種族③──獣人
エマニュエルの各地には様々な特徴や文化を持つ獣人たちが暮らしている。本頁では現在エマニュエルで確認されている獣人について種族ごとに解説する。
◆竜人族
肉食恐竜(具体的にはデイノニクス)と人間が合体したような姿の獣人。ラムルバハル砂漠の南に広がる死の谷(※1)に棲息し、人間を主な食糧としている。
成人したオスは2mを超える体躯を誇り、体長(鼻先から尻尾の先端まで)は3、4m。腹部と掌を除く全身を硬い鱗で覆われており、人間の膂力+通常の武器ではまったく歯が立たない(ただし腹部はどの個体も白くやわらかい皮膚に覆われていて、ここが竜人の唯一の弱点)。
また頭部から背中にかけては馬に似た鬣が生えており、中にはこれを毛髪のように結ったり飾り立てたりする竜人もいる。指は人間でいうところの親指、人差し指、中指の3本のみ。獣化はできない。
オスもメスも成人すれば戦士となる戦闘種族で、『大竜刀』と呼ばれる肉切り包丁に似た刀を武器とする。竜人の戦士は1人でも人間の兵士50人に匹敵すると言われ、並の人間ではまず敵わない。
しかし「エマニュエルで最も残虐な種族」と評される一方で、同族同士の結びつきは非常に強く、〝仲間を裏切ることは最大の恥〟とする精神的文化を持つ。死の谷には全部で7つの部族があり、これを祠守りの一族であるドラウグ族の長老が統括している。
竜族の血を引いているという自負から「トカゲ」と呼ばれることを嫌い、大抵の竜人はトカゲ扱いされると激怒する。が、竜語と呼ばれる独自の言語を話すことから、人間との意思疎通は極めて難しい。
繁殖形態は卵生。群全体がひとつの家族であり〝夫婦〟や〝親子〟といった概念を持たない。戦士としての〝強さ〟を何よりも尊び、種族が違っても優れた戦士には敬意を表する一面を持つ。
エマニュエルで唯一神を崇めない種族であり、代わりに『精霊』と呼ばれる存在を信仰の対象とする。この場合の『精霊』は人間たちが認識している神のしもべとしての精霊とは異なり、竜人にとっては『精霊』こそが世界の摂理を司る神そのもの。彼らの信仰によれば火・水・風・土の四大精霊によって世界は運行されており、四大精霊の下にはその眷族である小精霊が存在している。
なお竜人は死後、この精霊たちの世界に招かれると信じており、死ぬことを「霊道に入る」と表現する。生前悪行を重ねた者の魂は霊道へ入ることを許されず、そのまま消滅してしまうという。霊道に入った魂は死後も精霊となって一族を見守っていると信じられ、それゆえ彼らは亡き父祖を「英霊」と呼び、畏れ崇めている。
(※竜人の生態や文化をより詳しく知りたい方はこちら↓)
http://mblg.tv/desertflower/entry/385/
◆狐人族
狐の頭に人間の体を持つ獣人。かつてはアルスラン獅子王国領内にいくつかの集落を持っていたが、エレツエル神領国の侵攻と獣人狩り(※2)によって故郷を追われ、その後北西大陸の北部に散らばった。
身体的特徴は見た目が狐であること以外、人間とほぼ変わらない。生まれつき『化かしの術』と呼ばれる幻術を操ることができ、精度や効果時間は本人の能力に依存するものの、人に様々な幻覚を見せることができる。
故郷を追われた狐人たちは生来口達者な種族であることを活かし、多くが行商人となった。よってエマニュエルでは〝狐人と言えば商人〟という印象が強い。しかし中には上述の化かしの術を使い、詐欺を働いて金銭を騙し取る者も少なくないことから、人間の商人には毛嫌いされている。
ちなみに狐人族の化かしの術を暴く方法に〝酒を飲ませる〟という手段がある。狐人は総じて酒好きだが、酔うと化かしの術に失敗し、ボロが出るケースが多い(たとえば人間に化けている最中に尻尾が出てしまう等)。
また、竜人族は狐人族が放つ独特の体臭を苦手としており、狐人には絶対に近づかない。このためラムルバハル砂漠を渡るときには狐人と一緒に行動するか、彼らの毛皮を被って移動するのが最も安全と言われている。
獣化可能種族であり、獣化するとミミシロギツネと呼ばれる狐によく似た姿となる。耳や尻尾、四肢の先端のみ毛皮が白い。
◆狸人族
狸の頭に人間の体を持つ獣人。狐人と同じ化かしの術が使える。ただし獣化は不可。狐人と同じく北西大陸北部に集落を構えていたが、アルスラン獅子王国が建国される以前の遥かな昔、西から移住してきた狐人族とわずかな土地を巡って対立した。結果、狸人族と狐人族の間で〝化かし合戦〟が行われ、より巧みに人間を騙せた方がその土地の居住権を得られるという約束が交わされる。
ふたつの種族はそれぞれ一族の代表者を決めて古王国へ送り込み、王を騙して国の印璽の保管場所を聞き出せた者が勝ち、というルールを定めた。
