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EDEN's Order(エデンズオーダー)  作者: 後出 書
児童誘拐殺人事件 篇
21/194

セントライミ教会②

「えーと、確かそこのお兄さんはこいつの店を手伝ってくれてるウィリアムさん、だったよね?」


「覚えていただいて光栄です、シスター。そして相変わらずお美しい」


 ウィリアムはそう言うと、どこからともなく薔薇の花を一輪取り出してウェンディに手渡した。女性を見ればいちいち口説かずにはいられない悪癖は死んでも治らないだろう。ウェンディが苦笑いを浮かべて薔薇を受け取ったのは、これで二度目だ。 


 ウィリアムはウェンディと一度だけ面識があった。


 遡ること半年前。ここセントライミ教会の先代のシスターが亡くなった日。手紙をもらったデュランに頼まれ――否、半ば脅迫されてここまで車を出させられたのだ。あんなに必死な形相のデュランを見たのは初めてだったので、ウィリアムは当時の事を今でもよく覚えている。


「母さんの葬式以来だね」


「……ああ」


 身寄りのない孤児だったデュランとウェンディが〝母〟と呼び慕った一人の女性がいた。


 その女性の名はミレーヌ。ここの子供たちに別け隔てなく愛情を注いでくれた太陽のような人だった。訃報を受けたセントライミ教会の関係者は皆、各々の予定を全てキャンセルしてまでシスター・ミレーヌの葬儀に参列したそうだ。それほど彼女は徳高く、誰にも愛されていた人物だった。


「せっかく来たなら母さんの墓に挨拶してきな。あの子はここに来て直ぐ顔を出しに行ったよ」


「あ? あの子って誰だよ」


「ありゃ? あんたたち、一緒に来る約束してたんじゃないのかい? あんたまで来たからあたしはてっきり……」


 デュランとウェンディは互いに顔を見合わせる。何やら話がかみ合っていない。まるで、デュランの他に誰か顔見知りがここに来ているような口ぶりだった。


「俺の他に誰か来てるのか?」と、デュランが尋ねるより先に応接室にノックの音が響いた。


「失礼します」


 柔らかい女性の声。それも、デュランにとって聞き覚えのある声だった。


「……って、えっ、デュラン?」


 入って来たのは長い二本の三つ編みが似合う金髪碧眼の若い女性。白い修道服を模した制服の上から銀の板金鎧(プレートアーマー)を纏い、腰には細身の西洋刀を差していた。それは紛れもなくアスガルド聖教が誇る正義の象徴にして高潔の証。アスガルド聖騎士団の装いだった。


「やっぱりデュランだ!」 


 満面の笑顔でデュランに駆け寄った女騎士。名をアシュリー・キスミスといい、彼女もまたデュランやウェンディと同じくこの教会で育った家族のような存在だ。


「母さんのお葬式以来ね。元気だった?」


 アシュリーはデュランの手を両手で握り、キラキラした目をしながらずいっと顔を近づけてきた。見た目こそ随分大人びたが、中身の方は子供の時分から何一つ変わっていない。デュランはアシュリーの手を解くと、軽く額にデコピンをくれてやる。これが二人の子供の頃からの変わらぬやりとりだ。


