一難去ってまた一難へ
買い物、というだけで何も考えずにここまで来たが、食材市場に服など売っているわけもない。立ち止ったまま険しい表情で急に動かなくなった悪名高き〝ジェイルタウンのオオカミ〟を、通行人たちは訝しげに見つめる。コホンと咳払いを一つしたデュランは、すぐ隣にいた卸売業者風の若い男に声をかけた。
「よう、そこの兄ちゃん。ちょいと聞きてぇことがあるんだが」
「ひ、ひぃっ! お、お助けを!」
半泣きになりながらぺたんと尻もちをついた男は、そのまま四つん這いに近い走法でデュランに尻を向けて慌てて逃げていった。
「あ、オイ待てコラ! 逃げてんじゃねぇよ! チッ、しゃーねぇ。次だ次!」
幾度となく通行人に声をかけるが、結果はどれも同じに終わっていく。目を合わせれば避けられ、声をかければ逃げられる。それを四~五回も繰り返したのだからデュランにしては辛抱した方だ。徐々に表情は怒りの色を濃く映し、視線は人を刺せるのではと思うほど鋭くなっていく。ヤニ切れも相まって不機嫌一直線。遂には、あれほど人で溢れていた通りはいつしか閑散としてしまっていた。
「だぁー! チクショウ! どいつもこいつもムカつくぜ! 俺が何したってんだよ!」
やり場のない怒りと思い通りにいかない歯痒さに近くにあったゴミ箱を思いっきり蹴っ飛ばし、一人怒りに吠える。腹の虫がおさまらない。腹いせに店主が去って無人になった露店をひっくり返してやろうかと思い立った時、デュランの鼻を異臭が突いた。
「危ねえっ!!」
デュランがそう叫んだと同時に露店の一角が爆炎を上げ盛大に吹っ飛んだ。
間一髪だった。あと数秒遅ければ、すぐ近くにいたアイラは爆発に巻き込まれていただろう。
周りに人がいなかったからこそ気付けた僅かな異臭。可燃性のガスの匂いだった。市場がいつも通りの賑わいで人混みが出来ていたなら、香水等の匂いで誤魔化されてしまい、流石のデュランでも気付けなかっただろう。獣並に優れた嗅覚を持つデュランだからこそ、屋外でもその僅かな異臭に気付けたのだ。
「くそっ! シャレになってねーぞ。なんで買い物に来て爆破テロに巻き込まれるんだよ。おい。大丈夫か、ちびすけ」
「……」
アイラは黙ってコクリと頷く。肝が据わっているのか鈍いのか。少し前まで自分がいた場所が一瞬で黒焦げになったというのにアイラの表情だけは相変わらずだった。
「おい、やったか!?」
「あの爆発だ。流石に生きてねえだろ」
「一般市民を巻き込むのは心が痛むが、ヤツは勘が鋭いからな。市場の活気に油断させてドカンとやる。なかなかイイ作戦だったな」
煙に遮られて確認し辛いが、爆心地へやって来る複数人の影と談笑が聞こえた。
「あっ。今気付いたんだけどよ。爆弾でふっ飛ばしちまったら、あいつの首ごと消し飛んでるんじゃねぇか?」
「おいおい、んじゃあ賞金はパーってことか?」
「どーすんだよ! これじゃあくたびれ損じゃねぇか!」
「誰だよ! 爆弾なんか使おうって言い出したマヌケは!」
「んだと、コラ! テメェだって昨日まであんなに賛成してたじゃねぇか! ブッ殺すぞ!」
品格も知的さの欠片も感じられない会話の主たちは、世界各国から遠路遥々この街にやって来ている賞金稼ぎだ。
土地柄と言うべきか。エデンやジェイルタウンに世界中から選りすぐりの悪党が集まるのなら、そいつらを捕まえて生活している連中もまた同様に集まり易いのは必然。故に、アルメニア国内全体の死亡率の一割は犯罪者と賞金稼ぎの衝突によるものだとも言われている。
「おい! 見ろ! ヤツだ! ターゲットがまだ生きてるぞ!」
「こいつぁツイてるぜ! お前ら! 今度こそヤツの首を獲るぞ!」
先頭の二人を合図に他の数十名の賞金稼ぎたちは各々の得物を構える。いくつもの刃や銃口の冷たい輝きが一斉にこちらへと向いた。デュランは、ちょうど半年前に見たこれと酷似した状況を思い出していた。
その日はヤボ用でウィリアムと共に渋々エデンを訪れていたのだが、予定よりも早く用が片付いた。ウィリアムが「奢るから軽く一杯やって行こう」と誘うので、適当な酒場に立ち寄ったのだが、店に足を踏み入れた瞬間、今と同じく無数の銃口に出迎えられたことがあった。ショットグラス一杯だけのつもりが、数カートン分のショットガンの弾をお見舞されるとは夢にも思わなかった。
(そういや、この近くにはアイツがいるじゃねぇか)
そんな苦い思い出を振り返る片手間に賞金稼ぎどもを返り討ちにしていると、ある人物の顔が頭に浮かんだ。今の状況より更に危険度は増すが、このまま何事も無く店に戻るとウィリアムに嫌味小言を言われるのは間違いない。それはデュランにとって、出来るなら避けたいことの一つでもある。
ウィリアムは喧嘩はからっきしだが、口喧嘩は滅法強い。
路地裏の野良犬にすら勝てないほどの圧倒的弱者に位置するウィリアムの心臓が、何故このエデンやジェイルタウンで今もなお一定のビートを刻んでいられるのか。それこそ、ウィリアムが唯一持ち合わせている最大の武器である話術。つまり口の巧さだ。
特に交渉事に長けており、本職のネゴシエーターですら舌を巻く。そんな話術のスキルを全て非難や罵倒に変換して向けられれば、肉体言語主義のデュランでさえ自責の念に駆られてしまうほどだ。
二日酔いのような胸糞悪さを数日抱え込むストレスと今日一日で終わる面倒事を天秤に掛けるなら、後者を選択する方が幾分かはマシだ。
「気が乗らねぇがしゃあねぇ。進路変更だ」
大きな溜息を一つ吐き、デュランは市場を後にして繁華街の方へと足を向けた。