そこで狸人族の代表は若く聡明な文臣に化け、狐人の代表は傾国の美女に化けて人間の王に取り入った。王は狸人も狐人も気に入り寵愛したが、やがて狐人は閨で王とふたりきりになった際「とある文臣(=狸人の代表者)が敵国と密通しており、ひそかに国璽を狙っている」と密告。これを信じた王は文臣を捕らえ、拷問にかけたところ、正体が狸人であることが発覚した。
騙されていたことを知った王は激怒し、狸人族の里を焼き討ちして彼らを追放してしまう。おかげで狐人族は狸人族が暮らしていた土地をまんまと横取りすることに成功し、数百年そこで栄えたという伝説がある。
このため狐人族と狸人族の間には深い因縁があり、互いが互いを激しく嫌い合っている。ふたつの種族の対立を知る北西大陸北部の人々は、「犬猿の仲」と同じ意味で「狐狸の仲」という言葉を使う。狸人たちは現在、迷いの樹海として知られる『黒の森』で暮らしており、人前には滅多に姿を現さない。
そのためか非常に陰気な性格の種族として知られ、饒舌な狐人とは裏腹にとても寡黙。化かしの術を表の稼業に使う狐人とは違い、狸人たちは暗殺や謀略といった裏の稼業に力を用いて生計を立てている、という噂もある。なお、晩年になると腹がでっぷりしてくる者が多いのが特徴。一説によると竜人族は狸人の体臭も嫌うと言われているが、狸人が大陸南部に現れることは稀なため、真相は定かではない。
◆狼人族
狼の頭に人間の体を持つ獣人。獣人の中でも竜人に次ぐ凶暴さと残忍さを併せ持つ戦闘種族。竜人のように人間の肉を喰らうことはしないが、盗賊業を生業としており、人間の集落を襲って残虐の限りを尽くす。盗みの他に殺戮や強姦も行うため、数少ない半獣人の中でも狼人族と人間の合いの子は特に多い。
華封諸国の各地に集落を持つも、多くは同族のみの盗賊団を形成し、流浪の生活を送っている。縄張り意識が強く、他のグループのテリトリーでは略奪を行わないのが暗黙のルール。このルールを破ったグループは一族中から敵視され、袋叩きに遭う場合が多い。
獣化可能種族で、人間以外にも近縁種の犬人族と生殖可能。狼人族と犬人族の合いの子は『半狼』と呼ばれ、狼人ほど凶暴ではないが優れた戦闘能力を誇る(ただし獣化の能力は持たない)。
各集落やグループのリーダーは、群の中で最も強いオスが務める。しかし正々堂々とした強さを尊ぶ竜人とは違い、狼人族の〝強さ〟の概念には狡猾さや残忍さも含まれる。人間からは竜人に次ぐ危険種と認識されており、狼人族に対する差別や迫害は根強い。
◆犬人族
犬の頭に人間の体を持つ獣人。一族内の外見の差がほとんどない他種族とは違い、実に様々な見た目の個体が存在する。柴犬に近い姿をしている者もいれば、ゴールデンレトリバーの姿をしている者、コリーの姿をしている者など様々で、たとえば柴犬種とレトリバー種が交わると、双方の特徴を備えた雑種が生まれる。
近縁種の狼人族に比べると大変気性が穏やかで、戦闘能力は皆無に等しい。暴力を嫌い、主と認めた相手には極めて従順であることから、古来より各国で奴隷種として扱われてきた。現在も奴隷制を採用しているエレツエル神領国やアマゾーヌ女帝国では、獣人の奴隷というと犬人族が圧倒的に多い。
獣化不可種族で人間との生殖はできないが、近縁種の狼人族とは交わることが可能。犬人と狼人のハーフは『半狼』と呼ばれ、見た目や気性は狼人に似ることが多い。しかし狼人族は犬人族を「人間に飼われた駄犬」と蔑んでいるため、犬人の血を引く半狼もまた迫害される傾向が強い。
◆猫人族
猫が後ろ脚で立ち上がり、二足歩行しているような見た目の獣人。外見は人間よりも猫そのものに近く、身長も成人で50~60cm程度。
いわゆる「小さき獣人」と呼ばれる珍しい種族で、南西大陸南部のカリタス騎士王国を祖国としている。白猫、黒猫、斑猫、虎猫と見た目は様々で、傍目には猫が服を着て喋っているようにしか見えない。
獣化可能種族だが獣化しても外見にあまり変化はなく、四足歩行になる程度。このことから、猫人の中には人間の街で飼い猫や野良猫のふりをしている者もいる。彼らは異国の都市などでその国の内情や動向に関する情報を集め、祖国へ報告しているという。
また、騎士王国で暮らす猫人たちは『誇り高き鈴の騎士団』と呼ばれる戦力を持つ。騎士団に属する騎士たちは『鈴の騎士』と呼ばれ、誰もが尻尾に騎士の証である鈴を結わえつけている。
『誓いの鈴』と呼ばれるこの鈴は、初代騎士王タムリンが誓いの証として身につけたのが始まり。神話の時代、わずかな土地を巡って争っていた獣人たちは、平和の神シャロームの調停で話し合いの席を持つことになった。しかし1日に14~16時間も眠る猫人の代表タムリンは、朝早くに開かれた会合の席で激しい睡魔に襲われ、ついうたた寝をしてしまう。
