第五話:同級生達
「なあ、悠真」
「なんだ。青崎」
「この制服、真っ暗だな」
「そうだな」
「同じクラスの奴ってどんな奴だろう」
「さあな」
「俺コミュ障だからよ。こういうの苦手なんだよな」
「お前、口悪い癖に案外センチメンタルだよな」
更衣室で制服に着替えた俺と青崎は、有馬と共に教室に向かっていた。塾は思っていたより遥かに広く、なんと五階建てだ。俺達の教室は一番下、今年の一年生は人数が少ないらしく、皆一つの教室らしい。
「てめえらペチャクチャと喋り過ぎだ。声のボリューム考えろコミ障供が、安心しろ、今日はお前等も含めて全員初対面だ」
話している間にどうやら到着したらしく、階段を下りて直ぐの教室の扉を叩く。
「おい、八門。最後の二人連れて来てやったぞオ」
直ぐに扉が開き、中から眼鏡をかけた男が出てきた。身長は有馬よりも高く、喪服のように真っ黒なスーツに身を包んでいる。黒いのは俺達も同じなので人の事は言えないのだが。
「―――君達が例の・・・私は八門凪一年の担任を務める教師です。まあまずは入って来てさい。ああそれと―――」
八門先生は扉を開く手を止め、こちらを振り返ってこう言った。
「君達が呪眼の保持者というのはくれぐれも内密に、眼帯で隠していても勘の良い子には気付かれます。私は世阿弥側の人間ですが、あまり力を行使し続けると庇い切れなく可能性がありますから」
ここに来る前に有馬に貰った呪力を誤魔化す為の眼帯。これを着けているといないとでは大違いらしい。それにしても、この人は有馬と違い、どこか対応が冷たい。まあ、こんな得たいの知れない奴等に馴れ馴れしくするのは余程の物好きだけだろう。
「さあ中に、皆もう揃っています」
◇◆◇◆◇
一体いつまで待たせるつもりだろうか。この教室で待たされて三時間という長い時間に天海雅は既に嫌気が差していた。今年の一年生は全部で三人と聞かされているが、既に全員揃っているのに先生は一向に授業を始める素振りをみせず、誰かに呼ばれたのか教室から出ていったきり戻って来ない。
「・・・いつまで待つんだこれ」
この教室は冷房があまり効いていないらしく、それにこの黒い制服も相まって先程から汗が滝のように出ている。
「ねえねえ、そこの人」
右の方かた肩を叩かれたので振り返ると、そこには見覚えのある男の顔があった。確か名前は――――解らん。
「天海雅さんだよね? 僕、一ヶ谷和也。君の隣のにいる寝てる奴が赤座京介。よろしく」
名前を聞いても何処で聞いたのか全く思い出せない。初対面でも解るほど穏和な喋り方、呪力はそこそこあるがせいぜい天海と同じ位だろう。
「おい、京介。そろそろ起きろ、お前も天海さんに挨拶しろよ」
「・・・うるせえ、しばくぞ!」
天海の左隣で机に突っ伏している赤座京介という彼は、先程からずっとこの様だ。
―――――本当に大丈夫なんだろうか、この塾は。
暑さで頭までおかしくなってきた。もう帰っても良いのではないかと思っていたその時、ガラガラと扉が音を立てて開き、待ち望んでいた先生が来た。
ゾワッ
その呪力に天海は違和感と寒気を抱かざる負えなかった。幸い、一ヶ谷と赤座も考えることは同じだったらしく、天海達の体は殆ど反射的に動いていた。
◇◆◇◆◇
俺達は甘く見ていたのかも知れない。この呪滅塾という塾を、そうでなければこのような状況にはなっていなかっただろう。
俺と青崎が教室に入った瞬間、俺達は誰かも知らない奴に掴まれ、黒板に背中を押し付けられる形になっていた。あまりにとったなことだったので反応が出来なかった。
「―――――なに君達? その呪力」
「少なくても人間の呪力じゃないのは確かね」
