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第一話:あの夢を、今もずっと

登場人物が話す内容を一部変更しました。

 目を開けると、そこには広い草原が広がっていた。

 どんなに目を凝らしても果てがない。俺はそんな景色を眺めながら、暖かい風に揺らされる草葉の音に耳を澄ませていた。空は雲一つない快晴で、太陽が優しく地上を照らす。

 何もかも投げ出して自然と一体になる感覚は俺の頭をからっぽにさせ、なんとも心地のよい気分だ。

 とたん―――辺りが急に薄暗くなった。

 見上げると快晴だった空は、いつの間にか純黒の雲に覆われていた。


『―――帰らなきゃ』


 声が聞こえた。聞き覚えのない、しかし何故か懐かしかった。


『―――早く、早く帰らなきゃ』


 声は段々と鮮明になり、不安と恐怖が混じった声が頭に響く。

 俺は「帰るって何処に?」とその声に問う。しかし、返事はない。ただ同じ言葉がガンガンと響き続ける。


『―――ねえ、早く一緒に帰ろうよ』


 風が吹く。冷たい風が俺の顔を打つ、それと共に雨粒が額に落ちた。それらを合図とするかのように無数の雨粒が目に入り、やがて大量の雨が降りそそいだ。雨というよりも水を頭から被っているようだ。


 ―――なんだよ、これ。


 先程まで風に揺らされ優雅に踊っていた草葉は地面に打ち付けられ、どんどん水に呑まれていく。短時間のうちに俺の目に映る景色は変わってしまった。轟音を轟かせながら全てを呑む雷と洪水を目の当たりにしながら、俺自身も沈んでいく。このままではいけないとわかっていても体はピクリとも動かない。怒り狂う波が、激しく唸る雷が、俺の自由を許してくれない。

 息が―――出来ない。


『どうしたの? 早くこの手をとって』


 誰かがいた。水面の向こうに誰かいた。俺の名を叫びながら、手を差し伸べてくる。 体の硬直が徐々に解けてきた。俺はやっと動かせた右手でその手を掴もうとする。


『何をしている』


 また違う声が聞こえた。男の声、氷のように冷たい声が俺を刺すように響く。


 ―――何をしてるかだって? 見れば解るだろ。


『ああ、そうだな。だがお前は向こうにはいけない、あの女の手も掴むことは出来ない』


 俺はガンガンと響く言葉を無視し、唯一の救いの手を掴んだ。


 その途端、確かに彼女の手を掴んだ筈の俺の手はすり抜けていた。


 ―――そんな、なんで。


 俺は何度も何度も掴もうとする。しかし、いくらやっても俺が掴むのは空気の泡だけだった。


『だから言っただろう、あの手を掴むことは許さない。それが代償だ』


 誰かが底の方から俺の肩を引く、俺は振り向くのが怖かった。まるで振り向いた先に何があるのか知っているかのように。


『さあ、こっちを見ろ』


 それでも俺は振り向かずにはいられなかった。何も解らずに死ぬ方がずっと怖かったから。俺は拒む首を無理やり回して、声の方を見る。


『そうだ、それでいい。あの光はお前には眩し過ぎる。お前ごときの光など届かない』


 闇だった。純黒の靄に隠れて目玉が二つ、紅の瞳が俺を見つめていた。


『無理に光を掴もうとするな。掴めない光なら塗り潰してしまえ、僕とお前なら全てを漆黒の闇に変えることができる。さあ、僕の名を呼べ、僕の名は―――』


 その名を聞いた時、俺の意識を繋いでいた糸がプツンと切れる音がした。


 そして切れた糸は、一瞬で全て繋がれた。


 恐る恐る目を開けると、最初に視界に映ったのは青空だった。俺はその時、夢を見ていたことに気付いた。


「あ、やっと起きた」

「おせーんだよ、いつまで寝てんだ」


 次に映ったのは、のぞきこんできた親友達の顔だった。


「ねえ、悠真。先刻はなんて言ってたの?」

「え?」

「言ってたじゃん、魘されながらブツブツと」


 俺は重い体を起こしながら、あの夢のことを考えようとした。しかし、思い出せるのは最後に誰かの名前を聞いたことだけ。


「―――ねえ、聞いてる?」


 綾野川千華あやのがわちかの顔が俺の顔の直ぐ側にくる。キラキラと輝かせた瞳と目が合う。


「ああ、ごめん。聞いてなかった」

「もう、なんで聞いてないの。悠真ってたまにそういうところあるよね。なんか遠く見てる感じってゆうか、心ここにあらずってゆうか」


 必死に目をそらす俺とは裏腹に、綾野川はどんどん距離を詰めてくる。距離感というものがわからないのかこいつは。


「そのくらいにしとけ、悠真が『距離感というものがわからないのかこいつは』ていう顔してるぞ」


 そう言って青崎壮真あおざきそうまは俺から古手川を引き剥がしてくれた。俺の中で少しほっとした気持ちと少し残念な気持ちが渦巻いた。


「えーやだなあ、ザッキーさん。この天才美少女である私が距離感の意味がわからない訳ないじゃないですか」

「ザッキー言うな、じゃあ言ってみろよ。ほらどうぞ」


 綾野川の表情がしばし固まる。そして何を思ったのか、俺に助けを求める視線を向けてくる。彼女は動揺すると話す言葉が敬語になる。ここで俺の取る行動は一つ、話題をそらすことだ。


「ねえ、今夜、星を見に行かないか?」


我ながらなんと馬鹿なことを口にしたものだ。


 それからしばらく三人を沈黙が襲った。そして最初に口を開いたのは綾野川だった。


「い、良いねえ星、今日はすごい良い天気だし、今夜はよく見えそう」

「あっお前、逃げたな」

「にっ逃げてませんし、答えはそのとき言うから」


 馬鹿みたいにはしゃいでみせる綾野川を見て、思わず笑った。それにつられたのか、青崎も笑う。


「じゃあ今夜またこの丘に集合な」

「了解、楽しみだなあ」


 二人はそれぞれ自分の家に向かって駆け出して行った。一人取り残された俺を夕日が照らす。


 俺はもう一度、草葉の上に寝そべる。不意に頭にズキッと痛みが走る。


『どうして、どうして忘れたの?』


 その通り、忘れてる。だが別に構わない。忘れたということはそれが俺には必要のないことだったからだ。


 そう自分に言い聞かせた。それなのに俺の目から何故か涙が溢れて止まない。


 泣く意味も解らず、泣いていた。























































はじめまして、柊です。やっと念願の初投稿が叶いました。これから皆様を夢中にできる作品にできるよう努力していくので、どうか応援よろしくお願いします。

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