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Vermillion Kings~紅き猛虎と黒き孤狼の英雄譚~  作者: 土田耕一
第1章 紅雌虎
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第1章 第5話「ユベルノ騎士団」

 ドミニク国には二つの有力な騎士団がある。一つは王都を守護するサラボ騎士団。豹の頭と双刀を団旗とし、王が出陣する際には必ず付き従う。その苛烈な攻めは必ず敵将の首級を挙げる為、王の必殺の鉞となり、国を代表とする騎士団として有名を馳せている。現団長バルバロッサもその騎士団の在り方を体現したような人物であり、敵を討つまで陣地に帰ってこないことから「必滅の剣」と他国に名を轟かせる当代最強の呼び声の高い騎士であった。


 もう一つの騎士団は帝国との国境沿いを守護する、ユベルノ騎士団である。ポッサ砦を本拠地とする彼らは、銀の盾と錦百合の花を団旗とし、東側国境の守備を一手に担っていた。団長のキアンは武の腕もバルバロッサに比肩し、何より王国に比類なき軍略家であり、帝国二万の軍勢に砦を攻め込まれた際には、騎士団三千で七日七晩援軍無しで耐えきったほどであった。この二つの騎士団がドミニクの主戦力であり、彼の国を傭兵国家として他国に怖れさせる要因となっていた。


 明朝、ミアとレオンはそのユベルノ騎士団が駐屯するポッサ砦を目の前にしていた。ポッサ砦は山脈の谷に位置し、四隅にはユベルノ騎士団の団旗が翻り、遠目から見ても攻めと落とすのに難儀であることが伺えた。ミア達が砦の門の目の前まで来ると、砦壁の上にいた見張りの兵士が二人に呼び掛けた。


「そこの二人、止まれ!この砦に何の用だ!」


 兵士が意気高な様子で問いかけると、ミアもすかさず返した。


「ユベルノ騎士団団長キアンに火急の用があって参った。疾く門を開けられたい!」


 ミアが叫ぶと、何かに気づいたように兵士は壁の上から二人を見た。そして、ミアの姿を確認すると驚いたようになり、声を張り上げて言った。


「やや!もしやそのお姿!ミーシャ殿下にあらせられますか!大変申し訳ございません!すぐに門を開きます!」


 砦は一瞬にして上に下にの大騒ぎとなった。ミアは悪戯が成功したように笑みを浮かべ、レオンが呆れたようにしていると、砦の門が開き、中から数人の騎士が駆け寄ってきて、ミアの前に跪いた。そして、先頭にいた騎士というより学者か詩人といった方が似合う男が口を開いた。


「お探ししておりました。ミーシャ殿下。二十日前から、姿を消したと王都から密使が入り、配下一同気を揉んでいたところです。」


 男がたしなめる様に言うと、ミアは目をそらしながら申し訳なさそうに言った。


「いや、すまんなキアン。どうしても誰かに悟られたくない事情があってな。単独行動の方が都合がよかったんだ。」


 どうやら、目の前の男こそ、大陸にその人ありと言わしめるユベルノ騎士団、団長キアンであるようであった。凡そ武将というにはほど遠い容姿にレオンが驚いているとキアンがミアに困ったように言った。


「しかし、供のものも連れずにというのは家臣一同気を揉みまする。せめて・・・いや、これ以上は言いますまい。それで?殿下の忠実な家臣を放置した分の収穫はあったのでしょうな?」


 キアンが嫌味たっぷりに言うと、ミアも困ったように返すしかなかった。


「分かった分かった。その辺で勘弁してくれ。ちゃんと話すから。詳しいことは砦の中で話そう。」


「承知いたしました。殿下。ところで、殿下の隣にいる御仁はどなたでしょうか?どうやらかなりの使い手とお見受けしますが?」


 キアンがミアの隣で所在なさげに立っているレオンを見やると、ミアは笑って言った。


「うむ!こいつはレオンと言ってな。まあ私の協力者みたいなものだ!旅の途中で拾ってな。いろいろと役に立つからつい連れてきてしまった!」


 ミアがレオンのことを雑に紹介すると、キアンは慣れているのか、言っても無駄だと悟っているのか、「はぁ」と言って、それ以上詮索はせず、ミアとレオンを団長室に案内するのであった。


 砦の中は団長の人柄を表しているのか、華美な装飾はなく、戦いに必要なものだけを揃えているような雰囲気であった。特に団長室は、中央に作戦会議用の大きな卓と周辺の地図、そして書類仕事に必要なものだけが置かれているような様子であった。レオンとミア、それにキアンとユベルノ騎士団の重鎮らは中央の卓を囲み、ミアが調べ上げた情報を聞いてうなっていた。


「なるほど・・・つまり早急にレズモンド候を討たねば我々は帝国とレズモンド候に西側諸侯を加えた軍勢に挟撃されるというわけですな。」


 落ち着いた声色でキアンが発すると、それに対応するようにミアも応えた。


「その通りだ。帝国はまだ軍備を整えている所だろうし、レズモンドも我々がすでに気付いているとは考えておるまい。なればこそ、ユベルノ騎士団の機動力をもってこれを打ち砕けば、彼らの出鼻をくじくことが出来るだろう。」


