第七話:フラッシュバック
小学生の頃、筆箱を忘れて夜に学校へ取りに行ったのを覚えている。
夜の学校は昼とは大違いだ。生徒の笑顔や笑い声で溢れていた校舎はしんと静まり返り、不気味であった。丁度今、俺が見ている光景と同じように。
天海を探しに学校を捜索していたが、俺たちがいた一階に天海の姿はなかった。あまり気は進まないが俺は一つ上の二階へ行くべく、階段を登っていると、上の方から足音が聞こえてきた。二年生だろうか、まだ会ったことのない上級生と鉢合わせるのは躊躇い、俺は元きた道を引き返そうとする。
「おい誰だ、そこにいるのは」
どうやら向こうも俺の足音に気付いていたようだ。足音はどんどん大きくなり、声の主は俺の前に現れた。
「―――お前、一年か、こんな時間に何をしている?」
踊り場に立つ男は、俺の目を真っ直ぐ見ながらそう続けた。
「あの・・・布団の場所が解らなくて」
「なんだ。そんなことか、布団なら三階の職員室に行けば貰える。だが、行く必要はないと思うぞ」
「どういうことですか?」
「つい先程、君と同じ一年の女子が布団を貰いに行っているのを見た。君たちの分も貰ってきてくれるのではないだろうか」
「それはないと思いますよ。僕ら、先刻喧嘩したばかりなんですよ」
最も、仮に天海が俺たちの分の布団を貰っていたとしても、五人分を一人で持つのは難しいだろう。
「入塾初日に喧嘩か、先が思いやられるな」
「まったくです」
「忠告するが、今の状況がいつまでも続けば死ぬぞ。この塾はそういう場所だ。一瞬でも気を抜けば呪いに呑まれるぞ」
この塾に来てから何度か聞いた『呪い』という単語。俺たちは呪いという重みをまだ感じられていない気がする。しかし、この男の言葉には確かな重みがあった。
「自己紹介が遅れたな、俺は北代一誠。お前の名は」
「如月悠真です」
「如月? 聞いたことがない、呪滅士の家系ではないな」
「ええ、そうです」
「そうか、呪滅士は家柄に拘る者も多い、気を付けることだな」
北代先輩がそう言った時、上の階からバタバタと足音が聞こえてきた。
「ああ、北っち。先刻からいないなと思ったらこんなところにいた」
その女子は階段の手すりから身を乗り出していた。
「川越か、そんな大きな声で喋らなくても聞こえる」
「えー、折角、食堂が後少しで閉まること知らせようと思ったのに」
「飯なら先刻食べただろ、もう忘れたのか」
その言葉で俺はまだ晩御飯を食べていないことを思い出した。
「食堂ってどこですか?」
「えっ、君だれ?」
「今はそんなこと良いから、食堂の場所どこですか?」
「一階の端の方にあるけど、行くならダッシュで行かないと間に合わ・・・ってもういないし!」
俺は考える間もなく走った。その時にはもう、布団のことなど忘れていた。
◇◆◇◆◇
「ねえ、先刻の子って一年生だよね? 何話してたの?」
「ただの雑談だ。気にするな」
如月悠真。左目だけは確かに呪力は感じられたが、あの男の体全体からは全く呪力が感じられなかった。
「川越」
「何?」
「呪力が体の部位に部分的に宿るなんてことがあると思うか?」
訳が解らないという表情で北代を見る川越侑香里、無理もないことだ。呪力は呪滅士にとって呪力は生命線。身体中に張り巡らせて敵の呪いから身を守る。それがセオリーだ。
だが、如月の呪力は左目にしか宿っていない。これでは戦場に鎧を着ないでいるのと同じことだ。
「部分的って、手とか足限定で呪力が宿っているってこと? あり得ないでしょ。そんな奴がいれば、中途半端な呪力で真っ先に『呪脳』の餌になるだけよ」
「普通はそうだ。だがそんなイレギュラーな奴等が今年の一年が二人いる。それに担任があの八門凪というではないか、これは呪滅軍幹部が絡んでいるとしか思えない」
「その言い様だと一年も探った方が良い感じ? 三年とのいざこざも沈静化してきたし」
嫌な記憶が脳にフラッシュバックする。今のような状態に持っていくまでどれだけ苦労したことか、思い出したくもない出来事。あれの二の舞になることは避けなければならない。
