事件の終幕
広い部屋に手足を縛られた少女が一人。
多数の暴漢に囲まれ、嬲られている。必死の抵抗も虚しく衣服や下着は破かれ、生娘は今まさに破瓜の時を迎えんとしていた。
不可侵の園へ忍び寄る邪な蛇の如き男根が純潔の根源たる操を貫き奪い去る。
「あ?」
——はずだった。
先程まで必死に抵抗していた少女が見せた不敵な笑み。そして体内に侵入する際に男根に触れた固く無機質な感触。その瞬間、室内に広がった眩い閃光。
それが暴漢たちが見た人生で最期の光景だった。
突然の爆発にデュランは急いで階段を駆け上り最上階へと戻る。その際、カーテンらしき焦げたボロ布に身を包んだ何者かとすれ違った。何らかの方法で危機を脱したマルグリットであろうが今は彼女を追っている場合ではない。まずは先程のフロアーに残っていたメイファンの生死の確認が最優先。そう判断したデュランは去り行く人物に背を向け、最上階を目指す。
辿り着いた最上階フロアーはほぼ半壊。部屋は吹き飛び、壁や天井の瓦礫が至る所に散乱していた。
「メイファン! 生きてるか!? 生きてたら返事しろ!!」
デュランの呼び掛けに返事は無い。
すると、通路のすぐ側にあった窓ガラスをブチ破り、屋上で待機していた凶星が降りて来た。
「何ガアッタ、デュランノ旦那」
「俺にもわからねぇ。突然爆音がしたから戻って来たらこの有様だ。メイファンのやつ、このフロアーに残ってたから爆発に巻き込まれたに違いねぇ。おそらくこの辺りの瓦礫の下敷きになってるはずだ」
支部長室のドアはもちろん破壊されており、中には爆散した黒焦げの肉塊がいくつも転がっていた。爆心地はこの中と見て間違いない。
『部屋ごと爆破しなきゃならなくなるんで』
その様子を見て、デュランは先程マルグリットが室内から発した言葉を思い出した。
「チッ、体内に爆発物を仕掛けてやがったのは盲点だったぜ。おい、凶星。さっきの糸で瓦礫を細切れに出来ねぇのかよ」
「ヤレナイ事ハナイケド、ドコニイルカワカラナイカラ生キテタラ姐御ゴト細切レヨ」
「仕方ねぇ。一つずつ瓦礫を退けていくしか——」
デュランが近くの瓦礫に手を伸ばした時、何処からか電話の呼び出し音が聞こえた。
「今姐御ニ電話ヲカケタ。タブン、アソコネ」
スマートフォンを操作しながら凶星が瓦礫の一画を指差す。
「でかした! 後は任せろ!」
デュランは音の鳴る方へ向かうと凄まじいスピードで瓦礫を退けていく。
「なっ!? ジェイク!!」
瓦礫から出て来たのはメイファンでなはく何とジェイクだったのだ。頭からは血を流し、背中にはコンクリート補強用の鉄筋とマルグリットの体内から飛び出したと思しきナイフが数本刺さっていた。
「アレ? 間違イナク姐御ニ掛ケテルンダケド。ナンデ?」
「何でも良いから急いで引きずり出すぞ!」
ジェイクを瓦礫の山から引き抜くと、その下から気を失っているメイファンが出て来た。先程、ギャング風の男たちの後にエレベーターで上がって来たのはジェイクだったようだ。そこでメイファンと合流した直後に爆発。身を挺してボスを守った。そんなところだろう。
「メイファンは気を失っているだけでデカい怪我は無さそうだな。だが、ジェイクの方がやべぇ。凶星、急いでグレッグを拉致って来い。まだ闘技場にいるはずだ!」
「了解ヨ。デュランノ旦那」
凶星はそう言うと、先程破壊した窓ガラスから糸を伸ばし事務所を去って行った。
「クソッ、死ぬんじゃねぇぞ二人とも!」
デュランはジェイクの応急処置を行なう為に最上階で足止め。凶星はグレッグを呼ぶ為に別の場所へ。意図せずマルグリットは追跡されることなく窮地を脱する事が出来た。
(最終手段を使ったおかげでこれ以上長居は無用。さっさとこの場から撤退しなくちゃ)
マルグリットは純潔の加護を死守する為、膣内にあるものを仕込んでいた。衝撃作動型信管を採用した〝赤い悪魔〟の異名を持つイタリアが生み出した手榴弾である。
ピンを抜く時限式とは違い異物挿入の衝撃で作動する為、純潔の危機に瀕した際には自爆してでも操を守る最終手段。しかし、これによりマルグリット自身も当然バラバラになる為、体内に仕込んだ他の武器まで手放さなくてはならないという本当の意味での奥の手。その為、残存兵が残る敵の本拠地にこれ以上留まるには分が悪過ぎる。
混乱に乗じたこの機に戦線離脱が最優先と判断し、階段を飛び降りるように駆け降り一階のエントランスに出たマルグリットの足が止まった。そこに立っていたのは、頭から爪先まで喪服のように黒い装いの男。腰には不気味な刀を差し、火の点いた煙草を咥えていた。
「氷室さん……」
煙草の煙を吐きながら、氷室は黙ってマルグリットを睨む。
「見逃して……って言ってもきっと無駄なんでしょうね」
少しだけ寂しそうな笑みを浮かべたマルグリットはすぐに鋭い目付きとなり、拾っておいたナイフ二本を両手に構えて氷室に襲い掛かった。
「そこを退けぇぇぇえええ!!」
不死身の能力のみを頼り、防御を一切考えない特攻。それに対して氷室もまた避ける素振りは見せない。煙草を咥えたまま、腰の刀にそっと手を添えた。
「鬼節神明流、霜枝垂」
マルグリットの聞いたのは鍔鳴りのみ。
刀の刃はおろか、剣筋さえ見えなかった。
腹部と両膝に熱を感じ、初めて自分が斬られたと知るも不可解な感覚がもう一つ。急激に辺りの温度が下がっていくのを感じた。斬られた胴体と両足の再生は既に完了しているが、どう言うわけかその両足が動かない。目線を下げると、徐々に足元から腰、胸部にかけて氷に身体が覆われて行くのが見えた。
「ひ……むろ……さ——」
不死身のマルグリットは、氷室の名を呼ぶ前に全身が氷像のように氷漬けとなってしまった。
丁度そのタイミングでデュランに肩を借りたメイファンが階段を使って降りて来た。最上階に残された重傷のジェイクはと言えば、凶星が連れて来たグレッグによる治療を受けている最中である。
「その娘、あなたたち警察の仲間なんじゃないの?」
立っているのもやっとな状態のメイファンが氷室に問う。
「確かにその通りだが、こいつは少々やり過ぎた。それに俺はまだ謹慎中の身でな。こいつをしょっ引く権限はない。持って帰るのもダルいから置いて行かせてもらう。丸一日は凍っていると思うが、日持ちさせたかったら業務用冷凍庫にでも入れておくんだな」
氷室はそれだけ伝えると、さっさと去って行った。
「あの野郎、多分いつぞやの入院費の借りを返したつもりだぜ」
「あなたと違って律儀よねぇ。こっちは気にして無かったのに返礼としては充分過ぎるわ。さて、この娘どうしてやろうかしら」
メイファンは氷漬けになっているマルグリットに目をやる。
「とりあえず大型冷凍室のある肉屋か魚屋に預けとけ。しばらくジェイク共々療養して処遇はその間考えてろ」
「そうね。とりあえずそうするわ」
こうして多大な死傷者と被害の爪痕を残し、マフィア連続殺人事件は幕を閉じたのだった。




