トニーの置き土産
取り調べ室では粛々と氷室に対しての内容確認が行われていた。
現場となった廃工場に向かった捜査官からの連絡では、氷室の供述通り弾倉が空になった氷室の銃とトニーが愛用していた銃がそれぞれ一丁ずつ転がっているという。また紫色の液体が付着した西洋剣が落ちており、その液体と大量に積もっていた謎の灰を鑑識に調べさせた結果、トニーのDNAが検出されたことから少なくともトニーの死はほぼ確定。氷室の自供は正しいと証明された。
「なんてことをしてくれたんだお前は。署長に何と説明すればいいか……」
取り調べは副署長自ら行なった。身内の不祥事という有事に最高責任者代理がわざわざ出張ってくれている。それだけ前代未聞の問題行為をやらかしたということに他ならない。
流石の氷室も反省しているかと思えば、取り出した煙草を咥えて「灰皿もらえますか?」と副署長に告げる。
「自分の立場を弁えろバカタレ!」
ナメた態度を取った部下に対して副署長の怒りの鉄拳が氷室の左頬を鋭く抉った。先の戦いの負傷や疲労もあり、殴られた氷室は椅子ごと倒れると震える足でゆっくり立ち上がる。
「俺はサマセット署長より甘くないぞ。お前みたいな警察の風上にも置けん無法者は即刻クビだ! そしてブタ箱にぶち込んでやる! そこでトニーの家族に一生詫び続けるんだな!」
「待ってください! 副署長」
突如取り調べ室に入ってきたのは捜査一課の人間で、トニーと氷室の先輩にあたる人物。満身創痍の元後輩を一瞥し、すぐに副署長にある情報を耳打ちする。
「なに!? それは本当か!?」
「とりあえずこれを見てください。エイジ、お前も見ておけ。トニーからの最期のメッセージだ」
元先輩刑事はそう言うと、手に持っていたノートパソコンに一本のUSBを接続し中に収められていた一つの動画ファイルを再生した。
中身はスマートフォンで撮影したと思しきトニーの独白。その内容は自身がサンタ・ムエルテをキッカケにディエゴと繋がっていたこと。薬物に手を染めた経緯。更には氷室を消した後エデンを手中に治めるというディエゴの計画。そして薬の副作用により今夜が人間を保っていられる最期の日になるということ。他にも残された家族への遺産の件や司法手続きの件にも触れていたが、終始トニーは一貫して決して氷室は悪くない。悪いのは全て心が弱い自分であり、寧ろ氷室は刑事として市民の安全と悪を裁くという責務を立派に全うしたと告げていた。
「こ、これは……一体どこで手に入れた!?」
「交通課のダリアが昨日退勤する際にトニーから預かっていたそうです。〝もしエイジに何かあった際にはコレを上に見せて欲しい〟と言伝を頼まれていたとか」
『悪いな、少し遅れちまった』
昨夜、そう言ってドーナッツの箱を取り出したトニーだったが本当はコレを撮影していたのだと悟った氷室の脳裏にあの日の他愛無いやり取りが蘇る。
「取り調べはもう終わりました?」
開きっぱなしだった扉をノックしながら立っていたのはそのダリアだった。
「この人の無罪が判明した以上、もうここに入れておく必要はないでしょう。ならちょっと借りていきますよ」
「ちょっ、ちょっと待ちたまえ! ダリア君!」
副署長の静止を無視し、動画を見てから俯いたままの氷室の手を掴んで取り調べ室から引っ張り出して連れ出すダリアはそのままエレベーターで一階にある窓口を目指す。その間、籠の中は二人きり。相変わらず氷室は一言も喋らない。
「いつまで悄気てるんですか、らしくない。そんなに私に助けられたことが癪ですか?」
「別にそんなんじゃないさ。ただ……」
「ただ、なんです?」
「案外柔らかい手をしてるんだなと思ってな」
「うわっ、キモっ。ジョークにもならない普通にセクハラですよ。用が終わったらまた取り調べ室に戻ってください。私が別件で被害届を出します」
「そもそも、用ってなんだよ。まさか電球を取っ替えるのを手伝えってんじゃないだろうな?」
「あなた宛に電話が掛かってきてるんですよ」
ならわざわざ一階に行かずに内線で近場に繋げばいいだろうと一瞬頭を過ぎったが、それを口にするのは野暮だと察した氷室は質問を変えた。
「誰からだ?」
「悪い男に引っかかりそうなあなたの元バディですよ。何度もあなたに掛けてるのに出ないからついにコッチに掛けてきたみたいですよ」
そのキーワードで電話の相手が誰か分かった氷室。無視していたことには全く悪びれる気は無いが、流石にマルグリットの件を話さなきゃならない為、非常に気が重い。
心身共に蓄積した疲労で重くなった足を無理矢理動かし、氷室は保留中になっていた受付の電話を取ったのだった。




