エデン・オブ・エデンズ③
アルメニアの歴史と宗教は密接な関係にある。
十二使徒が布教した神の子の教えを国教にした世界初の国でもある。そして、宗教と共に歩んだ歴史とは即ち戦乱の歴史。
ある時は国外から。ある時は同胞から。
石を、剣を、銃を、核を。
その時代の中で最も効率的に人の命を奪える道具——つまり、武器の存在は常にアルメニアの歴史と共にあった。
そんなアルメニアのエレバンにて、第一次世界大戦時に起こった悲劇の大虐殺を逃れ、武器の密売によって巨万の富を築いたのがユダヤのコルポー家だった。
当時のコルポー家の当主であったダレン・コルポーは非常に小狡く利己的な男であった。しかし、その内面とは裏腹にとても人当たりの良いマヌケを演じては、強者に取り入るのが上手いことでも有名だった。そして何よりも類い稀な先見の明があったことで、後に彼は〝敗戦の勝者〟として成り上がっていくことになる。
情報こそ何よりも重要な資源であると唱えていたダレンは、あらゆる手を使いヨーロッパ中の情報を集めさせた。武器のみならず、金品、酒や女。使えるものは全て使って各国の情勢をつぶさに調べ上げたのだ。その結果、戦況劣勢による敗戦をいち早く予測していたダレンはドイツ帝国率いる中央同盟軍に加担する裏で、敵側である連邦軍にも物資や情報の提供を行なっていたのだった。
ダレンの予想した結果は歴史の示す通り。敗戦国は多額の賠償を背負わされ、逼迫した財政難に見舞われた。そんな中にありながらも、コルポー家はそれに反比例する繁栄を築いたのだった。この時からダレンは酒と女の有用性をより信奉するようになり、エデンにてキャバレーを立ち上げる。それがテオドールの成り立ちである。
また、ダレンは裏稼業も継続して行なっていた。得意先が軍人から反社会組織へ切り替わっただけで、武器の密売はダレンが逝去して代替わりした今も変わらない。この店は世界中のあらゆる武器をマフィアや殺し屋などに卸している。特に虎皇会やかつてのディアブロ・カルテルといった巨大な組織には格安で卸していた。その交換条件としてダレンが結ばせたのが、テオドール鉄の掟。そして、そのシステムを先代ダレンからそのまま引き継いだのが、赤い絨毯の上で青白い顔をしながら呼吸を整えているトノサマガエル、もといホランド・コルポーである。
「ゼェ、ゼェ、しっ、死んだオヤジに会って来たぜ……」
ホランドはフラつきながら立ち上がり、バーテンダーが着せたバスローブの乱れを直して氷室を睨む。
「のぼせるほど長湯するからだ。こっちもカエルの観察しているほどヒマじゃない。さっさと俺の質問に答えろ」
「冗談じゃない! 誰がお前みたいな不良警官に——」
「もういっぺん親父に会ってくるか? 次は帰って来れんぞ」
「何でも聞いてくれ。一市民として協力する義務があるからな」
再び氷室の指が刀の鍔を押し上げたのを見たホランドはすぐに掌を返し、非常に良い返事で協力に応じてくれた。
「んで、何について知りたいんだ?」
「この一ヶ月の間で街に入ってきた外国人のリストを全て出せ。一人残らずだ」
この時、氷室が言ったリストとは正規のルートから外れて入国した者。入国審査を掻い潜った不逞の輩。つまり、密入国者を記した表には存在しない裏の帳簿のこと。密航を取り仕切っているのは虎皇会のシノギだが、手引きした後のアフターケアまでは基本的にはサービス外。しかし、形だけでも記録だけは残してある。虎皇会にとっては紙切れ同然だったものに対して帯封一つ分の値で買取を希望したのが、このホランドであった。