それを見咎められたタムリンは他の代表から非難され、南西大陸で最も冬の厳しい土地へ追いやられてしまった。このことを悔いたタムリンは以後、尻尾に鈴を結わえつけ、「太陽が頭上にある間は決して眠らない」という誓いを立てる。その宣言どおり、タムリンは瞼が落ちそうになると鈴を鳴らして自らを覚醒させ、自分のせいで貧しい土地へ追いやられた一族を養うため、休まず働き続けたという。
しかし猫人族が暮らす南西大陸南部の山々には、翼獣と呼ばれる凶暴な獣が棲んでいた。翼獣たちは体の小さな猫人を獲物として度々襲い、さらに野ウサギや野ネズミ、魚といった猫人族の食糧を食い荒らした。
このままでは一族が滅ぼされてしまうと感じたタムリンは、たった一人で翼獣の暮らす山へ乗り込み、群のリーダーを討ち取ることに成功する。だがタムリン自身も深い傷を負い、もはやこれまでかと思われたそのとき、彼の勇姿に胸打たれたシャロームが天界より現れ、神鳥の涙を与えて傷を癒やした。
同時に翼獣を操る力を授かったタムリンは感激し、以後シャロームが望む平和の実現に身を捧げることを誓う。山を下りた彼は功績を讃えられて一族の王となり、シャロームへの誓いを果たすために『誇り高き鈴の騎士団』を結成したという。
この伝説になぞらえて、鈴の騎士たちは騎士号を授かるとき、必ず王の前で誓いを立てる。猫人の騎士が立てる誓いは『誓約』と呼ばれ、誓約を守る者には神の加護が授けられると信じられている。
また、鈴の騎士が翼獣を乗騎としているのもこのため。現代の翼獣は家畜としての調教と品種改良が施されており、決して猫人を襲わない。南西大陸の人々がシャマイム天帝国の恐怖政治に晒されたとき、反旗を翻した王子ユニウスのもとへ彼らが真っ先に駆けつけたのも、初代王タムリンがシャロームと交わした誓いを守るためである。
なお鈴の騎士たちは夜の間しか眠らないものの、ごく普通の猫人たちは現在も昼寝が大好き。『炬燵』と呼ばれる独自の暖房具をこよなく愛し、ヨーロッパ諸国のシエスタに似た習慣『昼寝』を持つ。最大の弱点はマタタビ。また日本の土下座によく似た『御免寝』の文化があり、このポーズは猫人族最大の謝意を表す。体が小さい分、獣人の中でも寿命が短く、平均寿命は20年程度。
◆鼠人族
猫人族と同じ小さき獣人の一。姿形はほとんどネズミだが、二足歩行で人語を話す。身長は成人しても10~15cmほど。獣化可能種族だが猫人同様、獣化しても見た目はほとんど変わらず、四足歩行になって素早さが増すのみ。
非常に多弁な種族で早口。頭の回転も早く、学者や役人、技術者など、高い知能が求められる分野で大いに活躍する。元々鼠人族にはドブネズミなどのネズミと同類視され、汚らしい種族として差別されてきた歴史があり、そうした偏見や迫害を撥ね除けるためにあらゆる分野で偉業を成し遂げようとする気風がある。
実際、鼠人族からは名だたる学者や発明家、文豪などが多数生まれており、現在では様々な種族から一目置かれる優良種として知られている。
大変な綺麗好きで、毎日朝夕2回入浴するのが習慣(これも差別を解消するために生まれた習慣と言われる)。猫人族と同じで寿命が短く、平均寿命は15年。
非常に多産な種族としても知られ、一般的な鼠人族の家庭は10人以上の大家族が当たり前。双子や三つ子の出生率も高く、多いところでは兄弟が30人以上いる家庭もある。基本的には雑食だが肉類はあまり食さず、チーズが大好物。体が小さすぎるため、他種族と行動するときは頭や肩に乗せて運んでもらうことが多い。
天敵は猫や狐などの肉食動物や、鷲等の猛禽類。非戦闘種族で戦う術を持たないことから、現在は人間の街で人間の存在に守られつつ、家屋の屋根裏などを間借りして暮らしている鼠人が多い。
◆地鼠人族
プレーリードッグやマーモットといった、いわゆるジリスに似た姿の獣人。猫人族や鼠人族と同じ小さき獣人の一種だが、成人の身長は120~140cm程度と大きめ。地中に掘った巣穴を棲み処としており、主食は木の実や木の根、ミミズ、昆虫。小さき獣人の中で唯一の獣化不可種族。平均寿命は20年程度。
元は南東大陸の岩石砂漠地帯で暮らしていたが、同じく砂漠地帯を縄張りとする豹人族との諍いが原因で北へ北へと追いやられ、現在はトラモント黄皇国の獣人居住区(※3)に定住する。非戦闘種族で非常に臆病。群に危険が迫るとホイッスル音と呼ばれる特殊な鳴き声を上げて仲間に知らせる習性がある。
他の種族には見られない特殊な嗅覚を持ち、神刻のにおいを嗅ぎ分けることが可能。また、地中深くに埋まっている神刻石のにおいを嗅ぎ当てることもでき、その能力を活かして神刻石の発掘を生業としている。
両手の爪は非常に鋭利かつ器用に動く。彼らの爪は土の中だと地刻に似た力を発揮することができ、ひと掻きで大量の土や硬い岩を抉ることが可能。このため地鼠人は土の中で高速移動する。彼らが地表に近い地中を移動すると、地面が畝のように盛り上がるのが確認できる。
