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Vermillion Kings~紅き猛虎と黒き孤狼の英雄譚~  作者: 土田耕一
第1章 紅雌虎
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第1章 第1話「出会い」 改版1


 *****

 少女は珍しく花のような愛らしい唇に笑みを浮かべていた。


 少年といるときはいつも閉じられた貝のようにその口は開くことなく、ただ周りに置いてある本を黙々と読んでいるような子であった。


 それが今では、周りにあるもの全てを初めて見たかのように眺め、手に取り、次のものに興味をもっていた。家から無理矢理連連れ出した少年の方が、追いかけるのに必死な様子である。


 だが連れ出してよかったと少年は思った。


 今日は年に一度のお祭りの日だったから、勇気を出して少年は少女を連れ出した。少年にとっては毎年のことですでに見慣れた光景ではあったが、隣に白花のように愛らしい女の子を連れて一日を過ごすというのは、この年頃にとって大変な決意を必要とするものだったのだ。


「ねえ、これはなぁに?」


 居並ぶ屋台に陳列されている、少年の国の特産品であるチコの実を指して少女は少年に訪ねてきた。


 少年の説明に少女は一々首を振って熱心に聞き、チコの実を手に取って不思議そうに眺めていた。


「おや!お坊ちゃま、お嬢様!お目が高いですね。そのチコの実は今が旬でね、ここから南のユバの村でしか採ることのできない高級品でさあ!それが証拠になんと!実の色がほら!!他とは違って鮮やかなオレンジ色でしょう!!めったに取れない品ですからおひとついかがですか!!?」


 商魂たくましい屋台の親父が、少年たちの身なりを確認して熱心に薦めてきた。


「ほしい?ほしいなら買ってあげるよ?」


 少年は少女に訪ねた。純粋に少女が喜ぶ顔も見たかったが、少年自身、普段中身が緑色のチコの実しか食べたことがなかった為、興味を惹かれたという事もあった。


「いいの?」


 申し訳なさそうに黒曜石のような瞳で見上げて聞いてくる少女の存在は少年にとっては反則に近かった。


「もちろん!」


 少年のお小遣いは多いものではなく、実はかなりギリギリだったのだが、この少女を裏切るわけにはいかった。


「ありがとう!」


 少女は満面の笑みで少年にお礼を言うと、屋台の親父からチコの実を受け取った。


「あっちで食べようよ!」


 少女は少年の手を取って、広場近くの噴水まで駆けだした。少年はこの日もう死んでもいいと思うほど幸福感に包まれていた。

 *****


 その日、「ペラートの森」は珍しく大勢の来訪者を迎えていた。大陸の北部、傭兵国家「ドミニク」を南北に分ける街道から外れ、善良な領主が治めるこの森は、普段静かで、広葉樹の葉が日光を大量に遮るためにどこか薄暗く、立ち入るのは地元の猟師くらいのものだった。


 しかし、どうやら今日は普段とは趣の異なる客人を招き入れることになっているよであった。幾人もの大柄な男たちが木々の根っこを踏みつけ、枝を折りながら進む音が充満し、木々も、森を住み処とする獣たちも、どこか落ち着かない様子で突然の来訪者たちを迎え入れることになっていた。


 その森の中を大柄な男が一人疾走していた。男の体は頑強で、茶色の瞳は油断なく前を見据え、森の中をまるで狼のように力強く大地を踏みしめ駆けていた。しかし、羽織っている外套はそこかしこが破れ、体中は切り傷だらけ、髪はボサボサになりながら走る男の首筋には大粒の汗が常に流れているような有様で、浮浪者のようでさへあった。


 男はこの森にたどり着くまでに3度包囲され、3度突破し、その間に4人もの敵を男の愛剣で切って捨てたのだ。


 けれども、その抵抗もここまでのようであった。


 男は森の中にぽっかりと開けた広場に出た。広場は色とりどりの花が一面に咲いていて、男が幼少期に過ごした故郷を思い出された。


 それは走馬灯というものであろうか。日が暮れるまで剣の稽古に付き合ってくれた父を、男がぼろぼろになって帰ってきてはそのたびに風呂に叩き込んでくれた母を思い出した。幼いころに出会って共に遊んだ幼馴染の少女を、戦士になって仕える主を見出してからはすっかり疎遠になってしまったかつての友を・・・次々に出会った人々のことを思い出して男は笑った。


