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EDEN's Order(エデンズオーダー)  作者: 後出 書
児童誘拐殺人事件 篇
25/194

エデン署にて①

 エデンの正義を象徴する建物は、実に古びた外観をしている。


 しかし、その古びた外観の中にも細やかな装飾の施された外壁やタイル。そして一番目を引くのは、正面入り口へ続く長いアプローチの中央に置かれた、剣と秤を持った女神の像。ギリシャ神話に語られる法と正義を司る女神、テミスの彫像である。


 署内へ入るにはこのアプローチを通る必要がある為、必然的にこのテミス像に見下ろされる形になるのだが、その造形の見事さが故に初めてここを訪れし者は罪の有無に関わらず息を呑む。それは、聖職者であるアシュリーもまた例外ではなかった。


「警察署と言うより、まるで美術館ね」


 荘厳なテミス像の視線に見送られて、アシュリーはエデン警察署の扉を開けた。

 

 署内は朝から多くの人で溢れていた。コーヒーを片手に談笑している男性のグループ。薄いシャツの上にショルダーホルスターを装着しているのを見るに、彼らが現場の人間である事は一目瞭然だった。他にも床をモップ掛けしている清掃員や受付窓口の向こうでPCの前で忙しくキーボードを叩いている職員、所謂内勤に含まれる人たち。


 明らかに聖教内とは違う俗世の営みに多少の戸惑いを覚えつつ、アシュリーは総合受付の窓口を探す。聖教からの通達で、着任時はまずそこへ向かう様に指示を受けていた。総合受付を見つけること自体はそこまで難しいものではなかった。入り口を入ってすぐ正面にあったからだ。しかし、それにも関わらずアシュリーがすぐに向かわなかったのは受付にいるのが、口髭を蓄えた恰幅の良い男性職員だったからである。


 エデン署の職員たちは皆、突然の訪問者であるアシュリーに奇異の目を向けている。それもそのはず。警察署に入るや否や、受付窓口を睨み固まっている若い女性。しかもその格好が明らかに普通ではない。修道服を改造したかのような衣服。その上には西洋甲冑と思しき胸当てや手甲、具足を身に着けているのだ。何より腰に差した剣と思しき長物。


 警戒し、銃に手をかけるものやニヤニヤと舐め回すような嫌らしい視線を向けるもの。いくら非日常的な日常の処理を行なっているエデンの警察たちでもアシュリーのような格好の訪問者は前代未聞。エントランスロビーで繰り広げられている異様な緊張感は、さながら乱射事件か爆弾処理のそれに似ていた。


「あー、皆落ち着いて! 彼女は私の客人だから!」


 緊張と沈黙を破ったのは男性の声。振り返ると、一人の男性が息を切らして走り寄ってきた。


「騒がせたね。もう大丈夫だから皆仕事に戻って。やぁ、スティーブ。今日のネクタイはキマッてるね。奥さんからのプレゼントかい? マーカス、一昨日は随分活躍したらしいじゃないか。ジェファーソン夫人がえらく君のことを褒めていたよ」


  慌てて走ったせいで乱れた髪の分け目を手ぐしで整えながら、署員たちに気さくに声をかける眼鏡の白人男性。歳の頃は四十代後半から五十代半ばだろうか。さりげなく腕から見える高級時計と階級章に記されたチーフの文字から、彼がこの署内の最高責任者であることを教えていた。


「いやぁ、すまないね。こんなに早く到着するとは思わなくて。ようこそエデン署へ。僕がここの署長のサマセット・ウェインだ。よろしく」


 爽やかな笑顔で右手を差し出すサマセット。そして、引き攣った笑顔を貼り付けるアシュリー。その様子を見たサマセットは、慌てて手を引っ込めてアシュリーから一歩後ろへ下がり距離を取った。


「あぁすまない。そうだったね。君は確か男性が苦手だって聞いていたんだった」


「い、いえ。こちらこそすみません、サマセット署長。過去のトラウマであまり男性が……いえ、かなり苦手なものでして。ですが、仕事に関してはきちんとやりますので」


「その仕事のことで色々説明しなきゃいけないことがあるから、ここで立ち話もアレだから署長室で話そうか。あぁ、それと……ダリア。君も一緒に来てくれ」


 サマセットはそう言うと辺りを見渡し、交通課の窓口で事務仕事をしていた女性署員に声をかけた。名を呼ばれた女性は手にしていたファイルをデスクに置くと、ため息を一つ吐いて立ち上がりこちらへやってきた。モデルのようにスリムな体型で、足も長い。何よりキツい目つきが特徴的だった。そして、見るからに不機嫌そうである。


「男性だけだと君も萎縮するだろうから、彼女にも同席してもらおう。大丈夫。彼女とても気さくで署内でも有名だから」


「署長、私まだ仕事残ってたんですけど? あとでデータ入力手伝ってもらいますからね。あと、通常業務と関係ない仕事なので特別手当もよろしくお願いします」


 ダリアはそう言うと、一人で先んじて署長室へと向かって行った。


「ね? 気さくでしょ?」


 アシュリーは、ただただ愛想笑いをしながら相槌を打つしか出来なかった。

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