Tormenta en Valencia①
平均気温が二十度前後のアルメニアでも、昨今の世界的な異常気象の影響が著しく観測されている。特に近頃は九月の半ばだというのに外の気温は三十度以上。ここエデンにも残暑と呼ぶには強過ぎる日差しが降り注ぎ、ドライヤーのような熱風まで吹いている。
そんな中でも先日の一件における街の復興は進んでおり、皆が汗水を垂らしながら働き徐々にいつもの活気を取り戻しつつあった。
ようやく日常が戻り始めている。そんなことを考えていたエデンの住人たちだったが、猛暑を吹き飛ばし背筋も凍り付くような事態が今まさに起きていた。
「なにジロジロみてやがんだテメーら!」
「文句があんならかかってこいよ腰抜けども!」
昼前のエデンの街を大人数の悪漢どもが排気ガス染みた暴言を吐きながら列を成して闊歩している。さながらその光景は百鬼夜行。しかもジェイルタウンでも悪名高い連中の揃い踏み。災害級の緊急事態であることは間違いない。にも拘らず、警察や虎皇会さえも出張って来ないのは一体どういうことか。状況が分からず只々混乱するばかりのエデンの市民やこの辺りに住まう小悪党たちも挙って逃げるように道を開ける以外出来ることは何一つありはしない。
その最前列で一枚の紙と睨めっこしつつ、辺りをキョロキョロ見渡している赤い長髪を後ろで結び、よく引き締まった筋肉が強調されるタイトめな黒のタンクトップにジーンズ、スニーカースタイルのラフな格好の男。ジェイルタウンの支配者、デュラン・フローズヴィトニル。
事情を知らない者が見れば彼が手下を引き連れて戦争を仕掛けに来たと思わない方がおかしい。
まさにパンドラの匣から飛び出した災厄の群れ。列の中心を歩く巨漢ライガンの両腕に担ぐ荷の上では、暑さ対策に白いワイドブリムハットを被り白いワンピースを着たアイラが行儀よく座っている。悪漢に紛れた異質な存在。まるで神輿のように担がれている様は、周りから見ればパンドラの匣に残された唯一の希望のように見えるだろう。ライガンの弟ココはアイラの隣で額に汗を滲ませながら扇子でアイラに涼しい風を送っている。
「扇ぐの、代わりましょうか?」
優しいアイラは汗だくのココに声をかける。
「いえ、大丈夫でさぁ。お嬢にそんなことさせたらデュランの旦那やアニキにどやされちまいますから。お気持ちだけありがたく頂いておきやす」
そんなやり取りをしていると、先頭のデュランからココに向かって声がかかる。
「おい、ココ! もう物件の近くに来てる筈なんだが、それらしい建物は見えるか!?」
ライガンの頭より高い位置に立つココは物見櫓から見渡す様に辺りを伺う。
「いやぁ〜、確かに家はいくつも見えるんですが……げっ!!?」
真正面を見据えたココが急に素っ頓狂な声を上げた。
「どうした? なんか見つかったか?」
「デュランの旦那。ちなみにその家ってのはかなりデカいですか?」
「ああ? そこまでは知らねーな。だが管理人がいるとは聞いてるぞ。なら多少はデカいんじゃねーか?」
管理人。その一言を聞いた他の悪漢たちに動揺が走る。
「おい、この辺りでデカい屋敷っていやぁ……」
「管理人って、まさかアイツのことじゃ……」
互いに顔を見合わせながら急に萎縮し出したジェイルタウンの住人たち。ココは兄のライガンに何やら耳打ちしている。
「アニキ、やべぇよ。旦那たちの新居ってあそこに違いねぇって。どうする? 引き返すか?」
「バカヤロウ。ここで引き返してみろ。俺たち全員ここで皆殺しにされちまうぞ」
「だったらどうすんだよ! 先に進んでもどのみち命がアブねーのはアニキも知ってんだろ」
「今死ぬか後で死ぬか、お前ならどっちを選ぶよ?」
兄ライガンの問いにココは遂に押し黙った。一分一秒でも長く生きていた方が得なのは間違いない。神に祈りを捧げる時間があるだけ後者の方がいくらかマシな程度ではあるが。
最初の凄味はすっかり消え失せ、まるで葬列か処刑場に向かう囚人のようなテンションで悪党たちはその場所を目指して歩みを進めるしかできなかった。




