第一話 破壊の将と無敵の少年
こんな奴に……こんな華奢な人間一人に我が軍が押されているのか!?
類を見ない、非現実的な光景を目の当たりにし焦燥するオークの前に佇むは一人の少年。
「お前は俺には勝てない。見逃してやるからとっとと失せろ」
自信に満ちた顔で少年は話す。
「シュージ様かっこいいー!」
「流石です!」
「油断は禁物ですよ」
少年の背後からは黄色い声援。数百を超える魔族の軍隊を相手にしているのは一人の少年と三人の少女達。
有り得ん……有り得ん!
少年の頭部めがけて巨大な棍棒を振り下ろすオーク。体長は軽く三メートルを超え、鍛え抜かれたその体躯から繰り出される攻撃は、細く、小さな少年の体など虫のように潰すであろう。
――が、無傷。
「ば、馬鹿な……」
当然だ。俺のスキル『無敵』はどんな攻撃も通じない。その名の通り、このスキルは俺の全てのステータスをカウントストップ(限界値)させているALL999。更に属性耐性や状態異常無効化のオマケ付きだ。
トンっ、とオークを軽く押してみる。すると巨体が宙を舞い転がり落ちた。
俺は強い。
この世界に召喚されて二週間経つ。高校では目立たない冴えない一男子学生でしかなかった俺だが、ここに来て神からチートレベルのスキルを貰い無双している。
この世界に俺を呼んだ神は魔王を倒せば願いを一つ叶えると言った。スキルを得たまま元の世界に戻るか、それともこの世界に留まるか。どちらにせよ悠長に構えている時間はない。
なぜなら俺の他に同じようなチートスキルを持ったライバルが九人もいるのだ。先を越されてしまっては無条件で元の世界に帰されてしまう可能性が高い。
「油断は禁物だぞ」
去り際の神の言葉が脳裏に浮かぶ。
……大丈夫だ。このスキルなら魔王に届く。むしろ鍛える要素がどこにも無い。防具は貧弱だが『無敵』なら関係無いだろう。
「さあ、道を開けろ。これ以上は時間の無駄だぞ」
「シュージ様、最高です!」
「圧倒的ですね!」
「早くトドメを……!」
背後からエールを送ってるのは、この世界の女の子達。明るい魔法使いのキャシーと、気の強い武闘家のジェナ、ちょっと言葉に毒気のあるヒーラーのモニカだ。まさに理想のハーレムパーティ。戦ってるのは俺だけだけど……。
「さて、トドメか。気が引けるけど、仕方ないよな……ん?」
カチャリ……カチャリと聞きなれない足音のような音。いや、足音だった。ゆっくりとオークの隣まで歩いて来たその者は全身を黒い鎧で包み、背丈は俺より少し高い程度であったが、異様な威圧感を発していた。
「レ、レア様……お恥ずかしいところを……」
「よい。あれが例のチーターとかいう者か?」
「そのようで……」
この声……女か?
「こんな貧弱そうな男がか……にわかに信じられんな」
「下がっていろ。こいつは私が相手をする」
会話からして敵のリーダーであろうことが読める。こいつを倒せば魔族の軍を大きく退けられるだろう。
「レア? レアって確か……」
キャシーが何かを思い出したように話す。そして、珍しくモニカが声を荒げる。
「塵将レア!? こんな大物が何でこんな所に!?」
「シュージ様、逃げて!」
どうやらかなりの大物らしい。
「ヴァルメゼラ五将軍の一人です!」
「魔王ヴァルメゼラの次に強い権限を持つ、敵の大幹部ですよ!」
これは運がいい。魔王に挑む前に、俺のスキルがどれだけ通じるか試すことができる。まるでラスボス前の大ボス戦だ。
「四将だ。貴様らの仲間によって一人消されたよ」
「そうかい。だったら今日で三将だな」
これは悪い知らせだ。どうやら既に先を越されているらしい。
「餓鬼が! レア様を甘くみるんじゃねえ!」
「ブッ殺されろや!」
いつの間にか更に魔族どもが集まってきている。レア様とやらの取り巻きだろうか。ざっと見る限り十数人は増えている。数の暴力で来ると思ったが、加勢する気はないらしい。
「一騎打ちか。女相手は気が引けるが……」
「気を付けて下さい! 奴はその名の通り、全てを塵と化す爆発魔法を使います!」
爆破か……。当然耐性は付いている。問題無いね。
「爆ぜろ」
「え?」
奴が手を振り上げた瞬間だった。俺の足元から大爆発が起き、轟音が大地を揺らし爆風が辺り一面を吹き飛ばす。
開始の合図は無しなのね。しかも詠唱も無しにこれだけの魔法を打ち込んでくることから、かなりの使い手だと伺える。しかし残念ながら俺は無傷。これほどの風圧ですら微動だにしないのだ。
