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Vermillion Kings~紅き猛虎と黒き孤狼の英雄譚~  作者: 土田耕一
第1章 紅雌虎
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第1章 第6話「ロン爺とシャルロット」

 テスタ平原はポッサ砦から西に十日ほど歩いた先にある平原である。土壌が悪く作物は育ちにくく、土地としての活用はあまりできない地域であった。ミア達はこの平原の東側に軍を配置し、一方レズモンド侯爵側も西側に軍勢を配置していた。二日前にレズモンド候は身の潔白を証明するために使者を送ってきていたが、ミアがどこからか用意していた証拠とギャッツの証言を併せて突き付けたことで、無駄と悟り帰っていった。ミア達の軍勢は当初の予定よりも五百ほど多く参戦し、その数は四千五百となっていた。その中にはいつの間にかギャッツたちの山賊も加わっていた。


 明日にも戦が始まりそうなときに、レオンは各諸侯の軍を見て回っていた。レオンが驚いたことはどの軍も士気が非常に高かったことだ。なにせ数の上では相手方の方が少しとはいえ多いのである。油断は出来ぬはずなのだが、どの軍も自分たちの勝利を信じて疑っていないようであった。


「士気の高さに驚いたでしょう?」


 レオンは唐突に呼びかけられた。レオンを呼びかけたのは齢六十になろうかという好々爺であった。高価なかつ使い古した甲冑を、そして柔和な笑みと対照的な鋭い視線を見る限り、諸侯の中でも相当な人物に違いなかった。


「申し遅れました。拙者、ロンダール・エジンと申します。殿下からはロン爺と呼ばれている故、殿下のお友達であるあなたもそのようにお呼びください。」


 レオンはその名前に聞き覚えがあった。ドミニク先王の三剣の一人、「火猿剣」のロンダール。その烈火のごとき用兵と剣技で、先王の御代に他国で暴れまわった豪の者である。レオンは知らなかったこととは言え、先達への礼を欠いたことを侘びた。ロン爺はそんなレオンの礼儀正しさに好印象を持ち、各諸侯への案内役を買って出てくれた。レオンは先ほどの、士気の高さの原因についてロン爺に聞いてみた。


「それは簡単な事です。殿下はこの国で誰よりも強い人なればこそです。16の時に初陣を飾り、今までの戦で多くの敵を葬ふり、同じ数だけの味方の命を救ってきました。なればこそ、ここにいる兵たちは必ず殿下が勝つと疑わず、反対にレズモンド候は足を震わせながら開戦の日を待っているという具合です。」


 どうやらミアは、この国では兵士たちの間で、崇拝に近い形で慕われているようであった。


「レズモンド候はミアに対抗できるほど勇士ではないのか?」


 レオンが聞くとロン爺は笑って答えた。


「殿下と比較するなど蟻と象を比べるようなものですな。お話にもなりますまい。今回のレズモンドの目的は帝国が来るまでの持久戦といったところでしょうからな。陣の最後尾で今頃震えているに違いございません。」


 ロン爺の言葉を聞くとレオンは「ふむっ」と口元に手を当て何かを考えるようにした。そうこうしているうちに、ロン爺と一通り味方の軍を見て回ったころに、一人の従騎士が近づいてきた。従騎士は二人の前で立ち止まるとロン爺に向けて話しかけた。


「おじい様。ミーシャ殿下がお呼びです。明朝総攻撃を仕掛けるので軍議に参列せよとのことです。」


 レオンは意外に思った。兜を被っているので分からなかったが、どうやらこの従騎士は女性であるらしかった。


「ほっほっ。承知承知。レオン殿。この子はわしの孫娘のシャルロットと申します。シャルロット。こちらは殿下の御友人のレオン殿だ。なんでも殿下とタメを張るほどの剣技の腕前だとか。挨拶するがよい。」


 シャルロットは兜を脱いだ。兜から姿を現したのは本来であれば背まで届くであろう麦色の髪をまとめた、目立ち鼻の整った美人であった。菖蒲の花のような碧い目に祖父譲りのきつめの眼光が、一層彼女の美を際立たせていた。彼女はあくまでも生真面目にレオンに挨拶した。


「エジン家が第一子、シャルロット・エジンと申します。お見知りおきを。」


シャルロットの素っ気ない挨拶を聞いて、ロン爺は困ったような顔をした。


「申し訳ございません。これは早くに両親を亡くしてしまいましてな。以来私の手で育てたのですが、何分私も生来の武人故・・・女の手習うべきものなどついぞわかりませんで、こうして武術など教えておりましたら、ついに男勝りのひとかどの騎士にしてしまいました。」


 ロン爺がため息をつきながら言うと、シャルロットも顔を真っ赤にして反論した。


「おじい様!このシャルロット!騎士として何も恥ずかしいことなぞ御座いません!初対面の人に戦場とは関係のないことを話すとは何事ですか。さあ!早く軍議に参りましょう。」


 シャルロットはロン爺を引きずりながら、こちらへ一つ会釈をして、行ってしまった。レオンはその様子を見送り、またしても「ふむっ」と考え込みながら、辺りを散策しに行くのであった。

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