「いったたた。けど、なんだか懐かしいな」


 ほんの少し赤くなった額を擦りながらアシュリーは照れ笑いを浮かべた。


「アシュリー。再会が嬉しいのはわかるが他にもお客さんがいるんだよ。後にしな」


「はっ、そ、そうでした」


 アシュリーはウェンディに諭され、慌ててデュランから離れる。妹を諌める姉。血の繋がりこそ無いが アシュリーはウェンディを実の姉同然に慕っていた。


「ちょっと、ねぇ、ちょっと。デュランってば!」


 隣のウィリアムが必死に耳打ちで何かを訴えてくる。


「あ? なんだよ」


「すんごい可愛い子じゃない。知り合いなら紹介してよ」


「ああ。そういやお前、アシュリーとは初対面だったか。仕方ねえな。おい、アシュリー。こいつは――」


「初めまして、可憐なお嬢さん」


「お前もしかして俺に喧嘩売ってんのか?」


 紹介云々のやり取りなど端から無かったかのようなロケットスタート。ウィリアムはゆっくりアシュリーへと近づき、薄いガントレットに守られた手をそっと取った。


「ウィリアム・イーストウッドと申します。以後、お知り置きを……って、あれ?」


 ウィリアムがいつものように気障ったらしく跪き、アシュリーの右手の甲へキスをしようとする。が、ウィリアムの唇はアシュリーのガントレットに触れることはなかった。


「……ガクガクブルブル」


 ウィリアムの手を瞬時に払って抜け出したアシュリーは、ウェンディの後ろに隠れて何やら怯えている様子だった。


「ああ、気にしないでウィリアムさん。この子、極度の男性不信でさ。なんでか昔からデュランだけは大丈夫なんだよねぇ」


「ごごごごめんなさい。昔に比べれば自分でも多少はマシになったと思ってたんですけど……やっぱり無理っ!」


 数ある特攻の中で撃沈は初めてではなかったが、ウィリアムはわりと本気だったようでガックリと肩を落として俯いてしまった。


 ウィリアム本人は自分のことユダヤ系のアメリカ人だと言っているが、デュランは時々、こいつはイタリア人なのではないかと思うことがある。


 今は負のオーラ全開だが、違う女を見ればまた平然といつもの調子で口説き出す。自分のスタンスを曲げず、ポジティブに振舞えるのがウィリアムの長所でもあるが、同時に短所でもある。それが引き金で命を落としそうになったことも間々あったが、それでもまったく懲りる気配はない。やはり、いっぺん死ななきゃ治らないのだろう。


「ところでさ、さっきからずっと気になってたんだけど」


 ウェンディは紅茶の入ったカップを手に取り、アイラを指差した。


「この子、ひょっとしてあんたの子供? 目の色とかめっちゃソックリじゃん」


 そう言われ続けると、流石にリアクションを取るのも面倒になってくる。それでも真実を述べておかなければ、沈黙は肯定と受け取られてしまう。それは少々どころではなく面倒だ。デュランは頭を掻きながら溜息を吐く。


「いや、実は――」


「うそっ!? デュラン、結婚してたの!?」


「してねーよ。だからこいつは――」


「はあ!? じゃあなにかい? 結婚もしないで子供をこさえて……あんた一回死んだ方がいいんじゃないの?」


「なんでテメーらは人の話を最後まで聞きやがらねェんだよ」


 デュランの代わりにウィリアムが間に入って女性二人にアイラを拾った経緯を説明した。


「あ、そうだったんだ。なぁんだ、ビックリした」


「ったく、最初からそう言いなよ。紛らわしいヤツだね」


「……お前ら、俺になんか恨みでもあんのか?」


 デュランはコップの水を一息で飲み干し、本題に移った。


「つーわけだから、ここでこいつの面倒を見てやってほしい。その方が、こいつにとっても最良のはずだ」


「ふーん。なるほどねェ」


 ウェンディはそう言うと、じっとアイラを見つめる。


「うん、話は大体わかった」


 ウェンディは足を組んでデュランに向き直ると、不敵に微笑んだ。


「うちは全然構わないよ。まっ、あんたじゃ子供の世話なんて到底無理だもんねぇ」


 見下すような鋭い視線と語気。ウェンディのそれは紛れもなく挑発だった。


「あァ?」


 それを受けてデュランの眉がピクリと動く。金色の瞳は少しの怒りを帯びていた。


「どういう意味だコラ」


「そのまんまの意味だよ。あんたは子供を育てる自信も度胸も甲斐性もないクソビビリのヘタレ野郎だってね」


「話が変わってるじゃねぇか。そういうことじゃなくて、俺はコイツのことを考えてだな」


「何も変わってないさ。どんなに貧しくても、どんなに環境が悪くても子供ってのは真っ直ぐ立派に育つんだよ。育ててくれる親さえしっかりしていればね。自分の至らなさを棚に上げて四の五の言い訳してんじゃないよ。なっさけない」


