第1章 第3話「山賊」
山賊頭のギャッツは大柄な男であった。浅黒く灼けた肌は筋骨隆々で、伸びた髪は手入れする事はなく、口を覆うように髭を生やし、見るものに威圧感を与えた。森の中で出会ったら熊かと間違えるかもしれない。事実、彼は軍にいたときは自慢の戦斧を振るい敵をなぎ倒す姿から、“斧熊”の二つ名を敵から与えられ、恐れられていた。
その日、ギャッツは上機嫌であった。以前、貴族相手に商売をしている商人から巻き上げた品に、高く売れるめどがついたからだ。ギャッツは二十人の手下どもを養わければいけない親分であった。ギャッツは子分思いの親分だが、少し思慮に欠けるところがあった。軍を追放されたのも、小狡い上官が部下に横領の罪を着せようとしたのに怒り、半殺しにしてしまったのが原因である。軍という場所に未練はなかったが、五人の部下たちも一緒に辞めてきてしまったのは、ギャッツの悩みの種となってしまった。しかたなく山賊などに身をやつしているが、いつか部下たちだけでも真っ当な道に戻してやりたいと心に決めていた。
ギャッツと古参の部下たちが気持ちよく酒を飲んでいると、最近山賊団に入ってきた連中が何やら慌てた様子でギャッツのもとにやってきた。ギャッツの目の前で部下が訳を問うと、男たちの一人が麓の村で男に叩き伏せられ(名誉にかけて女にやられたとは言えなかった)這う這うの体で逃げ帰ってきたとのことだった。
(どうせ、こいつらがいきっていたところに、粋な野郎がちょっと撫でてやったんだろう。)
ギャッツは荒くれどもをまとめる達人である。すぐに何があったのかを察してしまった。普段であれば、部下がやられたのを黙っている男ではなかったのだが、今は商品の取引がある。面倒な男に絡まれて、取引相手の耳まで噂が伝わり、取引が中止になるのは勘弁だった。だが、部下の手前、そのままにしておくわけにもいかない。親分としての威厳を見せつける必要があった。だからギャッツは、明日おいたをした野郎に報復をすることを約束し(実際は夜のうちに遠くへ逃げてくれることを祈って)、今日の所は早めに床に就くことにした。
夜も更け、獣たちが寝静まり、辺りに物音が消えた頃、ギャッツはどうにも妙な気配を感じて目を覚ました。この感覚にギャッツは覚えがあった。戦場で幾度となく感じた、だが久々に感じた、強敵の近づいてくる気配であった。ギャッツはこの感覚があるといつも、髭がざわざわするのだ。ギャッツは落ち着かない髭をなだめつつ、戦斧を持って部下に指示を出そうと寝床から出てきたその時だった。
「動くな。その斧を捨ててこちらの質問に答えろ。」
後ろからギャッツの喉元に短剣が押し付けられ、押し殺しそうな低い声で、何者かに命令されたのだ。ギャッツは信じられない思いだった。ギャッツの寝床は砦の一番奥にあり、構造上見張りの目をかいくぐって、ギャッツの許へ来れるはずがなかったからだ。しかし、この侵入者は今現にこうしてギャッツの命を危機にさらしている。
「どうやってここまで入ってきた?見張りの手下どもはどうした?」
部下思いのギャッツは問わずにはいられなかった。
「黙っていろ。質問するのはこちらだ。お前が山賊どもの頭か?」
ギャッツの疑問に答えられることはなく、逆に質問されたしまった。主導権はあちら側にあるのだ。ギャッツは従うより選択肢はなかった。
「そうだ。俺が山賊頭のギャッツだ。」
ギャッツが名乗ると、侵入者も先ほどの疑問に返してくれた。
「そうか。安心しろ。子分たちをまだ誰も傷つけていない。これから、子分の武装解除もお前にやってもらうつもりだ。」
「ありがたいな。俺たちをどうするつもりだ?」
「領主軍に引き渡す。」
