魔王と愚図
人間界へ来てからのアベルは多忙であった。魔王城の中枢を回復させ、防衛用トラップの点検と強化をおこなった。
また、並行して自らの眷属と言える魔物を誕生させた。魔物は固有種として、繁殖能力を持つもの、魔力溜まりから自然発生するもの、ある程度の力を持った魔族が生み出すものなど発生方法がいくつかある。
繁殖能力があるものは総じてある程度の知能があり、道具や言葉を使いこなすものが多い。
魔力溜まりからのものは、その土地の状態に合った魔物が発生する。水辺なら魚のような鱗や水かきを持ったもの。草原なら足の速いもの。山岳地帯であれば、空を飛べるものや起伏の激しい土地でも移動がしやすいもの。
そして魔族から生まれるものは、核となるもの(石のようなある程度の大きさと硬さがあるもの)に自らの魔力を注ぎ込む事で発生するものである。魔力溜まりから発生する魔物を人工的に発生させる要領である。
その後生まれた魔物の中で特殊な個体を除いて、小さな広場に閉じ込める。すると魔物同士の戦闘が起こり、より強いものだけが残っていく。
人間界への侵攻を宣言した訳ではない為、人間からの即時抵抗は無いものと考えていた。強い魔物の育成期間は十分にあると。
そのため、時間は掛かるが防衛戦力として、更には交渉に有利に働く為のカードとしての意味合いを込めて戦力増強を優先したのである。
魔王城は険しい岩山の山頂に立っており、実質は初代魔王が作り上げた複雑かつトラップ満載のダンジョンを突破するしかなかった。
その事もアベルが時間的余裕があると判断した一つの要因でもあった。
実際、アベルの作業としては、一部を除いて順調に進んでいたのである。そう、一部を除いては。
「グズ。そこの袋を取ってくれ。」
「はい。アベル様」
すっかりアベルに懐いたグズであったが・・・。
ガチャーーーン。
机の上にある袋を取るはずなのに、隣の棚に激突するグズ。
そう。グズとは愚図なのである。
前任の魔王もグズと名付けた訳ではなく、イラついて愚図と呼び続けたに過ぎない。それを名前を付けてもらったと勘違いして大喜びのグズ。散々である。
3つ用事を言いつけると2つ忘れ。
2つ用事を言いつけると1つを忘れ1つは間違い。
1つ用事を言いつけると失敗するかとてつもなく時間がかかる。
とにかくグズなのであった。
しかし、そんなグズであっても見た目は特殊個体である(簡単な命令が遂行できない事態が魔物としてはイレギュラーであるが)。そのうち失敗も減るだろうし、グズの良いところが出てくるだろうと思い気長に様子を見ることにしたアベルなのであった。