The dark sider's ①
「全員その場から動くな。しょっ引かれたくなければな」
気怠そうな声の裏側にハッキリと宿る敵意と殺意。煙草を咥えながら入ってきたのは、やや猫背で痩せ型長身の男。
「これはこれは捜査官殿。今日は一体どんな御用向きかしら?」
彼の名は氷室詠司。五年前に日本からアルメニアへ赴任してきた国際警察官。エデンでは珍しい日本人であることに加えて、頭髪、目の下の隈、コートに革靴、頭から足の先まで全て黒尽くめ。〝歩く葬式〟などと揶揄する輩もいるほど、不吉で不気味な風体の男だ。
また、彼の不吉な異名を更に強調せしめているもの。ただでさえ凄まじい異様さを確固たるものにしている要因こそ、彼が腰に差している日本刀にある。
「相変わらず不気味な得物だぜ……」
虎皇会の構成員が呟くのも無理はない。彼の差している日本刀の雰囲気は、映像作品や美術館で見るようなものとはまるで違う。
まず目につくのは、鞘にびっしり貼られた無数の札。エデンに住む者の殆どはその紙には何が書いてあり、何を意味しているのかを知らない。だが、それが良くないものを封じる為のものであるということは誰もが直感的に感じていた。
更に言えば、納刀してある状態にも関わらず、その刀から漂う唯ならぬ雰囲気は〝よく使い込まれている〟ということを雄弁に語っていた。
何より、この刀が単なる見掛け倒しの骨董品ではないということは先程氷室が入室した際に吹き飛ばしたパズルのように散らばった扉の欠片を見れば一目瞭然だ。
「三日ほど前からロシア大使館のとある役人が行方不明でな。最後に見かけたのがアンタのとこの組員が経営しているカジノだって話だ。知っている事があったら全て話せ」
氷室は鋭く冷たい視線をメイファンへと向ける。しかし、メイファンも荒くれ者を束ねる女傑である。物怖じなどせず、いつものように飄々と答えた。
「それはヘンねぇ。それほどのVIPがお目見えされたのであれば、私の耳にも入っているはずだけど。ねぇ、ジェイク。あなたは何か聞いてる?」
「いいえ、存じませんな」
白々しいメイファンとジェイクのやり取り。氷室が尋ねた行方不明のロシアの役人に関して、虎皇会が何かを知っているということは誰が聞いても明白な態度であった。しかし、証拠が無いのだ。
もし虎皇会が関与しているという決定的な証拠があるのなら、有無を言わさずメイファンの両手に手錠をかけているだろう。しかし、虎皇会は証拠が残るような雑な仕事はしない。だからこそ、弱肉強食主義のこの街で今尚君臨し続けているのだ。
しかし、証拠など無くともここの住人であれば虎皇会のやり方など大凡の察しはつく。
賭場で見かけたのが最後というのであれば、十中八九大損こいて賭け金を取り立てられたに違いない。そういう輩は大概、麻袋に詰められてレジャーグッズのように車に積まれ、行き着く先は暗くて冷たい海の底。虎皇会恒例のお得な片道ツアーパックだ。