侵入者は余計な問答をするつもりはないようだった。ギャッツの質問に短く答え、部下たちのもとへ短剣を突き付けたまま、歩き出そうとしたその時だった。ピイイイッーーと短い笛の音が、夜の帳を切り裂いてけたたましく鳴った。ギャッツは短剣の主の意識がそれたのを見逃さなかった。短剣の腕を持ちその剛力で捻り上げようとした。だが侵入者の腕力もギャッツといい勝負だった。ギャッツは仕方なく腕を諦め、素早く置いてあった斧を手に取り、侵入者めがけて横薙ぎに一閃した。幾人もの敵将を討ち取ってきた、必殺の一撃である。ギャッツは侵入者の身体が真っ二つになることを疑わなかった。だがまたしてもギャッツの予想は裏切られることとなった。侵入者は戦斧の容赦なき一撃を後ろ飛びに避け、長剣を抜いてギャッツと対峙した。侵入者はレオンであった。
レオンがギャッツと対峙していた頃、ミアは大勢の山賊たちに囲まれていた。この状況は完全にミアの失態だった。ミアもレオンと別れて親分を探していた。一番奥まったところともう一つ、砦の中で一番高い所も山賊の親分がいそうなところとして、ミアは当りをつけていた。しかし、目的地の前で駄弁っている見張りが3人もいた。しばらく待っていたのだが、どうにもそこからどく気配がないので、手早く沈めて横に転がして置いた。だが、ここでミアにとって予想外のことが起こった。こんな夜更けに起きてるものなどそう多くないとタカをくくっていたのだが、どうやら用をたしに来た子分に見つかってしまったらしい。呼子を吹かれて、ミアの周りには続々と包囲網が出来つつあり、子分たちの怒号が飛んでいた。
「どこだ!?」
「近くにいるはずだ!探せ!」
「お頭を呼んで来い!」
ミアは少し焦っていた。自分ひとりであれば包囲を抜けて、山賊頭の所まで一直線に向かう自信があるのだが、今はレオンがいる。このままでは子分どもが恐らく山賊頭と交渉してるであろうレオンの所に向かってしまう。無理やり巻き込んでしまった手前、自分の失態で迷惑をかけるのは避けたかった。仕方なしにミアは姿を見せることにした。
「はっはっはっ!ここにいるぞ!情けない子悪党ども!!」
ミアはあえて姿を現し、子分共を引き付けることにした。ミアの大剣は野戦では力を発揮するが、狭い建物の中では振り回すわけにもいかないため、ミアは逃げの一手を選択した。それでも隘路に誘い出し、山賊たちと互角以上に戦うミアは並ではなかった。
一方、レオンとギャッツの戦いは一方的であった。ギャッツが戦斧を振るうたびにレオンはその体格に似つかわしくない素早さでギャッツの懐に飛び込み、ギャッツを傷つけてはまた燕のように後ろに下がった。それならばとギャッツが防御に徹すると、今度はギャッツ以上の膂力をもって戦斧を吹き飛ばすのであった。このままでは負けてしまう。そう思ったギャッツは一か八か、戦斧ごと体当たりを仕掛けて超接近戦に持ちこもうとした、その時であった。部下共の声がやにはに近くから聞こえ、レオンの背後から仲間と思しき女が現れた。部下たちを引き付けていたつもりが、いつの間にか、レオンの所まで来てしまったミアであった。
だが、ミアの姿を見たギャッツは動きを止めた。ギャッツが最初に目を奪われたのは、大の男すら縦から切り裂けそうな大剣だった。次に目についたのは燃えるような真っ赤な髪だ。その姿を見たギャッツは部下に大声で呼びかけた。
「やめろ!おまえらやめろ!全員武器を捨てろ!その方に剣を向けるんじゃねえ!」
部下たちは大いに驚いた。侵入者はあちらなのだ。しかも二人だけ。こちらが圧倒的優勢なのになぜそのようなことを言うのかと訝しんだ。だが、それ以上に驚愕していたのはギャッツだった。自分が今見ているものが信じられなかった。大剣も赤髪もかつて戦場で何度も目にし、あこがれ続けたものに違いなかったからだ。ギャッツにとって、話かける事すらためらわれたが、言わずにはいられなかった。
「なぜ貴方がこのようなところにいらっしゃるのですか!?姫様!」