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EDEN's Order(エデンズオーダー)  作者: 後出 書
児童誘拐殺人事件 篇
60/194

人間性の極致

 怪しい霧の立ち込めるエデンの街を一台の軽トラが走る。


 運転しているのはウィリアム。軽トラの荷台には布に覆われた巨大な荷物と聖騎士アシュリー。傷ついたアイラを抱えたアシュリーは虎皇会の事務所に救護を求め、そこでウィリアムと合流し今に至るというわけだ。


 メイファンは衰弱したアイラを連れてジェイルタウンの闇医者グレッグの元へと急ぎ、今は虎皇会の陣頭指揮をジェイクが務めて街中で動き出した死体どもを迎撃している。流石は元軍人である。見事な手際で部下たちを配置し、最も効率的な陣形を組んでゾンビの群れを大量の銃火器にて蹂躙していた。


「急いでくださいウィリアムさん! 魔力が段々大きくなっています。このままだとこの街丸ごと消滅するかも知れません」


 荷台からアシュリーが運転席のウィリアムに発破をかける。


「メーター振り切れるくらい飛ばしてるよ! というか、このスピードで荷台(そこ)は危なくない? 助手席座りなよ」


「いや、それは大丈夫です。お構いなく」


「そんなに僕の隣イヤなの!?」


 病院まで残り五百メートルほどの所まで来た時、突然荷台のアシュリーが「止まってください!」と叫ぶ。ウィリアムが慌ててブレーキを踏むと同時にアシュリーは荷台の床に聖剣を突き立て、振り落とされぬよう無理やり踏ん張る。


「どうしたのさアシュリーちゃん!」


 運転席の窓を開けて問い掛けてきたウィリアムに一瞥もくれず、アシュリーはただ真っ直ぐ正面を睨んでいた。その目にはいつもの柔和さはなく、冷たい狩人のようでウィリアムは思わず息を呑む。


「来る……」


 突き立てている聖剣の柄をグッと握り、凄まじい勢いでこちらに向かってきている何かを目を凝らして迎え討たんとしていた次の瞬間、獲物を狙い澄ましていた狩人の目はいつもの柔和さを取り戻した。


「えっ? ウソ……ちょっとま——」


 突如軽トラの荷台を襲う衝撃。どうやら飛んできた何かがアシュリーに激突したようだった。慌てて車から降りたウィリアムはすぐに荷台を確認すると頭を打って気を失っているアシュリーに覆い被さっている男が一人。


「デュラン!!」


 一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、まずはデュランの生死を確認する事が先決。急いで荷台に上がるとウィリアムはデュランを引き起こす。


「生きてるかいデュラン! 生きてたら返事をしてくれ!」

 

 気つけに二〜三発ほどデュランの頬を引っ叩くウィリアム。四発目を打ち込もうとした瞬間、急に目を見開いたデュランが反射的に放った虎爪(はんげき)が今にもウィリアムの顔面へ突き立てられようとしていた。


「うわぁぁぁあああ! タイムタイム! 敵じゃないって!」


「あ? ウィリアムじゃねぇか。つーかここはどこだ? なんで軽トラの上にいんだよ」


 端正な顔立ちをピカソにされる寸前で正気を取り戻したことにより、デュランの虎爪はウィリアムの鼻先でピタリと止まった。危うく難を逃れたウィリアムはデュランにこれまでの経緯を説明した。街での状況、わざわざ聖剣を取りに戻ってまで助太刀に来てくれたアシュリーは誰かさんのせいで今し方使い物にならなくなったこと。そして、アシュリーによって担ぎ込まれたアイラのことを手短にかつ出来るだけ詳しく。


「かなり衰弱していたから急いで闇医者(グレッグ)の治療は受けさせたよ。今はメイファンさんが側に付いてあげてる」


「でかした。あいつが一緒なら当面心配はねーな」


「それと頼まれていた例のアレ、持って来たよ。僕一人じゃ無理だからジェイルタウンの連中に頼んで荷台に積んでもらったんだ。今はアシュリーちゃんのベッドになってるけど」


 ウィリアムが指差したものは大きな布で包まれていたが、それが何なのかをすぐに察したデュランは気を失っているアシュリーを雑にどかして下敷きにされていたそれを手にする。


「上出来だウィリアム。これで思う存分暴れられるぜ。あの場の全員をきっちり地獄に叩き落としてやる」


「それともうひとつ。これも返しておくよ。但し、ほどほどにね」


 ウィリアムが差し出した小さな箱。それを見たデュランは嬉々として受け取りズボンの尻ポケットにねじ込むと、巨大な積荷に巻きつけられていた布を一気に剥がした。

 

「へっ、これで負ける理由が無くなった」


 露わになった巨大な剣状の鉄板を肩に担ぎ、デュランは再び戦地へと向けて歩を進める。ふつふつと再燃する怒りと闘志。肌は赤みが増していき、高温を示す湯気が全身から立ち上る。双眸が血走り真っ赤に充血し始めていた。デュランの体温上昇に呼応するかのようにホットプレートも熱を帯び、刀身は既に真っ赤になっている。


 再び戦闘態勢が整ったデュランは、先程ウィリアムから受け取った箱をポケットから取り出す。それはデュランが愛用している銘柄の煙草だった。慣れた手つきで箱から一本取り出し口に咥えると、煙草の先端に自然と火が点る。この事から分かることは一つ。今現在、デュランの体温は既に発火温度の二六十度を超えているということだ。