同族同士での挨拶は互いの鼻と鼻を軽くぶつけ合うのが基本。嬉しいときや楽しいとき、地鼠人は鼻が湿るため、相手に「会えて嬉しい」という気持ちを伝える意味合いがある。
◆蛙人族
蛙の頭に人間の体を持つ獣人。泳ぎが得意で、水中に1~2時間潜っていることも可能。手足には吸盤と水掻きがあり、両眼は瞳孔が横向き。嬉しいときや楽しいとき、拍手の代わりに喉を膨らませて大声で鳴く習性がある。
獣化不可種族だが、獣人の中で唯一神刻を使うことができる種族。通常、獣人は神刻を肉体に刻むことができず、神術も使えない。しかし蛙人族の中には神術を得意とする者が多くいて、それが彼らの深い信仰心につながっている。
争いを好まない平和的な種族で、普段はトラモント黄皇国のポヴェロ湿地から出てこない。ポヴェロ湿地には彼らが水上に築いた里があり、周囲に沼や川による水の守りを敷くことで外敵の侵入を阻んでいる(こういった智恵と温厚な性格から、別名「水の賢者」と呼ばれている)。
彼らは元々このポヴェロ湿地に暮らす獣人だったが、通暦1100年頃、エレツエル神領国の侵攻によって棲み処を追われた。その後、独立のために立ち上がった竜騎士フラヴィオの戦いに協力し、トラモント黄皇国建国の際、獣人居住区の創立と不可侵条約の締結を取りつけたという。
基本的には不戦を貫く種族だが、『僧兵』と呼ばれる自衛のための戦力を持つ。彼らは殺傷能力の低い棍を武器とし、相手を殺さずに戦闘不能にするための技を磨く。ほとんど争いのない現在では、僧兵とは悟りの境地へ至るため、己に厳しい修行を課す修行者たちの称号となっている。
水の流れを表す渦巻き模様を好み、彼らの里では暖簾や敷物など、至るところに渦巻き模様が見られる。実は里の全体図も、上空から俯瞰してみると巨大な渦巻き模様を描いている。また精神統一や瞑想のためによく座禅を行うことから、椅子に座る文化はなく床に直接座るのが一般的。オスの蛙人の大半は座るとき、自然と座禅の体勢を取ることが多い。
繁殖形態は卵生。子供はオタマジャクシの姿で生まれ、足が生えてくる2歳頃まで水中で暮らし、以降は陸に上がって生活。3~4歳で姿が徐々に蛙人へ近づき、5歳になる頃には尻尾も完全に消失する。主食は魚や昆虫、水草など。
◆牛人族
ギリシャ神話に登場するミノタウロス、あるいは牛頭馬頭の牛頭によく似た見た目の獣人。成人の身長は2m前後にもなる巨躯の種族で、竜人の数少ない天敵。非常に強い鉄を用いた『岩砕斧』と恵まれた肉体から生み出される膂力は、硬い鱗で覆われた竜人をも両断する。ただし竜人と違い、戦士となるのは一族のオスのみ。メスも体は大きいが角を持たない。
獣化可能種族で、オスの牛人が獣化した上で行う突撃の威力は人間が使う戦車以上。興奮すると手がつけられないほどの暴れ牛となり、闘牛さながらの様相を呈する。興奮状態のときには赤いものに突撃したがる習性があるので要注意。
ただし普段は草食で温厚。人間と違って胃が四つあり、一度飲み込んだものを口の中へ戻して反芻する習性がある。しかしそれを知らない他種族からは「胃が四つもあるせいで常に腹を空かせている大食漢。腹が満ちるまで四六時中食事をしている」と誤解されており、食事に長い時間を割くのんびり屋と思われている(実際は胃から戻した食べ物を咀嚼しているだけで、食事は朝夕2回のみ)。
また獣人の多くもハノーク語を話す中、牛人族は今なお牛人語(作中ではタイ語で表現)を日常的に使用しており、ハノーク語をまったく話せない牛人も少なくない。そのせいで「のんびり屋で物覚えの悪い種族」という印象がひとり歩きし、彼らのことを「牛頭」(〝のろまな間抜け〟の意)と嘲る者もいる。
かつては北東大陸に3つの集落を形成していたが、エレツエル神領国の台頭により行き場を失い、一族流浪の身となった。やがて北西大陸に流れ着いた者たちがトラモント黄皇国の獣人居住区に根を下ろし、現在は3つの氏族が1つの集落で生活している。
このため牛人族の集落には3人のまとめ役がおり、彼らはそれぞれ『太陽』『月』『星』の氏族を代表する『大戦士』である。大戦士は世襲ではなく、各氏族の中から戦士として最も優れた者が選ばれる。中でも『太陽』の大戦士は特に優れた武勇の持ち主として知られ、3氏族を束ねる存在として君臨している(この権威の象徴として、『太陽』の大戦士は角を金色に塗る風習がある)。
また牛人はみな鼻輪や耳輪といった装飾品を身につけているが、これらの装飾品は所属する氏族を識別するためのもの。『太陽』の一族は金、『月』の一族は青銀、『星』の一族は銀の装飾具を身につけている。なお鼻輪は戦士の証。メスや戦士でない者が鼻輪をすることは固く禁じられている。
◆猿人族
中国三大奇書の『西遊記』に登場する孫悟空のような見た目の獣人。牛人にも並ぶ巨躯の種族で、成人の身長は190~200cm。顔と掌以外は全身褐色の被毛で覆われ、狒々に似た長い尻尾を持つ。森や山岳地帯で暮らす種族であることから、木登りや斜面の登攀が得意。