 デュランの神経を逆なでし続けるウェンディの口撃は止まらない。


「こーんなちっこいガキンチョの頃から喧嘩っ早くてさ。無愛想で乱暴でどうしようもないバカだったけど、根は優しくてガッツのある奴だと思ってたよ。でも、どうやらあたしの見当違いだったようだね。いいよ、この子はうちで引き取って面倒を見るからあんたはとっとと帰んな」


 黙って肩を震わせていたデュランは遂にいきり立った。いくら相手が家族同然のウェンディでもこれ以上は我慢の限界だった。


「おいコラ、シスターさんよォ。黙って聞いてりゃ好き勝手言ってくれるじゃねえか」


「口先だけの犬っころが粋がって吠えてんじゃないよ。あんたは昔っから変わらないね。そうやって気に入らないことがあれば脅しや暴力で何でもかんでも解決できると思ってる。単純バカ丸出しさ」


「そんなバカにブチのめされた連中を俺はごまんと見てきたぜ」


「子供ひとり守れる自信の無い軟弱ボーヤの戯言なんざ聞く耳持たないね。悔しかったら、口先じゃなくて行動で証明してみな」


「ああ上等じゃねぇか! やってやるよ!」


「ほう、なにをだい?」


「こいつを。アイラは俺が、何があっても絶対に守ってやるっつってんだよ!」


 力強く響いた男らしいデュランの咆哮に愕然とするウィリアムとアシュリー。その中で、ウェンディだけはニヤリと笑った。デュランはハッとした。しまった、嵌められたと。


「あっはっはっ、だからあんたは単純なのさ。よかったね、お嬢ちゃん。今日からこいつがあんたの父ちゃん代わりだ」


「なっ!? ちょっ、ちょっと待て! 今のは……」


「ここを何処だと思ってるんだい。教会での誓言は絶対さ。それに、ここにいるあたしらも証人だ。神様とあたしら家族の前で大見得切ったからにはちゃんとこの子を立派に育てなよ。もちろん、男に二言はないよねえ?」


「うぐっ……」


 見事としか言いようがない。あのデュランが完全に籠絡されてしまった。流石は姉同然にデュランの面倒を見てきただけはある。ジェイルタウンのオオカミもここまで牙を抜かれれば形無しだ。


「デュラン。あんたは単純でバカだけど、そこがあんたの良いところさ。ここの仲間が余所の悪ガキにイジメられたときも、あんたは誰よりも真っ先に飛び出して仲間を助けていたじゃないか。時には大人相手にも一歩も退かなかった。殴られても蹴られても、ちっこいクセに必死で仲間を守る為に戦ってた。その勇気や優しさは無謀じゃないし、誰かを守る為に振るう拳は暴力じゃない。すべてはあんた次第ってことさ。しっかり守ってやんなよ」


 ウェンディは気づいていた。デュランの隣に座っているアイラが今にも泣きそうな顔でデュランの服の裾を掴んでいたことに。表情の変化こそわかり辛いアイラだが、たくさんの子供を見てきたウェンディには一目瞭然だった。


「さて、と。そろそろ礼拝の時間だ。あたしはもう行くけど、あんたはちゃんと母さんの墓に顔を出して来なよ。アシュリー、案内してあげな」


 アシュリーはハッとしたように我に返る。瞳は少しだけ潤んでおり、顔はほんのり紅潮していた。先ほどのデュランの台詞に聞き入っていたらしい。


「墓の場所ぐらい覚えてるぞ」 


「ったく、あんたはホントに空気の読めない男だね。ほら、サッサと行きな!」


 ウェンディに半ば追い出されるようにデュランたちは部屋を後にした。


「あー、それと、次に来る時は土産くらい持ってきな! 手ぶらだったら門前払いだからね!」


 デュランは振り向いて右手の中指を立てる。子供の頃とまったく変わらない生意気な仕草にウェンディは思わず吹き出してしまった。


「ぷっ! まったく、あいつは昔からちっとも変わらないね」


 デュランの左手はしっかりとアイラの右手を握っていた。次に二人が来る時も、あの手が繋がっていることをウェンディは心から祈った。

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