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Vermillion Kings~紅き猛虎と黒き孤狼の英雄譚~  作者: 土田耕一
第1章 紅雌虎
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第1章 第2話「ウサギ亭」

 道中、二人はあまり多く話すことなく村についた。お互い混み入った事情があるのは、語らずとも理解でき、なおかつ一刻も早くあの血生臭い森から離れる必要があった。


 二人は日暮れ前には、村に一つしかない宿にたどり着くことが出来た。互いに部屋を取ったところで、ミアがレオンを夕食に誘った。レオンも特に断る理由もなかったので、同席させてもらうことにした。


 宿は一階が酒場、二階が宿屋になっていた。酒場は盛況で、村の人々や商人が卓を囲ってその日一日の疲れを、酒と共に飲みこんでいた。レオンとミアはしばらく黙ってその酒場の名物だというウサギのシチューと少しばかりの酒に舌鼓をうった。黙っていたのは食事に集中したかったというのもあるが、何より周りの会話から聞こえる情報に耳を傾ける必要があったからだ。


 二人の周囲には多くの職種の人間がいて、最近の出来事について語り合っていた。


「最近はお天気さんがご機嫌だから、粟の育ちがいいねえ」


「帝国製の鉄製品が値上がりを続けていてね、商売あがったりだよ」


「法国に嫁に行った妹が一年ぶりに手紙を寄こしたんだ。向こうは元気に暮らしてるってよ」


「王様が亡くなってから、王女たちの仲がさらに悪くなったらしくてね......サラボでは今にも内戦が起きそうだよ。」


「おい!姉ちゃん!酒が足りねえぞ!」


「『影法士』の噂を知ってるか?今王都で売り出し中の暗殺者で、軍の要人を次々に消し去っているそうだ」


「帝国の王様は失政が続いているらしい......関税も高くなって、近づかない方が無難だな......」


「ところでレオン、お前はこれからどこに向かうんだ?」


 人々の会話に紛れて、ミアが話しかけてきた。


「帝国だ」


 レオンが短く答えると、ミアは面白そうに尋ねてきた。


「帝国?あそこは今、前王が重篤で情勢が不安定だと聞くぞ?」


「知っている。だがやらねばならぬことがある」


「ほう?それは森で会った愉快な連中と何か関係があるのか?」


「......」


 レオンはミアの問いに対して無言で応えた。命の恩人に対して無礼ではあったが、レオンがこれからやろうとしていることを思えば、ミアを巻き込むわけにはいかなかったのだ。


 その時、店の奥から女性の悲鳴が聞こえた。


「だからなあ、姉ちゃん!ちょっとお酌してくれって頼んでいるだけだろぉ?俺ら寂しいからよお!ちょっとくらいいじゃねえか?」


 先ほどから騒がしい山賊か、盗賊まがいの風体の連中、特にその中でもひと際体が大きく、髭で口周りが覆われ、威圧感のある男が、宿の年若い女将にからんでいた。男の仲間もはやし立て、男が女将を落とせるか賭け事までしているようであった。


 流石に煩わしくなって、レオンが早々に食事を済ませ、部屋に引き上げようとすると、隣から突風と共に影が駆けだした。獣のように駆け出したその影は、一瞬で女将に絡んでいた男の背後に回り込み、そのこめかみに攻城用に使う破壊槌のような鉄拳を見まった。


 一方、世の女性からの侮蔑の視線の代わりに拳をもって制裁を加えられた男は、出口まで一直線に吹っ飛んでいき、扉を突き抜けたところで止まった。レオンの所からだとかろうじて動いているのが見えるので、どうやら死んではいないようであった。


 だが、吹っ飛ばされた男の仲間たちは黙っていられない。手元の剣を抜き、突如として仲間を襲った影を罵倒し始めた。


「はっはっは!飛んだ飛んだ!こんなに華麗に飛ぶとは。きっとあいつの人生の中で最も美しい瞬間だったんじゃないか?まあ、自分では見ることはできなかったろうが。」


 他方で、吹っ飛ばした影、もといミアはどこ吹く風である。妙齢の紳士のように衝撃の余波で倒れた若女将に手を差し出して立たせ、埃を払ってあげた挙句、この言い草である。


「舐めやがって!」


 男の一人が我慢の限界に達し、剣をミアに振り上げようとしたその時だった。


「黙ってろよ。ガキども。今日は疲れているんだ。あまりオイタが過ぎると次は一人死人が出ることになるぞ?」


 振り上げた男の喉元に剣先を押し当て、いつの間にか背後に回っていたレオンが強烈な殺気を放ち一言添える。それだけでならず者たちの戦意は喪失し、倒れた男を引きずりながら逃げ去っていった。


「借り一かな?」


 ミアがいたずらっぽくレオンに聞く。


「馬鹿をいうな。あの程度、命を救ってもらった恩返しにもならん。」


 義理堅いレオンの返答を受けて、ミアは呵々と笑っていた。


 しかしどこか清々しい雰囲気の二人とは違い、女将の方は慌てた様子で二人に忠告してきた。


「お二人とも、本当にありがとうございます!でも、早く逃げてください。あの男たちは最近この近くの廃砦を根城にしている山賊たちなんです!さっき、逃げていった男たちが、そのことを仲間たちに知らせに行ったら、さっきの倍の人数で押しかけてきてしまいます!」


 女将の今にも倒れそうなくらい蒼白な顔に対して、ミアは不敵に笑った。


「ほう?山賊か。あいつらはそんなに数が多いのか?しかも砦まで持っていると?」


「はい!元々あの人たちのお頭とやらは、軍の小隊長を担っていたらしいです。ただ、何か問題を起して軍を追放されて、今ではここから北にあるうち捨てられた砦で義賊を名乗って商人なんかを襲っているみたいです。数も二十人はいるみたいで......」


「なるほど、しかしそれならばなぜ領主に届け出ないのだ?ここの領主は山賊どもを放っておくような人間ではないと聞いているが......」


「もちろん領主には相談しました。しかし、今は例の王都での王権争いの余波で、いつ兵が必要になるかもわからない状況で......中々こちらへ余力を避けないとのことでした」


 女将の話を聞いたミアは、少し考える顔つきになり、思いがけないことを言った。


「相分かった。ならばその山賊どもは私たちでどうにかしてやろう!うまいシチューをいただいたしな!」


 ここにいたってレオンはついに我慢できなくなり、口を出すことにした。


「待て、『私たち』だと?たった二人で砦付きの元軍属の山賊をどうにかする?さすがに無理があるだろう?」


「まあそう言うな?命を救ってやった恩があるだろう?」


 レオンはぐっと言葉に詰まってしまった。先ほどの発言を早くも後悔してしまう。


「それに、少し当てがあるんだ。なに、勝算はあるから心配するな!」


 そういって、ミアはレオンがげっそりとした顔をしているうちに、山賊退治などという予定外の仕事を承諾してしまうのであった。

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