『勇士』と呼ばれる自衛のための戦力を保有し、性格は勇敢かつ狡智。同族主義で一族の利にならないことを嫌うため、奸智を巡らせて厄介事や面倒事を避けようとするきらいがある。
勇士たちは皆『狼牙棒』と呼ばれる長柄武器を振り回し、牛人族にも劣らぬ膂力を誇る。元は北西大陸北東部で暮らす種族だったが、エレツエル神領国の侵略によって棲み処を追われ、流浪の末にトラモント黄皇国の獣人居住区へ身を寄せた。
獣人居住区では巨人樹と呼ばれる大樹の森で生活しており、『揺籃』という名の樹上家屋で寝起きする。この『揺籃』は黒鉄蔓を編んで作った縄を巨人樹の枝から垂らし、その先に円形の木造家屋を吊ったものである。猿人たちは北の山岳地帯で暮らしていた頃から、外敵の接近を阻むべく絶壁に家を吊るして暮らしていた。現在もわざわざ木にぶら下がって生活しているのはその頃の名残である。
ハノーク語を話すが猿人語(作中では北京語で表現)と呼ばれる独自の言語も現存しており、同族同士の会話ではほぼ猿人語を話す。人間のことをひ弱で愚かな種族と見下しているが、人間からも「手癖が悪く信用ならない種族」と思われている。獣化不可種族。
◆羊人族
羊の頭に人間の体を持つ獣人。瞳孔が横向きなのが特徴。牛人族とは違い、雌雄どちらも両側頭部に螺旋状の角を持つ。夏と冬とで見た目が大きく変わる種族で、冬の間は被毛の量が夏の倍になり、モコモコした姿になる。
しかし冬が明け夏が近づくと換毛期が訪れ、自然と余分な毛が抜ける。羊人族は抜け落ちた自分たちの羊毛を拾い集めてフェルトを作り、さらにそのフェルトを加工した品々を売って生計を立てている。
元々手先が器用な種族で、フェルト加工品以外にも様々な細工物を作るのが得意。性格は温厚で争いを好まないが、反面、真面目で几帳面すぎるきらいがある。このため獣人に対する差別が少ない国では「執事を雇うなら羊人族が最適」と言われ、実際、多くの羊人が執事や番頭として人間社会で活躍している。
だがこうした職業に就いているのは大半がオスの羊人で、メスや子供はとても臆病。特にメスは群から離れることを極端に嫌う傾向があり、同族が傍にいないと落ち着かない素振りを見せる。
またオスに対して非常に従順で、日常のあらゆる場面でオスの指示を求めたがる。このため人間の間では「妻にするなら羊人族が最適」とも言われているが、実際には群から引き離されることを嫌うため、羊人族のメスを人間が娶るのはとても難しい。また獣化不可種族のため、娶ったところで子ができないのが難点。
かつては北西大陸南東部に暮らす種族だったが、人間に征服されたり追い出されたりした歴史を持ち、現在は大半の羊人がトラモント黄皇国の獣人居住区かアビエス連合国で暮らしている。奴隷制のある国々では犬人族に次いで奴隷として使われることが多い。
◆山羊人族
山羊の頭に人間の体を持つ獣人。山羊は山羊でもカシミアヤギに近い見た目をしている。羊人族と同じく瞳孔が横向きなのが特徴。また、オスは湾曲して左右に伸びる立派な角と、長者を思わせる長い髭を生やしている。メスの角はオスに比べて短く小さい。
蛙人族と対比して「山の賢者」と呼ばれる種族で、争いを好まず、また外界との接触も持たない。現在はテペトル諸島で最も高いと言われるシポロロ山の山頂に集落を築き、ひっそりと暮らしている。
これはハノーク大帝国時代、ハノーク人が山羊人族に対して行った迫害に由来する。山羊人族は紙を食べる特殊な習性を持ち、しかも食べた紙に綴られているものを知識として取り込める不思議な力があった。山羊人族に知識を盗まれることを恐れたハノーク人たちは、山羊人を見かけると手当たり次第に捕らえ、様々な儀式で神への供物とした。「スケープゴート」という言葉は山羊人たちがハノーク人の生贄として使われていた歴史から誕生したものだという。
また山羊人族のオスの角には薬効があり、被毛も上質な織物の材料となったことから、ハノーク人はさらに山羊人を追い詰め殺戮した。絶滅寸前まで追い詰められた山羊人たちは、人間には登れない岩山の上へと逃げ込み、以来厭世思想に染まって人々の前に姿を現さなくなったという。
紙だけでなく草や木の根、苔なども食すことから、植物の少ない岩山でも生活可能。また、獣化すると岩山の登攀に特化した肉体となるため、急峻な足場も山羊の姿で軽々と登っていく。
そんな彼らの暮らす山の頂へ、万病に効くと言われる角や高値で取引される獣毛を求めて挑む人間も少なくない。山羊人たちはそうした人間が山頂を訪れた場合、書物と引き換えならば物々交換に応じるが、力ずくや狡智で奪おうとする者は容赦なく山から蹴り落とすという。
◆豹人族
