悪癖による弊害と代償
「邪魔するぞ!」
いつも通り事務所のドアを蹴破るデュランと、その後ろからひたすら謝りながら入室してくるウィリアム。見慣れた顔と光景だったが一応銃口は向けておく、というのが虎皇会恒例の歓迎であった。溜息を吐きながら、ジェイクは頭目に代わり客人に対し言葉をかける。
「いい加減ノックをしろ。そろそろドアの修理費を請求するぞ」
「悪いが急いでるんだよ。今回は大目に見ろ」
まるでいつもは普通に入ってきていると言わんばかりの図々しい態度に流石のジェイクも呆れて言葉を失っていると、メイファンから話を進めてきた。
「それで、今日は一体なんの御用かしら?」
「藩 紅呉って男を探している」
「藩? だれそれ?」
「半年前に本国から流れてきた元蛇頭の幹部だった男です。うちのシノギでは密入国の管理を任せています」
「いたっけ? そんなやつ」
「います。なんならボスが面接しました」
「あっそ。それで、その藩に何の用件?」
「そいつがアイラを攫ったっつーネタが上がってる。今すぐ話をさせろ」
その一言を聞いたメイファンから悠々としていた雰囲気が一瞬で消え去った。ギラリとした目が開かれ、鋭い眼光がジェイクを睨む。
「す、すぐに確認致します」
その視線だけで全てを察したジェイクは部下に確認を急がせた。冷静沈着なジェイクの慌てっぷりから只事ではないと悟った部下たちは各々方々へ電話を掛けたり、どこかへ向かうべく部屋を出て行ったりと事務所内が騒然とし始めた。
「凶星ッ!!」
メイファンが大声で名を呼ぶと、天井裏から凶星が降りて来た。凶星は薄ら笑いを浮かべており、艶かしい吐息を漏らしている。それを見たジェイクは室内に残る部下に直ちに窓を開け放ち、室内に設置されている換気扇、空気清浄機を稼働させるよう指示を出した。
「アイラちゃんが攫われたこと、あなた知ってたはずよね?」
「是」
「攫ったクソ野郎はウチの藩ってヤツで間違いない?」
「是」
「攫われたのは、ここエデンでかしら?」
「是」
「ということはあなた。警護を任せていたにも拘らず、アイラちゃんが攫われる現場を黙って見ていた……そう解釈して問題ないってコトよね?」
「是」
「どうしてですか凶星さん! 酒場ではアイラを助けてくれたじゃないですか!」
凶星に駆け寄ろうとするウィリアムの前に立ちはだかり行く手を阻んだのはジェイクだった。
「今は近づくな。奴の悪い癖が出た。出来る限り窓辺へ行け。もしくは部屋から出ていろ。我々男は特にな」
「嗚呼、姉御。モウ我慢ノ限界ヨ。ハァハァ、ドウカ……ドウカ罰ヲ。慈悲ヲ!」
体内に蓄えられている毒の副作用か、はたまた彼女自身の持つ生来の異常さか。凶星にはある一定の周期で性欲が高まる時期がある。動物の発情期に似ており、理性よりも性的興奮を満たすことを優先する。その都度、虎皇会に少なからず損害を与えてはその代償を支払うことで熱情を鎮めてきた。彼女の服の下にはその痕が無数に刻まれている。そして今宵、彼女の肉体には新たな痕が刻まれる。但し、今回はいつもよりドギツい代償を支払わされるであろうことは凶星も気付いているようだった。その期待は体液となって凶星のカラダから溢れ、彼女が跪いているカーペット一面に濡れたシミを作っていた。
「あなた、利き目ってどっち?」
凶星に言い放ったメイファンの台詞に、室内にいた一同に戦慄が走った。
「流石に利き目は今後の仕事に支障が出るから、逆の目で勘弁してあげるわ」
その言葉に凶星の呼吸は更に荒ぶる。上下の口からは恐怖と期待で卑しくも大量の体液がダラダラと垂れ続けている。
「なに期待して待ってるの? 私が自ら手を下してあげるワケないじゃない。自分でやりなさい。みんなが見ている前でマスターベーションのように。みっともなく。はしたなく。なさけなく。そしてブタのような悲鳴をあげろ。聞いていてやるから」
凶星は震える左手の指をゆっくりと左の眼球をなぞるように己が眼窩へ滑り込ませていった。左目から涙と血が交互に。そして、混ざり合いながら零れ落ちていく。
「アア、アガガガガ、グギィィィイイイ!!」
左手に力を込めると、凶星の身体は忽ち強張った。聞くに堪えない苦悶の悲鳴とブチブチと肉や膜、神経などの管を力づくで引っぺがしている嫌な音が響く。様々な体液が絶え間なくカーペットにシミを作っている。この様な責め苦を味わいながらも凶星の口元は緩み、視神経付きの左眼球が床に転がる頃には身体をビクンビクンと痙攣させ、満面の笑みを浮かべていた。
