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EDEN's Order(エデンズオーダー)  作者: 後出 書
児童誘拐殺人事件 篇
28/194

Ice Age

「氷室さん。署内の設備を壊すなんて何を考えているんですか。いきなり刀を抜くとかアホなんですか」


 器物破損と喫煙所以外終日禁煙を無視してダイナミックな入室をかましてきた氷室に対し、ダリアは冷たい視線と共に罵声を浴びせる。


「交通課にゃ何も迷惑はかけてないと思うがね。それに、俺は殺気を感じたから助けに来てやっただけだ。煙草は許せ。これがなきゃ仕事にならん」


「そうはいきません。総務課の女性職員はみんなあなたの勝手な振る舞いに困っているんです。あなたがたった今破壊した扉の修理費はどこで計上していると思っているんですか。それに、あなたは普段から領収書や書類の提出期限は守らないし、今みたいに喫煙ルールも守らない。よく懲戒解雇されずに済んでいますね。あなたのような職員を野放しにしているここの管理体制がそもそも疑われます」


「文句があるなら俺を雇ったボスに言ってくれ。幸い、その男ならすぐそこにいる」


 エデン署における管理体制の頂点に立つ男は、机に両肘を突いたまま口元を両手で隠し、俯き加減で額に脂汗を滲ませていた。


「しかし、部屋の外から感じた殺気がまさかそこのお嬢ちゃんのものだったとはな」


 冷たく鋭い眼光がアシュリーを射抜く。その鋭さは、まるで氷柱で胸を貫かれたかのような錯覚さえ覚えるほど。男の左手は腰の刀に添えられており、親指は鍔を軽く押し上げていた。アシュリーにとって東洋の剣術は未知のもの。しかし、今この場で再び自身の剣に手を伸ばす素振りを見せれば男の剣はそれより早く自分を斬るだろうということは、扉をバラバラに斬り捨てたあの斬撃の速さと彼の獲物を狙う狩人のような双眸から容易に想像が出来た。


「氷室くん。扉はまぁ良いとしても彼女は斬らないでくれ。何故なら、彼女は今回の件で君と組む相棒。つまり、バディとなるのだから」


 その一言で、刀を持った黒尽くめの狩人の標的がアシュリーからサマセットへ移る。


「そんなつまらん冗談を聞かせる為にわざわざ俺をここに呼んだんですか? 流石に笑えませんね」


「冗談ではないし、これは命令だ」


「あんたはここの署長で、俺は部下。俺には、あんたの意思決定には従う義務があることは重々承知している。せめて理由をお聞かせ願いたい。俺を納得させられる理由をね」


「今回の事件は邪教団レーヴァテインが絡んでいる可能性がかなり高い。だからこそ、彼女の力が必要なんだ。まだ若いが、レーヴァテイン狩りの専門家であるアスガルド聖教の中でも選りすぐりの精鋭部隊に所属している。まだ発足したばかりで君しかいない《特殊犯罪捜査課》の手助けとして、彼女の知識や経験は今後の捜査にはおいて大いに役立ってくれるはずだ」


「お言葉ですが署長。俺は一人でやれます。いや、一人が良い。それとも、こんな小娘を傍に置かないと成果を出せないボンクラと仰いたいのですか?」


「そうではない。君の腕は充分承知している。だからこそ君だけ特別にこの署内で唯一帯刀を許可しているし、日本で数多くの超常現象や特殊犯罪を解決してきた君の経歴も正当に評価しているつもりだ。しかし、仕事熱心なのは結構なことだが、君はどうも見ていて危なっかしい。先日も令状無しに独断で虎皇会の事務所に乗り込んだそうじゃないか」


「あれはただの散歩ですよ。立ち寄った先がたまたま馴染みの喫茶店じゃなく虎の棲み家だったってだけで、ガサ入れなんて堅苦しいもんじゃ——」


「今回の事件がレーヴァテイン絡みの可能性がある以上、尚更君は無茶をするだろう。君はまだ若い。亡くなった妹さんの為にも死に急ぐべきじゃないと言っているんだ」


 互いに一歩も意見を譲らない中、ジョーカーを切ったのはサマセットの方だった。〝妹〟という言葉を聞いた氷室は、それ以上反論の言葉を出せずにいる。相対する二人の間に、しばらく重苦しい沈黙が流れた。


「ちっ……」


 沈黙を先に破ったのは氷室の方。舌打ちと押し上げていた刀の鍔が鯉口を打つ納刀音が重なるとほぼ同時に暑苦しいコートを翻しながら踵を返し、氷室は署長室を出ていった。


「わ、私、追いかけてきます!」


 我に帰ったアシュリーは、剣を手にするとすぐさま席を立ち、氷室の後を追おうとする。それを引き留めたのは同席していた女性職員のダリアだった。


「一つ忠告しておきますが、彼に関わるのはあまりオススメしません」


「それは何故ですか?」


「氷室映司。通称、アイスエイジ。彼の名前と性格を揶揄したニックネームです。その名の通り氷河期のように冷たい性格で、元々誰とも組みたがらない偏屈な人です。署長が言っていたように、危険に対しての判断が麻痺している。先日もこの街で最大勢力を誇る中国マフィア相手に一人で踏み込みました。彼と一緒に仕事をするなんて、命が幾つあっても足りません」


 なるほど、とアシュリーは一人で納得してしまった。アイスエイジとは言い得て妙なネーミングセンスだと。


 氷室が入室する前後に室内の温度が急激に下がったと錯覚したのは、サマセットとダリアだけではない。アシュリーもまた、彼らと同様に感じていた。そうさせていたのは彼の放っていた殺気。そして、札の貼られた鞘の鯉口から僅かに覗いた刃。そこからガスのように漏れ出ていた禍々しい妖気がそうさせていた。


 そして、アシュリーが一番気にかかったこと。それは、氷室の放つ凄まじい闘気、殺気とは裏腹に生気が弱々しく感じたということ。原因は間違いなく、あの刀にある。強大な力と引き換えに命を削る魔剣の類いであることは、聖職者であるアシュリーには直ぐに理解出来た。


「ダリアさん、教えてくれてありがとうございました。でも私、あの人を放っておけません」


 深々と頭を下げてにっこり微笑んだ後、アシュリーは氷室の後を追って部屋を出ていった。何となくだか、氷室の姿が初恋の男に重なって見えたのだ。


「あの娘、多分悪い男を好きになって破滅するタイプですよ、署長……って、何をニヤニヤしてるんですか。キモいですよ」


「いやなに。彼女も随分大人になったんだなぁってね。っていうか、キモいはヒドくない?」


 氷室を追って退室する際に見せたアシュリーの笑顔に、サマセットはまだ若輩だった時分に保護した少女の面影を重ねていた。

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