豹の頭に人間の体を持つ獣人。南東大陸の岩石砂漠に、親子のみの小さな共同体を作って生活している。岩場や樹木の上など、高いところに登るのが好き。夜目がきき、足音や気配を消す能力に優れているため、盗賊や暗殺者として名を立てる者も多い。南東大陸で『砂漠の殺し屋』と言えば豹人族のこと。獣化可能種族。
しかし同じ肉食でも狼人族ほどの残虐性はなく、生きるために必要な分しか盗まないし殺さない。また群で行動することは極めて少なく、大抵の豹人が巣穴の外では単独で行動する。盗みも殺しも一人でできない者は半人前と嗤われるため、幼い頃から独立心旺盛な者が多い。また狼人族のように必要のない暴力を振るい、力を誇示したがる者は一族から目をつけられ、場合によっては制裁を加えられる。
彼らの居住地域に隣接するパルヴァネフ豊王国やアッバース首長連邦では特に恐れられる存在。通暦1450年頃には豹人族の殺し屋が首長連邦の有力首長を暗殺したという理由で、大規模な〝豹人狩り〟が行われた。連邦の首長たちは豹人族の棲み処を破壊し尽くしただけでは心休まらず、野にいるごく普通の豹まで狩り尽くしたという。この事件がきっかけで南東大陸の外へ出た豹人も多い。
◆鮫人族
鮫の頭に人間の肉体を持つ獣人。南西大陸と南東大陸の間、グランドスレプ海の中央海域に広がるアラファレ海溝に集落を持つ。海中で暮らす唯一の獣人で肉食。場合によっては人間を捕食することもあるが、一番の好物は人魚族の肉。
『鮫銛』と呼ばれる銛を武器とし、人型のままでも海中を時速50kmの速さで移動できる。獣化した場合は時速80kmもの速度で泳ぐことができ、一度見つかれば人魚族でも逃げられない。また、数km先で流れた血の匂いも嗅ぎつけるほど鋭敏な嗅覚を持ち、海賊が商船などを襲う現場に駆けつけ、海に転落した者を〝おこぼれ〟と称して海底へ引きずり込む姿が度々目撃されている。
かと言って人間と完全に敵対しているわけではなく、時折陸に上がって交易を行うことも。鮫人族の民芸品である人魚の鱗を使った日用品や装飾品は『人魚細工』と呼ばれ、美しい珍品としてかなりの高値で取引される。
ただし水中で暮らすために進化した種族であるがゆえに、陸上ではあまり長時間活動することができない。一番の原因は体温であり、鮫人族は水中で凍えずに生活するため、分厚い皮下脂肪を持っている。この脂肪を絶えず燃焼させることで体温を上げ、さらにその体温を海水で冷却することで適温に保っていることから、水のない陸上では体温が上昇しすぎて高熱を発してしまう。
これを防ぐため、鮫人は陸に上がる際、『氷蓴』と呼ばれる海藻の繊維で織った冷たい衣服を身にまとう。氷蓴の繊維から織られた生地は『溟紗』と呼ばれ、日の光に当たると冷気を発する特性がある。
鮫人はこの性質を利用して陸上での体温調節を行うが、溟紗は2~3日ほど日光を浴びるとただの紗となってしまい、冷気を発することがなくなる。鮫人は溟紗の効能が持続している間しか陸上にいられないため、水辺を離れて内陸まで移動することはできない。
また鮫人はエラ呼吸する種族であり、人間であれば肺が存在する位置に『液嚢』と呼ばれる水袋を持つ。液嚢は肺そっくりの形をしているが中は水で満たされており、鮫人族は陸に上がると、空気中の酸素を液嚢内の水に溶かして呼吸する。
しかし二酸化炭素を吐き出す際、この液嚢の水も一緒にエラから排出されてしまうため、液嚢の内の水が不足すると呼吸困難となり死に至る。ゆえに鮫人は陸上でも頻繁に水分を補充する必要があり、眠るときは海に戻るか、寝台代わりの大きな水槽が不可欠。なお鮫人は耳がヒレ状のためそこがエラだと誤解されやすいが、実際のエラの位置は胸部両脇。
ちなみに鮫人と人間のハーフは『半魚人』と呼ばれ、人間に近い姿でありながら鮫肌と背びれ、頭びれ、耳びれを持つ。また呼吸方法もエラ呼吸だが、純血の鮫人ほど厚い皮下脂肪を持たず、陸上での生活には適するが水中では凍えてしまう。このため鮫人たちからは「一族の成り損ない」と蔑視され、また陸上で生きるにも大量の水を必要とすることから、人間たちにも厄介者扱いされる場合が多い。
◆鰐人族
鰐の頭に人間の体を持つ獣人。かつてはグアテマヤン半島南部に棲息していたが、半島の統一を掲げた太陽神の神子タリアクリとの戦いに敗れ、棲み処を追われた歴史を持つ。現在は無名諸島の最東端にあるブワヤ島に棲息。移住に伴い、元々ブワヤ島で暮らしていた人間の部族を追い出したため、現在も無名諸島の先住民たちからは激しく疎まれている。
『牙笏』と呼ばれる短槍を武器とし、竜人にも劣らぬ硬い鱗で全身を鎧っているが、動きは鈍重。このため陸上では竜人に敵わないと言われているものの、手足についた水かきのおかげで水中での機敏さは竜人に勝るという説がある。さらに竜人と違って獣化が可能なため、水中から飛び出して噛みつき、そのまま水底へ引きずり込むという戦術を得意とする。