 禁煙最長記録をかなぐり捨てるように一息で煙草一本を吸い切ったデュランの肺は隅々まで煙が充満し、肺から血中に摂り込まれたニコチンが全身を駆け巡る。


 そんな多幸感と怒りの入り混じった感情を抱えて病院へ戻ると、先程まで戦ったいた両腕を鱗で覆ったボクサーと血まみれの氷室が倒れていた。ボクサーは両足を失っていたらしく、今まさに再生の真っ最中といった様子。両腕同様、鱗に覆われた両足が生え始めていた。


 氷室の方は腹部からの出血が激しいようで広がる血溜まりに突っ伏したままピクリとも動かない。生きているのか死んでいるのか分からなかったが、その点に関しては全く興味がなかった。但し、あの氷室をこんな状態にした輩にだけは興味があった。そしてそれは、デュランが吹っ飛ばされる前まではいなかった祭服に身を包んだ謎の男によるものだということは理解できた。


 その佇まいや纏っている雰囲気。存在そのものが尋常ではないと直感が教えてくる。未だ顕現したままの冥界神にも匹敵する禍々しさが男からは滲み出ていた。


 鉄塊を携えた突然の乱入者を一目見た神父風の男は手にしていたスコップを放り捨てて口を開く。


「ほう、これはなんとも摩訶不思議。明らかな異能を身に宿しているにも拘らず、その根源がまるで窺い知れぬ。光とも闇とも判別がつかない。まるで混沌から噴き出しているかのようだ。この世には面白い輩がいるものですね」


 一歩前へと進もうとした神父の肩を掴んだのは先程まで倒れていた異形のボクサー。切断された両足は既に再生しており、鬼の形相を浮かべていた。


「アイツは俺様の獲物だ。下がってろ神父。横取りするならアンタだろうがブッ殺すぞ」


「再生したばかりなんですから無理はいけませんよ、エド。それに彼は我々よりもヘルにご執心のようです」


 氷室に深傷を負わされ倒れていたヘルは素顔を隠すように左手で覆いながら起き上がると、不気味な叫び声を上げる。するとそれに応えるように辺りに散らばっていた肉塊は次々と結合し、再度ゾンビとなって立ち上がっていく。


「めんどくせぇ。二度と起き上がれねーように燃えカスになるまで火葬(グリル)してやるぜ!」


 剣技と呼べるほど高尚なものからは程遠く、やってることは力任せに鈍器を振り回しているに過ぎない。しかし装甲車さえも鉄屑にしてしまう一撃である。当たるだけで勝負は決する。現に真っ赤に燃える鉄塊の横薙ぎは一振りでゾンビ十数体を両断し灰に変えていく。消し炭となった肉は二度と人の形を取り戻すことはなく、振るう度に猛烈な熱風が辺りに吹き荒れる。意思なき亡者はデュランの気魄に臆したのか侵攻の歩みを止めている。しかし暴力(デュラン)は止まらない。


「うぉぉぉおおおッ!!!!」


 臓腑に響くほどの雄叫びを上げ、次々と立ちはだかる敵を薙ぎ倒していく。


「俺様との決着はまだついてねェだろうが! 続きといこうぜ!」


 傷を再生させたエドと呼ばれていたボクサーが再びデュランの前に立つ。繰り出された凄まじい右ストレートに対してデュランはホットプレートを地面に突き刺さし、盾にしてエドの拳を防いだ。


「さっきもらったいいパンチの返礼だ。遠慮なく受け取れ」


 素早く死角へと回り込み、右の拳をエドの右脇腹付近へと宛てがうデュラン。腰をやや落とした状態から地面を踏み締め、その衝撃を全て拳に乗せて恩師直伝、八極拳の極意を相手へと叩き込む。


「がはッッッ!!!?」


 体表の硬さを一切問わない内部への浸透勁。相手にしてみれば、剥き出しの内臓を直接殴られたようなものである。強靭な肉体を持っていようが関係ない。生きとし生けるものであればその苦痛は分け隔てなく平等である。流石のエドも吐血しながら堪らず両膝を突く。一方、デュランの動きはまだ止まらない。


「次はテメェだクソ女神!!」


 ホットプレートを再び手にすると、デュランはヘルに向かって突進していく。凄まじい気魄に流石のヘルも一歩後ずさる。しかし、神としての矜持がそれを許さない。踏み止まったヘルは身体から無数の黒い腕を伸ばし刃向かう愚者を捕まえようと襲いかかった。


「流石の俺も神を料理したことはねぇな。どんな捌き方をすりゃあいい? どんな味付けが合うんだ? 火の通し方は? 炒めるか? 蒸すか? 揚げるか? 或いは生でイケんのか?」


 嬉しそうに独り言を呟きながら迫り来る黒い腕を次々とホットプレートで焼き斬っていくデュラン。その眼に宿る狂気はおよそ料理人とは程遠い。神さえ畏れぬ異端の極致。こんな人間は見た事がない。冥界神の心に初めて生まれた一縷の感情。


 身体が震える。背筋が凍る。身の毛がよだつ。


 顔を覆っている左手から、頬を伝って流れ落ちるドス黒い雫。


「オォォォォォォ……」


 冥府の神でさえ恐れ慄き泣き震える傍若無人ぶり。神を神と思わぬ不遜の極み。


 デュラン・フローズヴィトニルという男の人間性は、人類史上最も極まっていた。

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