蠱毒演舞②
マルグリットは再び体内からナイフを取り出すと、凶星の首。右の頚動脈目掛けて刃を振るう。
「投擲以外ノ戦法ハマルデ素人ネ。死ナナイダケデ戦闘能力ハ低スギル」
ナイフを持っていたマルグリットの右手首が宙を舞う。フェンタニルで痛みを感じないマルグリットは自身の身に何が起こったのか理解出来ない様子だった。凶星は動いた様子はなく、ただ立っているだけ。しかし、よく目を凝らすと辺りに黒く細長いピアノ線のような糸が縦横無尽に張り巡らされていた。
「一族ノ女タチノ髪ヲ編ミ、秘伝ノ加工ヲ施シタ〝夜蜘蛛糸〟ピアノ線ヨリモ頑丈デ、切レ味モ並ノ刀ヨリ斬レル代物ヨ」
落ちた手首を回収したマルグリットは傷口同士を繋ぎ合わせ、腕の再生を行なう。
(接近戦は不利っスね。ならばやっぱここは投擲で攻める!)
落ちているナイフを回収しながら距離を取り、離れたところから凶星目掛けて再度ナイフを投げるマルグリット。凶星は張り巡らせていた夜蜘蛛糸を一旦解除し、目の細かい格子状に編み込んで自身の眼前に壁のように再度展開した。
ナイフが糸を切り裂くかと思いきや束ねた糸の壁はゴムのように伸び、向かってきたナイフを全て止めてしまった。勢いを完全に殺されたナイフは伸び切った糸が元に戻る際に全て弾き返し、マルグリット目掛けて凄まじいスピードで戻っていく。
「おわっ!」
自ら投げたナイフは全てマルグリットの体内へ戻るように突き刺さる。血は派手に出ているがマルグリットはまるで気にすることなく刺さったナイフを体内に押し込み収納していく。
「これはなかなか面倒っスね。負けはしないけどうちの実力じゃ勝てそうにないや。一度撤退したいけど監禁されてるし、さてどうしようかな……って、あれぇ!?」
ぶつぶつ呟いていたマルグリットは忽ち凶星の操る夜蜘蛛糸で左右の手足を縛られ大の字で宙吊りにされてしまった。
「なっ、なにするつもりっスか? 今のうちには薬の作用で痛みは無いし不死の能力を持っている。何しようが無駄っスよ」
そんなマルグリットの戯言を無視しながら凶星は入り口付近にある戸棚から工具箱を取り出した。その様子をスマホの画面越しに見ていたデュランはメイファンに問う。
「随分と内装に似合わないアイテムが出てきたな」
「元はと言えばあなたがドアの蝶番をぶっ壊すから修理用にジェイクが用意した私物よ。最近じゃ凶星の拷問器具セットになってるけどね」
ギロリと睨まれたデュランは流石にこれ以上ドアを蹴り破らないようにしようと心に誓いつつ、スマホの向こうで行われている二人の様子に視線を戻す。
「アッタアッタ。電動ドリル〜。アナタ、魚釣リ、好キ?」
ニコニコしながら凶星は拘束しているマルグリットに尋ねる。
「釣りなんてしたことないっス。そもそも、うちお魚キライだし。野菜とフルーツ、あとスイーツばっか食べてるっス」
「魚ッテ鮮度ヲ保ツ方法ガイクツモアッテ、特ニ〝神経締メ〟ッテノガ死後硬直ヲ遅ラセテ身ヲヨリ長持チサセルンダッテ。最近釣リ動画ヲ……トイウヨリ神経締メノ動画バカリ見テテネ」
工具箱から取り出したコードレスの電動ドリルを回転させながら凶星はマルグリットの方を向いた。
「神経締メッテ神経ノ束に針金ヲ何度モ抜キ刺シテ脊椎ヲ破壊スルンダケド、ソレヲヤラレタ魚ハ体ヲ激シクビチビチサセル。ソレガ面白クテ面白クテ。イツカ人体デ試シタイ。ソウ思ッテタカラ遂ニ今日、夢ガ叶ウヨ」
凶星は嬉そうに言うと、糸を振るってマルグリットのスカートをズタズタに切り裂いた。
「ちょっ、何するんスか! 流石に恥ずかしいですって!」
「頭カラジャナク尾骨カラ夜蜘蛛糸ヲ通スネ。出来ルダケ反応ヲ観タイカラ、脳ハ最後ニ取ットクヨ。マア、死ナナイミタイダカラ頭カラデモイインダロウケド、一応……ネ」
凶星はマルグリットの背後に回ると、下着の上から尾骨に電動ドリルを当てがい、トリガーを引いた。
モーターの回る甲高い音と、硬い物を削る両方の音が室内に響く。恥じらいはあれど、骨を削られる苦痛に対しては平気そうな顔をしていたマルグリットだったが、尾骨を貫通したのか抵抗が無くなりドリルの先が根元まで入った辺りで身体がビクンと反応した。
「いっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げるマルグリット。痛みではなく、神経の反射で上げた声。それはマルグリットの意に反して発したものである。しかし、凶星の人体実験はまだ準備が整ったばかり。ここからが本番。