食事は丸呑みが基本であり、ときには人間を喰らうことも。無名諸島に暮らす先住民の中には、鰐人族に生贄を捧げることで縄張りを守ってもらっている部族もいる。グアテマヤン半島で生活していた頃には、半島の住民にとって最大の脅威である大蛟を唯一恐れなかった種族であり、アムン河ではしばしば大蛟を狩猟の対象とする鰐人族の姿が見られた。
しかし強靭な肉体と凶悪な見た目を持ちながら、基本的にはのんびりした種族で昼寝や日光浴を好む。繁殖形態は卵生。
獲物を丸呑みにする際、涙を流すことで知られるが、食事時の涙は涙腺が圧迫されることから起こる生理反応であり、間違っても感傷からくる涙ではない。このため無名諸島で暮らす人間たちは嘘泣きや泣き落としのことを「鰐人の涙」と揶揄する文化を持つ。
◆兎人族
兎の頭に人間の肉体を持つ獣人。非常に俊敏で驚異的な跳躍力を持つ。また、数いる獣人の中でも特に優れた聴覚を有し、100m先で針が落ちた音さえ聞きつけるという。
その分警戒心が強くいざというときの逃げ足も早いものの、草食系獣人の中では珍しく好戦的。特に白い体毛に赤い目を持つ白兎一派は陽気だがいささか喧嘩っ早いきらいがあり、温厚で臆病な性格の者が多い黒兎一派とは衝突が絶えなかった。
このため2つの派閥は対立し、現在は銘々別の土地に居住している(白兎一派はアビエス連合国南部の白兎連穴郷、黒兎一派はパルヴァネフ豊王国の黒兎自治領が主な集落)。白兎と黒兎が親しく交わることは今も固く禁じられており、白兎は黒兎を「垂れ耳野郎」、黒兎は白兎を「赤目野郎」と呼んで互いに蔑み合っている。
なお白兎と黒兎が棲み処を分けるに至った直接の原因はシャマイム天帝国による侵略戦争であり、徹底抗戦を唱えた白兎一派が無血降伏を望んだ黒兎一派を父祖の地から追い出したことが発端となった。しかし白黒対立の歴史は神世期まで遡ると言われ、両者は神話の時代から諍いが絶えなかったという。
これを見かねた境界の神パトゥアはある日、いつものように口論していた両派の始祖の前に現れ、双方の言い分に理があることを説いた。その上でどちらがより優れているのかはっきりさせようと、ある提案を持ちかける。
それは満月の夜、天の最も高いところへ昇った月を、槌で叩いて先に割った方が勝ちという競争だった。エマニュエルにおいて月とは太陽の光を跳ね返す魔の鏡であり、それを破壊すれば魔物たちの力が弱まると考えられていたためである。
パトゥアの提案を聞き入れた白兎と黒兎は、兎人の誇りに懸けて互いの跳躍力を競った。そうして両者同時に月まで跳ねて、我先に満月を割ろうとしたが、月の鏡に映った己の姿を見た瞬間あっと驚くことになる。
何故なら鏡に映っていたのは赤い目をした黒い兎人と、耳の垂れた白い兎人だった。これに度肝を抜かれた二人は月を割ることができずに落下し、ついに勝敗は決まらなかった。ところが後世では伝説がひとり歩きし、白兎も黒兎も、月の表面に見える穴(クレーター)は自分たちの始祖が月を叩いた証拠だと信じている。
現代の兎人たちが戦鎚を好んで使うのはこのため。また、毎年境神の月の満月の夜には伝説にちなんで始祖の霊を祀る兎人独自の祭『玉兎祭』があり、この日、兎人たちは『スフェラ』と呼ばれる団子を食べる。
スフェラは茹でた芋を臼に入れて杵でつき、餅状に調理したもの。白兎は黒蜜やカラメルをまぶした黒団子、黒兎は白ニンジンのスープに浮かべた白団子を食べるのが伝統的。この儀式は月の鏡に映ったまやかしの恐怖を、祖先が見事克服した伝説にあやかっている。
獣化可能種族で好物はニンジン。危険を察知すると足で地面を叩いて仲間に知らせる習性を持つ。この習性は『スタンピング』と呼ばれ、モールス信号のように音の回数や間の取り方で意味が変わる。兎人たちは自慢の聴覚で遠くにいてもこれを聞き取り、同族同士で意思の疎通を図ることができる。
◆鳥人族
鳥の頭に人間の体を持つ獣人。背中には翼が生えており、人型のままでも空中を飛行することが可能。
犬人族のように同じ鳥人でも様々な見た目の者がいるが、たとえばカラス型の鳥人とフクロウ型の鳥人が交わっても〝雑種〟が生まれることはなく、子はカラス型かフクロウ型のどちらかとなって生まれてくる。繁殖形態は卵生。
鳥種ごとに部族を形成し、アビエス連合国中部にあるクルチャク鶏王国にて、鶏人族を王に戴き暮らしている。鶏王国の都ヴォルノシュチは元々鶏人族の集落だったが、鳥人族の統一と初代王の戴冠に伴って人が集まり、鶏王国で唯一様々な部族が入り混じって暮らす街となった。なお鳥人族内の主な部族は以下のとおり。
・鶏人族
ニワトリの頭に人間の体を持つ部族。鳥人でありながら背中に翼を持たず、代わりに腕から翼が生えている。このため鳥人族内で唯一空を飛ぶことができない。また他部族から「鶏頭」と呼ばれるほど物覚えが悪いのも特徴。「鶏人族は三歩歩けば恩も忘れる」と揶揄されるほど物忘れが激しく、あまり賢い種族ではない。