その為には、一年の力量を早い内に見定める必要がある。
「そうだな、至急頼めるか」
「オッケー、任せなさいな。調べるのは如月君ともう一人の子だけで良い?」
「いや、その二人は俺がやる。川越は残りの三人を頼む」
「えっ、今年の一年生って全員で六人じゃなかったっけ」
「何を言っている。今年の一年は五人だ。一人多いぞ」
越野入塾生は五人。それは今日の段階で調べ済みだ。川越はたまに記憶が曖昧になることがあるから、きっといつものように忘れているのだろう。
◇◆◇◆◇
食堂まで全速力で走り、遂に辿り着いた食堂のドアを開いた俺の視界に移った光景に、思わず絶句した。
「何で・・・何でお前等が先に飯食ってんだよ!」
そこには平然と座って晩御飯を食べている同級生の姿があった。俺が必死に天海を探している間に、よくもまあそんなにも美味しそうに食べれるものだ。
「如月君、早く食べないと食堂閉まるよ」
「お前等は遠慮という言葉を知らないのか」
「如月君こそ何してたのさ、あの後すぐ八門先生が来て布団持って来てくれたぞ」
その一言が俺の努力を粉々に砕け散らせた。気にするな、こいつ等は人の心を持ち合わせていないということが確定しただけのことだ。俺は自分でそう割り切ることにして、食堂のおばちゃんに生姜焼き定食を注文した。
残り五分という短い時間で俺は生姜焼き定食をたいらげた後、悲鳴をあげる腹を押さえながら、俺たちは教室へ戻った。
教室には既に布団が敷かれていた。俺は今度から人の話はちゃんと聞こうと心に決めた。塾から用意されたパジャマ代わりのTシャツに着替えると早速、布団の中に入ってみる。お世辞にもふかふかとは言えないが、むしろこういう方が馴染み深い。
「あー、疲れたな。これが明日も続くのか」
「あの家にいるよりはましだろうが」
一ヶ谷や赤座ももう寝るつもりらしく、着替えを済ませて布団に入っている。
「如月君と青崎君は一般から呪滅塾に入ったんだよね。良いなあ」
「呼び捨てで良いよ。俺たちもこんな塾に入るなんて思ってもいなかった」
「それって君たちにかかってる呪いと関係ある?」
その問いに青崎は軽く頷く。
「呪力は単に拳に込めるだけじゃまだ弱い。きちんとした形にしてやる必要がある。それを術式って言うんだ」
「赤座の鎌みたいなもんか?」
「京介の術式はちょっと違うけど、まあそんな感じかな。大体の呪滅士は術式を使う。けど多分、君たちのその目は術式じゃない。どちらかというと呪いの方に近いんだ」
俺と青崎は何故か片目に捉えた呪力を消すことが出来る。だが俺たちは呪いを受けたのであって決して術式を使っている訳ではない。
「だからあまりその目に頼り過ぎない方が良いよ。呪いは術式とは違ってハイリスクハイリターンだ。呪力を消すという力を何の制限もなく出せると考えないようにしろよ」
「解った。覚えておくよ」
「君たちって本当に何も知らないんだね。入塾テストのことも知らないし、もしかしてスカウト?」
急に電灯が消えた。そういえば、消灯時間は十時だったか。
「俺たちにスカウトされる程の実力があると思うか?」
「少なくとも僕はそう思ってる。僕、昔からそういうの解るんだ。そんな君たちだから言うけど、君たちのその呪い、なるべく隠した方が良いよ。基本的に呪滅士は呪いを憎み嫌ってるから」
北代先輩も同じようなことを言っていた。一般から呪滅塾に入るのはそんなに難しいことなのだろうか。最も、俺と青崎は入塾の試験など受けてはいない。
「如月と青崎の家はどんな感じなの? 兄弟とかいる?」
その質問に俺と青崎は言葉を詰まらせる。昔なら即答出来た筈なのに、胸の奥に仕舞い込んでいた記憶が蘇る。家族との美しい日々、それが一瞬で壊れたあの日のことを。
「・・・いないんだ」
「え?」
「俺たちの家族は、もういないんだ」
こんにちは、柊です。今月は余裕があったのでもう一話投稿させて頂きます。七話では二年生である北代と川越が初登場しました。この二人の他にも何人か登場させるつもりですのでお楽しみに、そして次回では新たな展開に・・・ここまで読んで頂き有り難う御座いました。