アイラのキック練習
身支度を済ませたデュランとウィリアムはいつもと同じ時間に仕事へ向かって行った。
その間、アイラは氷室の言いつけ通り庭で鈴の付いた脇差を振っている。それを植栽剪定をしながら近くで見守るトルメンタ。マフィアだった頃とは比べ物にならない心の平穏を感じていた。
鈴の音に釣られてそろそろアイラの腹の虫も鳴る頃だろう。今日のランチは何にしようかと考えていたトルメンタのスラックスの裾をくいくいっとアイラが引っ張る。
「あぁ、お腹が空きましたか。すぐにランチに致しますね」
「そうじゃなくて、トルちゃんのかっこいいキックを教えて欲しいの」
意外な申し出に呆気に取られているトルメンタ。しばしの沈黙。そんなトルメンタの顔を心配そうに覗き込むアイラは続けた。
「……だめ?」
「い、いいえ。ダメではありませんが、あまり女性にはおすすめできないもので。レディの御御足がアザだらけになるのはデュラン様やウィリアム様も悲しまれると思いますよ?」
慌てて理由を説明するトルメンタだったが、押し黙ってしまったアイラの表情がややがっかりしているように見えて心苦しい。最初こそ表情から感情が読み取りづらかったがしばらく世話をしている内に段々とアイラの心情を読めるようになってきていた。だからこそ、トルメンタは無碍に断ることが出来なかった。
「わかりました。では、ランチの後に基本の下段、中段、上段のキックの仕方をお教え致します。私はキッチンに行って参りますので、その間にお嬢様はお召し替えをお願いします。スカートよりスパッツやジャージのような動きやすいズボンを履いて来てください。あと、お食事前に手を洗うのもお忘れなく」
こくりと頷いたアイラは屋敷に戻って行った。
トルメンタはキッチンへ向かうと自家製パンとトマトベースの肉団子スープ、スパニッシュオムレツと新鮮な鯛の身を使ったマリネサラダを用意。料理が全てテーブルに並んだ頃にアイラもやってきた。言われた通り、動きやすそうなTシャツとジャージのズボンを履いて。
「完璧な身支度ですね。それでは、まずは腹ごしらえと致しましょう」
テーブルに向かい合い、二人だけの昼食の時間。普段はデュランとウィリアムは仕事に行っているため、アイラが氷室の元に通うようになってからはこうして二人で昼食を摂ることが増えた。トルメンタにとってこの時間がささやかな幸せだった。
デザートのフルーツヨーグルトもしっかり食べ終えたアイラと共にトルメンタは屋敷の外へと出た。
「さて、キックの練習なのですがまずはストレッチを致しましょうか。足技は身体の。主に股関節の柔軟さがそのままキックの可動域になります。お嬢様は身体の柔らかさには自信はありますか?」
そう問われたアイラは足を前後に開きぺたんと地面に座ってしまった。見事なまでの前後開脚である。
「あと出来るのはこれくらい」
そう言うと、立ち上がったアイラは右足を軸として左足を真横に伸ばし上げて静止して見せた。これまた見事なY字バランスである。
「御見逸れしました。柔軟性に関しては私など足元に及ばないほど卓越されております。それでは、まずは下段蹴り。ローキックとカーフキックをお教えしましょう。また、相手が放ってきた下段の受け方、捌き方も並行してお教えします」
こうして懇切丁寧にトルメンタはアイラにキックの放ち方を伝授していった。
「以上が蹴り技の基本となります。慣れるまで脛を含む足全体がアザだらけになり痛むのであまり使う機会がない事を祈りますが、万が一に備えて覚えておくだけでも損は無いでしょう。剣道のお稽古の気分転換にでもやってみてください。もちろん、わからないことがあればいつでもお教えしますよ。さて、そろそろデュラン様たちの元へと向かいますか。お嬢様もシャワーで汗を流してお召し替えを」
アイラはトルメンタにぺこりと頭を下げて稽古の礼をすると屋敷に戻って行った。