身長も体格も俺達とさほど変わらない。だが、この力の差はなんだ。いくら引き剥がそうとしても少しも動かない。それに、俺を押さえているのは女だ。
俺と青崎は眼帯を取る。俺達の身の危険に反応し、呪眼は自動的に発動する。これは先程の世阿弥と確認した。有馬と似鳥の反応が明らかに怪しかったので、俺達を試しているにが直ぐに解った。その事ではっきりとしたことが二つある。一つは、俺と青崎の呪眼は俺達の意思と関係なく呪力に反応してその力を発揮すること。そしてもう一つは、俺達をよく思わない者がいること。
本来なら、俺達は処刑される余裕だったらしい。しかし、それを世阿弥が無理矢理押し切って俺と青崎はここへ入塾出来た。だからこれ以上、世阿弥に迷惑をかける訳にはいかない。
呪眼が発動する時は、眼球の中の血が熱くなる感覚がある。そしてそこから目を閉じる迄、呪眼は視界に入った物の呪力を滅する。
良し、有馬とやった時と同じだ。この二人は呪力で体を強化している。それを解いたら後は力ずくで引き剥がす。
俺は相手の手首を掴み、そのまま一気に押す。そうすると見事に相手は前方飛んでいった。青崎も同様に呪眼が発動しており、相手の男を引き剥がしていた。
「おいおい、挨拶にしては随分と乱暴だな」
青崎の言葉にも耳を貸さずに押さえ込んでいた男女は不思議そうに俺と青崎を交互に見つめていた。
「先生、この二人なんなんです。本当に人間ですか?」
「天海君。気持ちは解りますが落ち着きなさい。この二人に呪力や術式を使った攻撃は効きません。解ったら全員、席に着きなさい」
こうして俺達の入塾して初めての授業が始まる。
席は丁度、人数分で五つ。真横に並べられている。俺と青崎は窓際の方の席に座る。
「では、最初の授業を始めます。まずは自己紹介から、私は君達一年生の担任を務める八門八門です。人数が少なくてクラス替えがないのでこれから三年間、宜しくお願いします」
ロボットのように淡々と話した八門先生は、一番廊下側の生徒にも自己紹介を促す。彼は元気よく立ち上がった。
「初めまして。僕、一ヶ谷和也。特技は初対面の人でもすぐに仲良くなれることです。これから宜しくね」
一ヶ谷という彼は他の二人と比べると比較的、話しやすそうな雰囲気だ。だが先程向けた俺達への敵意は微塵も消えておらず、その穏和な表情の裏で何を考えているか解ったものではない。
次に、一ヶ谷の隣に座る少女が立ち上がる。肩まで伸びた髪を後ろで束ねて、凛とした表情と眼差しをしていた。綾野川が可愛い系なら彼女は綺麗系だろう。
「・・・天海雅です」
そう一言だけ発すると、天海という少女は「これ以上言うことはない」という顔で平然と席に座る。あまり俺達と仲良くする気はないようだ。
順番から言えば次は俺の隣で寝ている彼なのだが、彼は一向に目を覚ます気配がない。
「・・・如月君。眼帯を取って後ろを見てみなさい」
「・・・へ?」
何の事だか解らないが、とりあえず言われた通り、再び眼帯を取って後ろの方を振り返る。そこには何もなかった。ただ壁があるだけだ。それなのに、呪眼は発動する。その呪眼に写ったのは、宙に浮いて回転する大鎌が俺の首に触れる寸前の映像だった。もし、呪眼で見ていなければこの鎌の刃は確実に俺の首を確実に切り裂いていた。
呪眼の視界に入ったことにより、大鎌はボロボロと崩れ落ちていく。他の者達も気付いていなかったのか、驚いたように鎌が消える迄を眺めていた。
「あーあ、ばれちまったか。流石、八門の術式だな」
その日、初めて彼は口を開いた。この場の誰よりも狂気の籠った声が教室に響いた。顔を上げて立ち上がった彼は俺の青崎を交互に見た後、八門先生にこう言い放った。