俺は無敵……と思っていたが、爆破の影響で発生した砂煙が消えて俺は最大の誤算に気づく。
服が全て吹き飛び、俺は全裸になっていた。
「きゃあああああっ!」
キャシーが悲鳴を上げる。隙を突かれ魔族に襲われたと思ったが、手で顔を覆い隠してる姿を見て原因が俺だと再確認する。しかも覆っているようで指の隙間からバッチリ見ているのが抜け目ない……。
「えええ……」
ジェナはこの状況に困惑している。そりゃそうだ。服は吹き飛んだのに生身は無傷なのだから。
……こんなこと全く想定していなかった。防具をケチってしまったことがこうして裏目に出てしまうとは。よくよく考えれば当然の状況である。防具が壊れないのはゲームの世界の話だ。爆破耐性のある魔防具でなければ防げないだろう。
砂煙が完全に消え、レア将軍と目が合う。相手は女だし、冷静で堂々とした態度をとっているためどんな可愛い反応を示すのか少しばかり期待してしまったが、そんな期待は粉々に打ち砕かれる。
「貧相な体だな。それに……粗末……としか言いようがない。恥ずかしくないのか?」
最っ高に恥ずかしい……。今すぐ消えたい、死んでしまいたい。咄嗟に手で粗末なものを覆いたかったが、これまでカッコつけてきた手前覆うに覆えない。
「シュージ様、大丈夫です! 可愛くて素敵だと思いますよ!」
やめてくれモニカ。フォローになってない……。俺は顔面を紅潮させたまま仁王立ちを貫く。ここで気にしたら負けだ。
「お前の魔法は凄い。けど、俺には効かないぜ」
精一杯の強がりをぶつける。話題を逸らさねば。
「確かに、これで無傷だとは少々堪えるよ」
話題を逸らせたことに俺は安堵し、目を閉じた瞬間――それはやって来た。
「んごっ!?」
下腹部に激痛が走る。
油断した……。この女仕掛けるのが急すぎる。間ってものを考えろよ。
「おっ……ふ……う……」
必死に痛みを堪える。急所を狙われたのだ。金的だ。
「シュージ様!?」
キャシー達の表情が曇る。
「うっ……」
将軍の配下達は顔をしかめながら股間を抑えている。俺も抑えたい……。カンスト状態でここまでの痛み――強者相手の急所攻撃がいかに脅威か身をもって知ったのだ。
「これは有効か。ならば、次は目を潰そう」
ヤバい……。
思考が一気に恐怖で埋め尽くされた。俺は無敵じゃない。女だとかどうとか言っている場合じゃないっ。
レア将軍の指が俺の両目めがけて突き出される。早い……が、回避999の俺が見切れないスピードじゃない。そのまま体を逸らせばいいものを俺は恐怖に負け、手でそれを振り払った。
その瞬間、鈍い音が響きレア将軍の腕はあらぬ方向へと曲がっていた。
「ご、ごめん……!」
咄嗟に謝ってしまった。確実に折れているだろう。俺は力の強さを再認識する。
「レ、レア様!」
配下達の顔がが青ざめる。これで引いてくれると嬉しいが。
「……」
レア将軍は無言で腕をあるべき方向へ曲げなおす。その状況に俺は畏怖を覚える。痛みを感じないのか?
いや、慣れているんだ。いかに再生能力の高い魔族といえど痛みを感じないはずがない。鎧の上からでもわかる。彼女は顔色一つ変えずに激痛に耐えているのだ。
これが歴戦の猛者というものか。
スキルに頼っている自分が少し、恥ずかしく思えた。
「私も……見くびられたものだな」
彼女はそう言い、鎧を脱ぎだす。
ヘルムを取り、素顔が露わになる。形は人間と変わらないが、その顔には赤紫色の痣が顔半分以上を覆い、毒々しく禍々しい雰囲気を醸し出していた。
俺の恐怖が最高潮に達する。脱いだ鎧が地面につく音で察した。あれは鎧ではなく重り。スピードやパワーが段違いに上がるはずだ。その状態でまた金的を食らえば今度こそ本当に潰れてしまう。
俺は漫画で見たようなファイティングポーズをとる。特に意味は無い。気休めだ。
すると配下達が更にレア将軍との距離をとる。……何故?
その光景に一瞬気を取られたが、直ぐに目の前の敵に目線を合わす。殺らなきゃ殺られる。
――ぺちゃっ。
額に何かが付着した。レア将軍が指から何かを飛ばしたようだ。咄嗟に額に触れ、それが何なのか確認する。
これは……血? 血を飛ばしたのか?
血で目つぶしでもしようとしたのか。しかし理由を考える間も無く急激に眩暈が襲ってきた。
「うっ……」
血が触れた箇所が焼けるように熱い。ふと手を見ると水膨れのようにブクブクと腫れあがっていた。
何だこれ、何だこれ、ナンダコレ……!
何が起こったのか分からず、俺の意識は急に途絶えた。