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EDEN's Order(エデンズオーダー)  作者: 後出 書
児童誘拐殺人事件 篇
52/194

獅子身中の虫

 それはまさに〝災害〟であった。

 

 怒りにまかせて暴れる様は本能剥き出しの獣そのもの。区別も差別もなく、ただただ手当たり次第に視界に入る者へ暴力を見舞う。もはや誰の言葉も聞こえていない。客として店に来ていたジェイルタウンの住人たちが大慌てでデュランを止めようと飛び掛かるが、一人。また一人と血飛沫を撒き散らしながら宙を舞う。八つ当たりと呼ぶにはあまりにも無慈悲で理不尽極まるその様は、さながら暴風雨。凡そ知性のある人間の振る舞いとは到底思えない所業に流石のウィリアムも押し黙るしか出来なかった。


 馬の耳に念仏とはよく言ったもので、動物や天候に説教など徒労以外の何物でもない。得意の巧言もこうなったデュランには全く意味をなさないのだ。唯一出来ることといえば、どうすれば頭に血がのぼったデュランを制止できるか考えることのみであった。


「やぁやぁ、何の騒ぎだい? また牙戦でもやっているのかな?」


 ふと、背後から声を掛けられウィリアムは振り返る。すると、そこにいたのは自称〝あなたの街の物知りお姉さん〟こと、イルミナであった。


「いや、実は……」


 ウィリアムはイルミナに経緯を話した。


「なるほど、それは確かに穏やかじゃないね。あの子、元々マフィアに攫われた道中でこの街に来たんだろう? 普通に考えれば、取り戻しにきた何者かがまた連れ去ったと考えるのが筋だろうねぇ。とはいえ、いくらなんでもデュランはちょっと過保護過ぎじゃないかな? 今からこんな調子だと、今後アイラがボーイフレンドなんて連れてきた日にはジェイルタウンごと破壊しちゃうだろうね」


「笑い事じゃないですよ。このままじゃボーイフレンドを連れて来る前に街が破壊されちゃいますって」


「ふむ、それはそれで見てみたい気もするが……仕方ない。この場は僕に任せたまえよ」


「えっ、いや、流石に今は危険過ぎますって。せめてもう少し様子を見てから——」


「いいからいいから。これでも一応、僕もこの街の住人なんだ。そう簡単にやられるほどヤワじゃないさ。準備してくるから少し待ってておくれ」


 イルミナはそう言うと、香龍飯店の中へと入っていった。知り合って結構経っているが、ウィリアムは今までイルミナが戦っているところは見たことが無かった。女の身でありながら、この無法地帯に一人で住んでいるのだ。只者であるはずがない。今宵、初めてイルミナの真の実力を目の当たりに出来る。しかし、本当に大丈夫だろうか? そんな期待と不安が釣り合った感情が一気に不安に傾いたのは、水の入ったバケツを重たそうに運んできたイルミナの姿を見た瞬間だった。

 

「よっこいしょ。あー、重かった」


「あのう、イルミナさん? それなんですか?」


「なにって水だよ。インフラが整っている地域なら、蛇口を捻れば普通に出てくるじゃないか」


「いや、出どころは聞いてないんですよ。その水を使って、ナニをなさるおつもりで?」


「分かりきってることを聞かないでおくれよ。デュランの頭を冷やすのに使うのさ。多少は賢い奴だと思っていたが、やれやれ。脳はもう少し柔軟に使うものだよ」


 バカを見るような視線をこちらに向けながら、バカみたいな提案をしてくるイルミナに唖然としているウィリアム。そんな彼の背中をポンと叩き、イルミナは続けた。


「とはいえ、君の言わんとしていることはわかる。確かに、あの状態のデュランを僕一人で抑えることはなかなかに厳しい。そこで、君の力を借りたいんだ。あ、そうそう。言い忘れていたけどさっきから君、チャック全開だよ」


 イルミナはそう言うと、手を添えていたウィリアムの背中をすかさずグッと押した。なんてことはない、普通の女性の力だ。普通であれば踏ん張ることなど容易い。しかし、イルミナにチャックを指摘されて完全に注意が削がれ、尚且つ若干前屈みの姿勢になってしまっていたことでバランスを崩したウィリアムは、前のめりのままデュランの眼前へ飛び出してしまった。


「ウソでしょ!? って、チョッ、待って!!」


 チャックが開いていなかった安堵ごと吹き飛ばさんとするデュランの拳がウィリアムの目の前に迫っていた。死を覚悟したウィリアムが見たものは、怒り狂ったデュランの背後に立っているイルミナの姿。バケツを持ち上げたか細い両手が健気に震えている。結構重そうだ。


