュランと戦えるあなたの実力ならばこれ以上のボディーガードはない。エスコバル氏のことは僕が全力でサポートします。交換条件と言ってはなんですが、あなたにアイラのサポートを頼めないでしょうか」


 今度は深々とウィリアムがトルメンタに頭を下げる。アントニオの名を出されては断れるはずはない。溜息を一つ吐き、トルメンタはウィリアムに告げた。


「分かりました。このトルメンタ、しばしの間ではありますがアイラお嬢様の剣となりましょう」


 両雄により交わされる固い握手。この日、ようやく本格的な契約が成立した。


「それじゃあ、早速ですが僕とデュランは明日朝から出かけますのでアイラのことはよろしくお願いします」


 そう言って席を立とうとしたウィリアムをトルメンタは引き留める。


「あ、あのっ」


「なにか?」


 ウィリアムを見た時からトルメンタがずっと気になっていたこと。それをようやく口にした。


「以前、何処でお会いしていませんか?」


 しばらくの沈黙。数秒後にウィリアムは微笑んでトルメンタにこう告げた。


「こんなイケメンが他にもいるなら、是非会ってみたいものです」


 おちゃらけた調子でそう答えると、笑顔で手を振りながらウィリアムは広間を出て行った。

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