 そして後ろを振り返り、雷光のような速度で振り向きざまに腰に提げた長剣でもって、近づいてきた敵を横薙ぎに切って捨てたのだった。


 敵は6人の奇怪な集団だった。全員仮面を被っていて黒いマントで身を包み、その手には武骨な剣を携え、ゆっくりとした動きで徐々に男の包囲を狭めていった。


 男は再度笑った。自分を奮い立たせるかもしれない。ただここで死ぬわけにはいかなかった。絶望的な状況でありながら、男は生きる覚悟を決め、長剣を構えた。


 すると不意に背中越しに声がかけられた。


「助けてやろうか?」


 男は二つの理由で驚かずにはいられなかった。一つは歴戦の戦士である男がこの張り詰めた状況で全く気配を察知できなかったことだ。だが何より男が驚愕したのは後ろから聞こえたあまりにも勇ましい声が「女」の声であったからだ。


「別にその男に義理があるわけではないが、1人相手になんだ・・・1・・・2・・・6人?気に入らんな。ふふっ」


 なおも勝手にしゃべり続け、あまつさえ笑いをこぼす女に対し、敵の首領格らしき男が顎で部下に合図を送り、それを受けて部下のうちの二人が男を牽制しつつ、女を始末するために向かった。


 男は「やめろ!」と叫びながらも、後ろを振り向くことが出来なかった。そんな隙を見逃してくれる敵ではないことが分かっていたからだ。自分の為に誰かが犠牲になるなど、耐え難いことだった。男は後ろからか弱い女性の悲鳴が聞こえてくると信じて疑わなかった。


 しかし、男の心配は杞憂に終わることになった。男の背後から尋常ではない殺気が膨れ上がるとともに、「ギャッ!?」という敵の悲鳴が聞こえたからだ。


 そして同時に獣のような速さで影が後方から男を追い抜かしていき、目にもとまらぬ速さで更にもう一人を大剣で袈裟懸けに仕留めた。


 あまりの見事な剣筋に男も一瞬動きを止めてしまったが、男も数々の死線を潜り抜けた戦士である。女の背後をかばうように立ち回り、あっという間に2人で残り3人も仕留めてしまった。


「ふむ、これで全員か・・・昼寝の後の運動にしては少し物足りなかったな。」


 まるで今の包囲網がいつものことのように語る女に、男は三度驚愕する事になった。


 まず、でかい。男もかなりの長身だが、その男に見劣りしないくらいである。そしてその長身と同じくらいの、女が扱うには凡そふさわしくない大剣を携えていた。短く刈り込んだ髪は炎のように赤く、瞳は青空のように澄んだ碧眼であった。顔は絶世の美女かと問われれば疑問符がつくかもしれないが、人によっては十分美しいかと思われるだろうし、引き締まった体躯と相まって、まるで戦の女神の様であった。


「どうした?そんなに人のことをジロジロと見て?照れるじゃないか?」


 そう言うその顔は、市井の女が出すわけがない獰猛な、まるで今にも襲ってきそうな野獣のような危険をはらんだ笑みで、それがまた彼女の危険で野性的な美を際立たせていた。


 だがいくら魅力的だからと言って、命の恩人を、しかも「女性」を見続けることは男としても不本意であったため、長剣にこびりついた血糊をぬぐって男は謝罪した。


「いや、すまん。助けられた。礼を言う。」


 男が感謝の意を表すると、女も先ほどの危険な笑みが失せ、代わりに年老いた戦士のような不敵な顔で言った。


「気にするな。多勢に無勢で腹が立っただけだ。ミーシャ・マックスだ。傭兵をしている。ミアと呼んでくれ。お前は?」


 そう言って女が訪ねてきたので、男も長い間名乗っている名を口にした。


「レオン・ルード。同じく傭兵だ。」


 男が自分でも意外だったのは、初対面のこのいかにも怪しげな女に対して、警戒しなくてもいいと、長年の勘が告げていることであった。しかしとはいっても、周りには6体もの死体が転がっている。二人ともこの場に長居することはあまり宜しくはないことを心得ていた。


「ここから、2ケイロ先に村がある。何やら訳ありのようだ。私も少し用があってな。そこまで共に行かないか?」


 ミアが提案すると、レオンも同意した。レオンとしては自分の事情に巻き込むのも気が引けたが、体もすでに限界で、また襲撃されると一人では厳しく、苦渋の決断というのもあった。

初投稿です。少しずつ作品を連載していきます。宜しくお願いします。

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