「えいっ!」


 イルミナは持っていたバケツをデュランの頭に被せるように突っ込んだ。


「…………」


 デュランの拳はウィリアムの顔面を打ち抜く寸前で止まった。頭からバケツを被ったデュランのずぶ濡れの体から蒸気のような湯気が上がっている。怒りのボルテージを熱源にしてあれほど激しく暴れれば、確かに体温は上がるだろうが流石にこれは異常。これほどの熱量ならば、理性が焼けるのも頷けるというものだ。


 何かの病気かは分からないが一度精密検査を受けさせた方が良いだろうという考えは、とばっちりで自身もずぶ濡れになった不快感ですぐに掻き消された。


「どうだい? ちょっとは頭が冷えたかな?」


「その声はイルミナか。悪いな、手間かけさせたみてぇで」


 イルミナの問いかけに対し、デュランはバケツを被ったまま答えた。


「話は聞かせてもらったよ。看板娘が帰って来ないんだって?」


「ああ、お前情報屋だろ。何か知らねぇか?」


「もちろん知ってるさ。けど、タダってわけにはいかないな」


「金はいずれきっちり払う。だからお前が知っていることを教えやがれ」


「金ねぇ。別段、今はそこまでお金には困ってないかな。強いて言えば腹ペコなんだ。ここにも夕食にしようと寄ったわけだし、焼きそばを奢ってくれたら教えてあげるよ。あ、中華風じゃなくてジャパニーズスタイルの焼きそばで頼むよ。ウスターソースで味付けされたやつ」


「アイラを連れ戻したらいくらでも食わせてやる。だから早く言え」


「よろしい、取引成立だ。では、急を要する事態だから端的に話そう。おそらく、今回の一件は虎皇会の手の者による犯行さ」


「あぁ? なに言ってやがる。確かにアイラを気に入ってるみてぇだったが、なんでメイファンが」


「おいおい、ちゃんと聞いてたかい? 〝女帝が〟じゃない。〝虎皇会が〟って言ったのさ。というか、いつまでそんなもの被ってるんだい。気に入っているなら申し訳ないんだけど、人が話をしてるんだからいい加減外してくれないかな? そんなだから聞き間違いをするんだよ」


 デュランはバケツを頭から外すと「テメェが被せたんだろうが!」と叫び、右手で思いっきり遠くへ放り投げた。


「んで、虎皇会がなんだって?」


「アイラはエデンではある意味無敵の存在だ。彼女が身につけたバッジのおかげでね。しかし、襲われる可能性は決してゼロではない。ウィルならわかるかな?」


「なるほど。虎皇会の人間であれば、虎皇会の警戒の外。他の誰よりもアイラに近づけるってわけですね」


「ご名答。彼らも決して一枚岩じゃないってコトさ。組織の規模が巨大であればあるほど、末端の管理が難しくなる。楊家の血の粛清を恐れて反旗を翻そうとする者こそいないだろうけど、それでも女帝の目を盗んで小狡く稼ごうとする小物は現れる。現に昔、孤児たちに売人の真似事をさせて薬物を捌いた連中がいただろう? アレと同じだよ」


「まさか、虎皇会の一部の人間とイタリアンマフィアが繋がってるってことですか?」


 ウィリアムの問いにイルミナは肩をすくめて答える。


「あくまで推測の域を出ない。なにせ明確な証拠がないんだから。ただ、エデンにやってきたイタリアンマフィアの首魁、ミケーネを未だに虎皇会が捕らえられていないっていうのは可笑しな話だと思わないかい?」


「虎皇会の誰かがそのミケーネってやつを匿っていたってわけか」


「多分だけど、氷室刑事はその辺りまでは辿り着いているんじゃないかなと思うんだよね。いつぞや虎皇会の事務所にガサ入れに来たみたいだし。あぁ、そういえばそこには君とアイラも居たんだっけ?」


「お前、マジで何でも知ってやがるな」


「端的に話すと言ったけど、結局長々と話しちゃったね。まぁ要するに、虎皇会の中にイタリアンマフィアと結託して子供を攫っている奴がいるってことさ。いたいけな命を惨たらしく奪っているのもおそらく同じ奴だろう。ただ、動機に関しては全くの不明だから、取っ捕まえて直接聞いてみるしかないね」


「それでイルミナさん、それで肝心のアイラを攫ったかも知れない奴の名前はわかりますか?」


「もちろん知っているとも。ただし、そこから先の情報は空腹が満たされたら教えてあげるよ」


 ソース焼きそばを美味しそうに食べるイルミナから一通りの話を聞いたデュランとウィリアムは、車を飛ばしてメイファンのいる虎城へと向かって行った。

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