「スゴイネ。モウ傷ノ再生ガ始マッテルヨ。手早クヤラナイト始メカラヤリ直シ。ソレハ流石ニ面倒ネ。早速実験開始ヨ」
凶星はそう言うと、夜蜘蛛糸をマルグリットの尾骨に開けた穴に遠慮なく突っ込んでいく。腰から上に進む度に身体をビクビクと激しく痙攣させるマルグリット。敢えて脳は傷つけず、あくまでその手前まで束ねた糸を神経に潜らせ、引き抜く。それをひたすら楽しそうに繰り返す凶星。
激しい痙攣の後、だらりと手足から力が抜けるのがわかった。その後、表情筋もだらりとし始め舐めかけのフェンタニルキャンディーは再び床に転がった。
糸をマルグリットの脊椎から一気に引き抜き、再生を見守る凶星。手足が再び動き始め、話せる状態になったことを確認すると凶星は再び糸の束をマルグリットの脊椎に潜り込ませていく。
「今、ドンナ感ジ? 痛イ? 痛ク無イ? 薬ガ効イテルカラ? 薬ノ効果ガ抜ケルマデ続ケルヨ。魚ハ喋ラナイカラ是非意見ヲ聞カセテ?」
「あががが!? いまいまいまは痛くないけどけどからだがいうこときかなくて内側がなんだかむずむずする感じががががが」
そこでマルグリットの声は途絶えた。
脳の手前。喉の辺りまで糸を潜らせたため、どうやら発声を司る声帯の神経になんらかの問題が起こったようだ。
「声帯ヨリ上ヲ攻メルト感想ガ聞ケナイネ。マタヒトツ学ンダヨ。ジャア、次ハ胸ノ辺リマデ」
凶星の人体神経締め実験ショーは数時間に及んだ。マルグリットの反応が変わったのはこの辺りからである。
「もういやぁぁぁあああ!! 痛い痛い痛い痛い!! 殺して殺して!! 死にたいよぉぉぉおおお!!!!」
完全に薬が切れ、鎮痛作用が無くなったマルグリットを襲う脊椎を体中から破壊されるという耐え難い苦痛。しかも死ぬに死ねないからこそ、再生して何度も絶え間なく味合わされるという無限地獄。遂には精神さえも苦痛に屈し、失禁しながら死を懇願し始める迄に落ちた。しかし凶星の手が止まる気配は微塵も無い。
「アハハッ、ヤット感想ガ聞ケタ! サァ、次ハ脳ヲイジッテミルヨ」
「凶星ッ! そこまでよ!」
相手の反応に呼応するようにエンジンがかかってきた凶星を止めたのはメイファンだった。
「そいつはもう充分過ぎるほど苦痛を受けたわ。そろそろ楽にしてあげたいからあなたは下がりなさい」
「……姐御ノ仰セノ儘ニ」
「しばらく屋上で待機。夜風にでも当たって毒気と火照りを取ってなさい。ああ、糸の拘束はそのままでね」
メイファンはそう言うと、リモコンを操作し部屋のシャッターを全て解放し、換気システムや空気清浄機をフル稼働させた。
凶星は工具箱を元の場所に戻して部屋の窓から身を乗り出し、やや不満そうに夜蜘蛛糸を使って屋上へ向かっていった。
「スパイダーマンかよ、アイツ」
上の階へと去って行った凶星を見送るデュラン。その間、メイファンはどこかへ電話していた。
「もうじきここにうちの組が雇ってる事後処理専門の業者が来るわ。あなたは帰った方がいいわよ」
「はぁ? なんでだよ」
「女が強姦された末に始末されるのを見る趣味は無いんでしょ?」
「純潔の加護を無効化するには胸糞悪いが確かにそれしかねぇな。但し、一つだけ約束しろ。その様子の配信だけはしてやるな。いくら救い難いヤツであっても、せめて人としての最後の尊厳だけは奪うんじゃねぇ」
「そう言うと思って配信はとっくに切ってるわよ。後はうちで処理しておくわ」
「そうかい。なら長居は無用だな」
フロアーから立ち去る際にギャング風の男たち数名がエレベーターから降りてきた。彼らはメイファンと数回会話をし、意気揚々と支部長室に入っていく。これからあの女はアイツらに純潔を奪われた後に殺される。胸糞悪いが不死身の加護を破るにはそれ以外の術がないのは確かだ。しかし、それでもやはり気分は良くない。シャッターが上がって防音効果が弱まった扉の向こうからマルグリットが激しく抵抗している声が漏れている。それに付随して男たちの恫喝。彼女が大量殺人犯でなければ即座にゲス野郎どもをボロ雑巾に変えているところだ。
エレベーターはこの階で止まっていたが、ヤツらが乗ってきた箱に乗る気にはなれなかった。すぐにエレベーターは一階に降りて行ったのでデュランは来た時と同じように階段で降りていく。
「チッ、とんでもねぇ一日だったぜ」
三階分ほど階段を降りた辺りでデュランは煙草を取り出し口に咥える。オイルライターに火を灯そうとしたその瞬間、先程までいた最上階からビル全体が揺れるほど凄まじい爆発音が響いたのだった。




