第1章 第7話「夜陰」
軍議では明朝総攻撃から概ね方針は変わらなかった。まず、諸侯勢が先陣を切り、相手の前面を震わせ、その後にロン爺の軍とユベルノ騎士団で一点突破し、レズモンドが逃げる前に片を付ける。地形的に策を施す余地がないのだが、少なからず犠牲が出そうな手ではあった。多くの者が明日に備えて英気を養っているとき、レオンは暗がりの中、月明かりのみで森の木々の間を歩んでいた。森の中では梟の鳴き声と獣の唸り声のようなものが聞こえるのみであった。しかし、レオンの鋭敏な感覚はそれ以外のものも感じ取っていた。
「そこにいるやつら、出てこい。」
レオンが静かな声で殺気を込めて言うと、茂みの中から十数人の男たちが出てきた。ギャッツたちであった。
「へへっ、さすが旦那。よくお分かりになりすなぁ。こちとら山賊稼業で、こういった山を足音消して歩くのは自信があったつもりなんですがねぇ。」
ギャッツがニヤニヤしながら言うと、レオンもふっと笑ってギャッツに言った。
「お前ら、いくら足音を消しても、気配が駄々洩れだ。大柄な連中ばかりなんだからもっと小さくしてろ。」
そう言うとギャッツはがっはっはと声を上げた笑った。
「それは面目ない!それで、旦那?何をするつもりなんですかい?面白そうなことなら俺らも一つ噛ませてもらいたいんですがね?」
どうやらギャッツはレオンが何か作戦を授けられて、隠密行動をしているものだと考えたらしい。レオンも人手が欲しいと考えていたので、ギャッツの話は悪くないと思った。
「なら、お前らで少し騒ぎを起こしてくれないか?なるべく派手にして、後方の敵を引き付けてほしい。」
「お安い御用ですよ旦那。」
ギャッツは部下に指示すると、部下は森の中に隠れて騒ぎを起こすべく準備に入った。
「お前は行かないのか?」
レオンがギャッツに問うと、ギャッツは悪戯小僧のような顔で言った。
「いえ、なに。どう考えても旦那についていく方が面白そうでしょう?で?あっしらは何をするんです?」
ギャッツの問いにレオンは冷たい微笑をもって答えた。
「簡単だ。これからレズモンドの首を取る。」
ギャッツは部下たちについていけばよかったと後悔し始めた。
夜がさらに更け、月明かりすら曇天が覆い隠し始めた頃、レオンとギャッツはレズモンド勢の最後方の天幕の真後ろにいた。茂みの中でレオンとギャッツはひそひそと敵に悟られぬよう言葉を交わしていた。
「まさか本当にうまくいくとは・・・しかし、旦那。レズモンドの野郎がどの天幕にいるのかわかるんですかい?」
ギャッツの問いにレオンが目の前の天幕を顎で指しながら言った。
「あの、見張り用のかがり火が一番炊いてあって、見張りがある程度まだいるのがそうだ。レズモンドは小心者だそうだからな。見張りがまだ残っていると思っていたんだ。」
レオンの返答にギャッツは感心した。ギャッツの配下に騒ぎを起こさせたのは、辺りの見張りを引き付けるのと同時に、レズモンドの居場所を特定する為でもあったのだ。
「ほう?なるほど、ただ襲うだけの作戦なら私らでもできそうだな。」
レオンとギャッツはバッと後ろを振り向いた。そこにいたのは今味方の本陣にいるはずのミアとシャルロットであった。どうやら見事に気配を消し、レオンとギャッツの後をつけていたらしかった。
「何をやっているんだアンタは!総大将が持ち場を離れて敵陣の真裏にいるなんて正気の沙汰じゃないぞ!?」
珍しくレオンが語気を荒げると、ミアは悪戯が成功した子供のように口の片端をニヤッと上げて言った。
「まあそう言うな。腕の立つ人手は必要だろう?何よりレオン。私は自分の問題を何の関係もない男に任せて、自分だけ高いびきをかいて寝ながら、味方に守られて結果が来るのを待つなんてことはできないのさ。お前もそうだろう?」
ミアに言われてレオンは二の句が継げなくなってしまった。確かにレオンがミアと同じ立場だったら、同じことをしただろう。レオンはミアの他の女たちと違ったこういう潔さに好感を持っていたが、今回ばかりは大人しくしていてほしかった。仕方なく、最後の抵抗とばかりにレオンは言った。
「なら、せめてシャルロット殿は帰れ。あなたに万が一でもあったら、ロン爺に顔向けできない。」
レオンにそう言われると、シャルロットは心外だと言わんばかりの表情をして、レオンを睨みつけながら言った。
「余計な気遣いは結構です。『火猿剣』を継ぐものとして、幼少期より戦場での心得は教え込まれてきました。必ずやお力になって見せます。」
凛とした力強い声で言われてしまい、レオンは説得が時間の無駄だと悟り、嘆息するしかなかったのであった。