エデンを目指してアルメニアへ密航してくる人間は三種類に分けられる。一つは人を狩って生計を立てている者。賞金稼ぎや殺し屋がこのカテゴリーに入る。次に過激な宗教屋。このエデンは世界的に有名な三宗教に縁の深い土地である為、敬虔な信者が足を運ぶことが多い。しかしながら、信心深すぎて神の名の下に乱チキパーティーを繰り広げるテロリズム思想を持つ連中はまず出入国管理で引っかかる。そういった輩も虎の手を利用する場合が大半である。三つ目が楽園の名に惹かれてやってくる夢想家——つまり、ただのバカだ。ホランドにとって、彼らはまさに良い金ヅルとなる。
ハンターやテロリストには武器類を。そしてバカの半数は、この街での生活において立ち行かなくなるケースが多い。計画性や分別のある者であればまずこんな街にリスクを犯してまでやって来ない。「なんだかよくわからないけど、きっと楽園だし今の生活よりマシになる」なんて甘い算段をする人間というのは、悲しいかなどこの国にも一定数は存在している。そもそも、自国で上手くやれない人間が他国でやっていけるはずがない。その頭は悪い輩の中にも運良く何とかトラブルに巻き込まれずに生きていける連中は一握りはおり、それもいよいよとなってきた段階で彼らが行き着く先が借金地獄というわけだ。密入国者の彼らに金を貸す場所は限られる。そして彼らの中にはバカのクセに用心深い奴も多い。虎皇会を始めとするマフィアから金を借りたくないという連中に対して、親父譲りの人の良いマヌケ面で援助と称して法外な高利貸しに誘うのも彼のビジネスの一つ。裏ルートでの人の出入りを知りたければ、このホランドに聞くのが一番手っ取り早い。それを氷室は心得ていた。
「ちょっと待ってくれ。協力してぇのは山々なんだが、人数が余りにも多過ぎる。せめてもう少し絞ってくれねぇか」
「聞こえなかったか? 俺はリストを出せと言ったんだ」
「そうじゃねぇ。虎皇会から買った紙は既に処分しちまってもう無いんだよ。ただ、名前と顔なんかの情報は全て覚えてる。記憶力だきゃ自信があるんだ。本当さ」
訝しむ氷室だったが、ホランドが嘘を言っているようには見えなかった。もし仮にその場凌ぎの嘘を吐いたところで、後の行き先はブタ箱か棺桶のどちらかになることを知らないホランドではない。この街で長く成功している商売人が同じ轍を踏むほど愚かではないことも、氷室は充分承知している。なら、ここはカエル頭に詰まった記憶とやらに頼るしかないと諦めるより他なかった。
「宗教関連の人間、あるいは大勢の子供を連れた人間の情報を寄越せ」
「宗教関連つったって、色々いやがるしなぁ。ターバン巻いた連中や黒い修道服着て首から十字架を下げてる奴もいた。だが、子供に関しては一人もいなかったはずだぜ」
「殺された子供たちは全員その辺の茂みから自然に生えてきたって言いてぇのか?」
「おいおい、短気を起こすなって! 嘘じゃねぇよ。確かに密航者のリストには子供はいなかったんだ。だが……あー、いや、あくまでも、もしかしたらの話なんだけどよ」
「勿体ぶるな。さっさと喋れ」
「つい最近、部下からジョージア方面の港でイタ公連中が不審な積荷を運んでるって話があったんだよ。奴らは頑なにコンテナの中身は確認させなかったらしいが、断じてクスリや武器じゃねぇって言いやがったらしいんだ。こっちもヘタにモメたくねぇから見逃してやったんだがよ、イタ公の一人がコンテナのドアを鉄パイプでガンガン殴ってたって言うんだよ。ありゃ多分、積荷は家畜かなんかだろうって笑い飛ばしてたんだが、ひょっとしたらアレの中身って……」
「可能性はあるな。そして、この街で最近のさばっているイタ公グループと言えば一つしかない」
「ミケーネの側近が居やがったって話だから、まぁ、十中八九ミケーネファミリーだろうな。近頃あいつら妙に勢い付いてるぜ。今にも虎皇会とドンパチやらかそうって雰囲気だ。あぁ、一応言っておくがまだ武器は売っちゃいねぇぜ? 念のためにカタログだけは渡しといたが」