「ふむ。しかし、それでもレズモンド候は東側の大領主です。急な出兵であっても五千の軍勢はすぐに動員できるでしょう。対して、騎士団は総勢三千。千は砦の守りに残しておかなければなりませんから、二千対五千の戦いですか・・・苦戦は避けられないでしょうな。」


「現地に着くまでに、北東と南東の領主勢にも援軍の要請をしておく。すぐに求めに応じられる数は少ないが、それでも二千は集まるだろう。四千対五千、しかもその内二千はユベルノ騎士団だ。勝つことは容易いだろう。」


「確かに・・・ですが我が方にも多少の犠牲は避けられませんな。」


 キアンが考え込むような形で手を口に持ってきたとき、すーっと手を挙げて話を遮ったものがいた。レオンだった。


「あー・・・ちょっといいか?質問があるんだが。」


「おう?なんだ?」


 ミアが意外そうに片方の眉を挙げながら答えると、レオンは困ったように言った。


「いや、俺はこの国の情勢についてそこまで詳しくないから、聞きたいんだがな?ミーシャ殿下にあらせられましてはこの国の正式な後継ぎなんでしょう?その殿下様がたった四千しか動かせないっていうのが驚きなんですがね?」


 レオンが茶目っ気たっぷりに言うと、周りの家臣たちは何と無礼なと怒りの視線を向けた。自分たちの敬愛する君主が粗雑に扱われているのだから当然の反応なのだが、当の本人たちはどこ吹く風である。


「ミアでいい。お前に殿下などと呼ばれると鳥肌が立ってしまう。知っての通りこの国は内戦中でな。アン・・・私の妹のアン・エスタシア・コリン・マクダネルと私、どちらにつくか諸侯たちも決めかねている状況なのだ。なので、中立派が多く、はっきりと私を支持してくれている者たちも少ないのが現状だ。」


「しかし、アンタは姉だろう?普通国は長子が継ぐものだ。それなのになぜ支持する人間が少ないんだ?」


「お前の疑問はもっともなんだがな、妹の後ろ盾というのがこの国の宰相でな。それもかなりやり手の男だ。しかも、公爵家の当主で王国の西側はあっという間に奴の支持する方へついてしまった。元来、この国は強いものが国王となる風習があるからな。妹有利となってしまい、諸侯も様子見なって、あっという間に私は不利になってしまたわけだ。」


「その宰相とやらはミアを担ごうとは思わなかったのか?その方が内戦状態なんて起きなかっただろう?」


 レオンが当然の疑問を持つと、ミアはにやりと笑って言った。


「おまえ?私が誰かの言いなりになると思うのか?」


 レオンはやっと得心がいった。確かに、この獣のような女を制御するくらいなら、まだ内乱を治める方が容易かろう。その宰相とやらも随分ひどい目にあったのであろうと、レオンは少なからず、会ったこともない男に同情してしまった。そして同時にレオンは悪戯っぽい目でミアを見て言った。


「なるほど・・・そうするとすぐに動けばミアの勝ちは決まったも同然だな。」


 そう言われると、「なに?」とミアは意外そうな顔をした。さらにレオンは続けて言う。


「それはそうだろう?そのやり手の宰相とやらは、王国の総戦力の半分と、東の有力貴族、それに帝国の力を借りて初めてミアと互角に戦えると目算を立てたわけだ。その宰相の能力がそのままミアの王位の正統性を主張しているじゃないか?今戦えば、相手は東側の領主のみ。これは勝ったも同然だろう?」


 レオンにあまりにも当然だという風に言われて、ミアもキアンも騎士団も一瞬止まってしまったが、次いで大いに笑うことになった。キアンが笑いながら言う。


「レオン殿のおっしゃる通りです。宰相殿は大いに我らが王を恐れているようだ。なれば疾く出陣し、早々に勝鬨を挙げて、我らが王の強さを辺りに見せつけましょう。さすれば、中立派も我らに就くことに違いありません。」


 ミアも気恥ずかしそうになりながらも、笑いをかみ殺しながら大真面目に言った。


「うむ、確かにレオンやキアンの言う通りだ。キアン!レオンの言ったことをまんま諸侯に伝えるよう手配をしてくれ。そしてすぐに出陣するぞ!」


 士気も大いに上がり、「おう!」と一斉に騎士団の重鎮たちが戦の準備をするためにその場から飛び出していった。最後にキアンが諸侯への伝令の手配の為に、一礼してその場を出ていくと、後にはレオンとミアが残った。


「おまえ?もしかしてわざわざ言わなくてもこの国の情勢を知っていたのか?我らの士気を上げるためにわざとああいう風に言ったのか?」


 ミアの問いに対し、レオンはわずかに肩をすくめるだけであった。


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