「おい、そこの眼帯野郎二人。眼帯で隠蔽していた呪力が無くなってはっきりしたぜ。お前等自身からは呪力が全く感じない、一体全体どういうことだ? 何でこんな雑魚どもがここにいる!」
右手を掲げる。すると彼の周りには大鎌が生成される。俺は直ぐに大鎌を見て無効化しようとした。
「呪力を消せるか知らねえが、要は死角から攻撃すりゃ良いだけだ」
後ろから鳴るひゅんひゅんと風を切る音に俺は椅子ごと床に倒れた。すると、後方に置かれていた大鎌は俺の制服を僅かに掠らせて通り過ぎていった。
「何だよお前、急に危ないじゃないか」
「はは、お前面白れえな、そうやって死ぬ迄ほざいてろ」
彼がもう一度手を俺の方に向けたその時、何処からか鎖が現れた。鎖は彼の体を瞬時に拘束し、終いには鎖でぐるぐる巻きになって床に倒れた。
「暴れるのはそこまでです。赤座京介君。何度も言ったでしょう? この塾では許可なく生徒同士で戦うのは禁止されています。初日から退学処分になりたいですか?」
赤座というらしい彼は八門先生の説教など無視して、じゃらじゃらと鎖の音を立ててもがいている。その内、鬱陶しくなったのか、赤座の鎖を解いた。
「今のって八門家の呪縛術式ですか?」
「いえいえ、これは私のオリジナルです。本家はもっと複雑で使うのが面相臭いので、一ヶ谷君よく知っていますね」
「俺だってつい最近知りました。先生のことを調べてたらね、『呪滅士殺し』の八門八門先生?」
その言葉でそれまで変わらかった八門先生の表情が少し崩れた気がした。
◇◆◇◆◇
如月と青崎を八門に送り届けた有馬はその帰りに予想外の人物と鉢合わせることになった。
「まあ、有馬さん。こんにちは、前の合同任務以来ですね」
その人物は呪滅軍幹部。神楽坂歌子であった。合同任務の際も一言も話さなかった為、てっきり他の事になど関心を持たないつまらない女と思っていたが、今日の彼女は雰囲気がまるで違っていた。なんというか、少しふわふわとしている。
「そんな警戒しないでくださいよ。安心してください、今日は有馬さんにちょっかいかけに来た訳ではありませんから」
「じゃあ何しに来たんだよ。てめえの担当地区、ここからかなり遠いだろうガア。さっさと帰れ」
「出来ればそうしたいのですが、この情報だけは私から有馬さんに伝えた方が良いと思って」
「情報? 何の情報だ?」
神楽坂は隊服のポケットから紙切れを取り出すと、有馬に差し出してきた。開いてみるとそれは、今年の入塾生六人の個人情報だった。その内容を見て、有馬は驚愕した。
「―――おい、これってマジなのか?」
「はい、私と鳴女さんの隊で裏を取ったので間違いありません。中辻さんも一筋縄じゃないですね」
呪眼の確認で中辻達も強硬手段を取らざる負えなくなったのか、あるいは如月や青崎と一緒に抱えている問題を潰そうと考えているのか、どちらにしろこれはかなり不味い。
「今、掴めているのはこれだけです。有馬さんと似鳥さんも注意してください。呪滅塾に干渉出来るのはお二人だけです」
「・・・解った。似鳥にも伝えておく」
「ではまた」
その瞬間、神楽坂の気配も姿も完全に消え去った。有馬は背を向けたまま後ろに目をやる。誰の気配も感じない。しかし僅かに呪力を感じる。
「・・・くそ、めんどくせえな」
有馬はそう呟かずにはいかなかった。
こんにちは、柊です。第五話『同級生達』が完成したので、投稿させて頂きます。新たに登場したクラスメイトと先生。そして神楽坂が有馬に渡した紙切れには何が書かれていたのか、次回もお楽しみに。ここまで読んで頂きありがとうございました。