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勇者様がいっぱい!  作者: 真白
魔王様人間界に行く
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魔王の旅立ち

瞬く間に時は流れ、人間界出発前日。アベルはベラルの執務室に居た。元々落ち着いて仕事をするタイプでは無い元上司の部屋。華美な装飾を嫌い、必要最低限の物しか無いのである。


「どうだ。魔王となった気分は。」


と笑顔で切り出すベラル。それに対して、まだその真意を掴みかねているアベルなのである。


「自ら勝ち取った物でもありませんから、実感はあまり無いです。それよりも、あの日からずっと考えていました。今回の出向と人選の意味を・・・」


神妙な面持ちで見つめるアベルに対してベラルは笑顔を崩さずに語り始める。


「お前が秘書官になってから約150年。事ある毎にルールだ規律だと魔族らしからぬ事を言うお前が疎ましかった。そんなお前から逃げ出した事もあったな。」


懐かしげに目を細めながら笑う姿は、大魔王長としての威厳よりも、子や孫の成長を想う老人のように見えた。

いつのまにか、この方も年を重ねられてしまったのだなと、思い出話に目を細めるかつての主を見ながら寂しさにも似た感覚がアベルを包む。


「だから、逃げるのはやめてお前を遠ざけることにした。」


それまでの頼りない微笑みが一転、ニヤリとイタズラっぽい笑みをたたえた大魔王長の姿があった。


(このクソジジィ。)


一瞬でも気を許した自分を恨めしく思いながらベラルを見る。


「まぁ、そういう訳だ。人間界での生活を楽しんでこい。辛くなったら帰ってきて良いのだぞ。またワシの元で使ってやる。その頃にはお前も少しは扱いやすくなっているだろうからな。」


大声で笑うベラルを見ながら、この様なやりとりをするのも最後にしたいものだと、心の中で苦笑するのであった。


********************


ベラルの執務室を出ると一人の男が立っていた。中肉中背でありこれといった特徴の無い人物である。いや特徴はあるのだ。それはその存在感の希薄さである。向こうから声を掛けられなければ、気付かずに通り過ぎてしまう程の圧倒的な存在感のなさ。それが彼の特徴であった。

彼は名をハッシュバルトと名乗った。彼は魔王ゾンデの使いであった。

ゾンデは魔王襲名の挨拶回りで、実力を見てやると襲い掛かってきた数名のうちの一人である。


「魔王アベル様。お初にお目にかかります。我が主人ゾンデ様より、先日の非礼を詫びたいと言付かってまいりました。本来ならば、主人が直接に出向く所ではありますが、アベル様の出立が明日という事もあり、調整が付かず申し訳ない事であります。」


深々とこうべを垂れるハッシュバルトに、先日の件は気にしなくて良い事、今後も友好な関係を築いていきたいとの旨を伝える。

ハッシュバルトは、安心した様な笑みを浮かべ、お付きの者が持つ小さな箱を差し出す。


「アベル様。こちらはゾンデ様からのお詫びの印でございます。どうぞお納めください。」


そこにあったのは、手のひらに収まる程の小さな箱であった。上品な宝飾が施されており、中々の逸品である。

箱を開けると中には月桂樹を模ったイヤリングと指輪が一つ収められていた。

ゾンデが目の前に居れば固辞した所だが、これを受け取らなかった場合のハッシュバルトの立場と断った経緯が歪んで伝わる可能性を考え、受け取らざるを得ない状況であった。

ゾンデへの謝辞をのべ贈り物を受け取る。


「こちらの品は人間界で役に立つ品と聞いております。是非とも遠征の際にはお持ち頂くと良いかと思われます。」


ハッシュバルトは贈り物を受け取って貰えた安堵から思わず笑顔となる。恭しく礼をすると、その場を後にした。

残されたアベルは小さな宝石箱を、見ながら小さくため息をつく。

明日はとうとう人間界への出発の日である。気を取り直して最後の確認などのスケジュールをこなすアベルであった。


翌日、アベルを含めた大魔王と魔導技官らが魔界と人間界を繋ぐゲート前に集まっていた。アベルと技官らは正装であったが大魔王の殆どは普段からの姿と変わらない物であった。


「ゲートの封印解除に少し手間取っております。今しばらくお待ち下さい。」


技官長の言葉に大魔王の一部は面倒くさそうにため息をついた。大魔王という立場上、顔を合わせることは何度もあるが、お互いに役割上の付き合いをしているものが多く、会話らしい会話は生まれない。その無言の圧力が技官たちにプレッシャーとなってのし掛かる。


ゲートの封印解除と解錠には実の所大魔王は必要ない。むしろ必要となるのはその後なのである。ゲートの施錠と再封印の確認こそが大魔王達の役割と言える。


「このねぇ。待ち時間と言うヤツは何とかならないものかねぇ。私も暇じゃないんだけどねぇ。」


大魔王唯一の女性であるアパンが誰に聞かせるでもなく呟く。

大魔王達の限界が近い事に更なる焦りを技官達に襲いかかる。


「ふぅ。」


ため息をついたアベルが、ゲート前の技官達の作業に割って入る。目を瞑り封印術式に集中すると、アベルとゲート周辺が淡い緑色の光を発する。一瞬光が強くなったかと思うと、その光はガラスを砕いたかのように宙を舞い、次の瞬間には闇に飲み込まれていく。


「作業完了でよろしいですか。技官長。」


とのアベルの問いかけに、一瞬我を忘れていた技官達が背筋を伸ばして最敬礼をする。


「魔王アベル様。お手を煩わせまして申し訳ありません。」


技官長が手短に謝辞を述べると大急ぎで大魔王達に作業完了の報告をおこなう。

その後の解錠はスムーズにおこなわれ、いよいよアベルの旅立ちの時が来る。


「魔王アベル。只今より人間界での領土治安維持と資源獲得の為の調査に向かいます。」


大魔王達の無言の承認を受けて、アベルはゲートへ足を踏み入れる。

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