「ごめんなさいね、デュラン。彼女ね、たまーにこうして〝息抜き〟してあげないと何仕出かすかわからないのよ。多少の損害なら皮膚や肉をちょっと削いであげるだけで済ませるんだけど、今回の不手際は取り敢えずこれで手打ちにしてくれると助かるわ。ジェイク、全組員に藩の行方を探させなさい。あとついでにそこで善がってる変態を闇医者グレッグの家に放り投げて来て。支払いはいつも通り小切手渡しておいてくれればいいわ」
苦痛と快感に襲われ、悦び悶えている凶星が運び出されていく。今回は左目を失ったが、彼女の服の下には切り傷や刺し傷、焼印などが無数に刻まれているらしい。デュランやジェイクの所謂〝戦士の向こう傷〟とは違い、それらは彼女が望んだご褒美の跡。それだけに留まらず、メイファン曰く凶星の体の至る所にはびっしりとピアスが仕込まれているという。
その中でも特にメイファンがお気に入りなのは、二年ほど前に凶星が命令に背いて同じ中華系マフィアである青幇の幹部とその部下の計五名を惨殺してしまった際の落とし前。メイファンは詫びと称して凶星とラビア・ピアッシング愛好家の男を青幇の事務所へ連れて行き、敵の目の前で凶星を全裸にさせて彼女の陰唇をステンレス製のリングピアス五つで閉じさせるという苦痛と恥辱に溢れた過激な見せ物を披露した。そんな素敵なご褒美を貰った凶星から発せられる甘い吐息はどれだけ強力な毒ガスとなったかは、敵の事務所から出てきたのがメイファンと凶星の二人のみと言えば理解に難くないだろう。ヘマをした部下への落とし前と敵の殲滅を同時に行なうという常軌を逸した手腕は忽ち本国でも知れ渡り、楊家の悪名が更に裏社会に轟くことになった一件でもあった。
「お前ら、あんな女を飼ってたらいつか死ぬぞ」
「ボスには常々諫言してはいるのだが、なかなか聞き入れてもらえん。まぁ、アレさえ無ければ暗殺者としての腕は一流。なによりボスもあいつをいたく気に入っているから、俺としてももう何も言えんのだよ。それより藩のことだが、一つ解せない点がある」
「あ? なんだよ」
「奴は半年前、娘を病気で亡くしている。歳はアイラとさほど変わらなかったはずだ」
「つーことは、藩って野郎はアイラをテメーの娘にするために攫ったってことか?」
「そこが解せんのだ。奴は娘をかなり溺愛していた子煩悩だと聞く。にも拘らず、容姿も似ない別の子供を何故攫ったのか」
「そんなこと、本人とっ捕まえて吐かせりゃいいだけの話だ。けど悪いが俺はそいつの言葉を一言一句聞くつもりはねぇ。もしもアイラに万が一があったら、そんときはテメェらとマジでやり合ってやるからな」
殺気立ったデュランに睨まれた時、ジェイクの背筋に冷たいものが走った。本気になったこの男と事を構えれば、いくら虎皇会と言えどこの東欧支部に限って言えば決して無事では済まないということを知っているからだ。最悪の場合、上海の本部へ応援を要請しなければならないだろうと考えていた矢先、ジェイクの携帯が鳴った。
「カシラ、藩のアパートに来たんですが、既にもぬけの殻ですぜ。あの野郎、しばらくここにゃ戻ってないみたいなんですよ。電気も水道も止まっていやがるみたいで」
「部屋の中に何かないか? なんでもいい。奴の居場所に繋がりそうな手掛かりがあるはずだ」
「今手分けして家中を探して——あん? なんだこりゃ」
「どうした。何か見つけたのか?」
「あー、いや、奴の机の引き出しを開けてみたんですが、大量の錠剤と娘の写真。それと血で書かれた妙な文字が記された地図が一枚出てきました」
「地図だと? どこを示している?」
「ちょいとお待ちくだせぇ。えーと、この通りを真っ直ぐで……あぁ、ここアレですよ。デュランの旦那と氷室の野郎が仲良く入院していた病院ですぜ」
「わかった。お前たちは引き継ぎ捜索を続けろ」
電話を切ったジェイクはデュランに部下がアパートで得た情報を伝えた。それを聞いたウィリアムの表情に後悔が滲む。
「そう言えば僕がアイラを最後に見たのはあの病院だった。ということは、アイラはあの直後に攫われたのか。ごめんよデュラン。こんなことならあの時アイラと一緒に帰っていれば……」
「悔やむのは後にしろ。俺はちょっくら病院まで行ってくる」
「なら僕も行くよ」
「お前はここに残って新しい情報があったらすぐに知らせろ」
「いやでも——」
デュランはウィリアムの言葉を最後まで聞かず、事務所を飛び出していった。
「君、携帯持ってないから連絡の取りようがない……んだけど……」
アイラが無事に帰ってきたら、二人分の携帯電話を契約しよう。ウィリアムは強く心に誓った。