しかし生まれながらにして鶏冠を持ち、闘争心旺盛で王者の風格をまとっていることから一族の王にと選ばれた(単に野心がなく御しやすい存在だったから、との説もある)。
早起きで知られる鳥人族の中でもとりわけ起床時間が早く、鶏人族の街であるヴォルノシュチでは、毎朝鶏王が夜明けを告げる〝一番鶏〟の役目を果たしている。
なお見た目は白い羽毛に赤い鶏冠……という日本でお馴染みのレグホーンではなく、ベルギー産のブラケルという品種に近い。毛並みは黄金色で、朝に鳴くことも相俟って〝太陽の一族〟の異名を持つ。ただし鳥目のため夜目がきかない。
・鷲人族
ワシの頭に人間の体を持つ種族。鳥人族きっての武闘派で、鶏王国軍の中枢を担っている。見た目はハクトウワシに近い。
強靭な脚力を持ち、人型の状態であっても10kg程度のものなら後肢の爪で掴んだまま飛ぶことができる。このため戦うだけでなく空輸の面でも非常に優れた能力を有し、アビエス大戦時には敵軍の上空から大量の鉄菱や火炎瓶を投下する等の活躍も見せた。また視力も優れているため、偵察等の任務も難なくこなす。反面、内心では鶏人族を軽視しており、傲岸不遜な態度を取る者も少なくない。
・鴉人族
カラスの頭に人間の体を持つ部族。鷲人族ほどの戦闘能力は持たないものの文武両道で、武官としても文官としても活躍する。
しかし寡黙で秘密主義者が多く、ときには嘘や奸智を巡らせることもあるため、他部族から最も警戒される存在。鳥人族の詐欺師は圧倒的に鴉人が多い。
鶏人族とは対称的に夜を告げる一族として知られ、ヴォルノシュチでは日暮れ頃、鴉人族の兵士たちが鳴き声を上げて城壁の閉門を知らせる。一方、鴉人族の集落ではきらびやかな印象で知られる金糸雀人や孔雀人に憧れて、美しい装飾品や光り物を集め、それらを身につけることで着飾ろうとする鴉人も多い。
・金糸雀人族
カナリアの頭に人間の体を持つ部族。美しい黄色の毛並みと愛らしい顔立ち、そして天性の歌声を有する。他部族に比べてメスが生まれる割合が高く、歌姫や踊り子、果ては高級娼婦として活躍する者が多い。
ただし性格は奔放でワガママ。金糸雀人のメスは黙っていても多くのオスから求愛されるため、高飛車でお嬢様気質の者が多く恋愛好き。また鳥人族の中でも特におしゃべりで、口が軽いという欠点がある。
・孔雀人族
クジャクの頭に人間の体を持つ部族。鶏人族と同じく腕から翼が生えており、鶏人に次いで飛ぶのが苦手。しかしそれを補って余りあるほどの美しい容姿を有し、特にオスは玉虫色の飾り羽を持っていることで有名。オスたちはメスへの求愛として自らの飾り羽を使った羽衣を贈る習慣があり、この羽衣は人間たちの間でもかなりの高値で取り引きされる。
しかし美しい見た目に反し、毒蛇や毒虫といった毒々しい生き物が大好物。中には毒そのものの知識や扱いに長けた者もいて、孔雀人が調合する毒薬には通常の解毒剤が効かないものもあるという。
・梟人族
フクロウの頭に人間の体を持つ部族。見た目はオナガフクロウに似ている。鳥人族の中でも特に智力に優れる賢者の一族。博識だが争いを好まず、巨人樹の森にある里からあまり出てこないため、ヴォルノシュチでも見かけることは滅多にない。
鶏人族とは対称的に夜目がきき、鳥人族の中で唯一遅起き。大抵の梟人は昼過ぎに起床して日の出と共に眠る生活をしているため、朝が来るや否や騒ぎ出す鶏人族と一緒に暮らすのが苦痛なのではないかと言われている。
また、他の鳥人族と違って視野が正面にしか向かない代わりに頭が180゜回転し、首だけで真後ろを向くことができる。羽毛が非常にやわらかく、音を立てずに飛べるのも特徴。ヴォルノシュチで暮らす数少ない梟人たちは、こうした特性を活かして国の隠密活動に従事していると噂されている。
・燕人族
ツバメの頭に人間の体を持つ部族。鳥人族の中でも小柄で力も弱いが、他部族には追いつけない最速の翼を誇る。このため鶏王国では伝令や弓兵として活躍。
遥かな昔、鶏王国が飢饉に見舞われた際、飢えた鴉人が燕人族の子らを攫って食べたという事件があり、以来鴉人族のことを毛嫌いしている者が多い。
非常に子煩悩なことで知られ、鳥人族の中でも特に家族を大切にすることから、鳥人たちは仲睦まじい家庭を部族を問わず「燕の巣」と呼ぶ習慣がある。せっかちだが一途で真面目な性格の者が多い。
(※1)
死の谷とは、ラムルバハル砂漠の南部に広がる広大な岩石砂漠のこと。トラモント黄皇国の三神湖から流れ出る大河シャールーズの畔に、赤褐色の岩山が連なっている。風景としてはアメリカのグランドキャニオンに近い。
「死の谷」と呼ばれる所以は、この岩石砂漠が竜人たちの縄張りとなっていることにある。竜人は岩山の内部に穿った洞窟を棲み処としており、人間が迷い込めばたちまち彼らの〝餌〟として狩られてしまう。
よって人間にとっては足を踏み入れれば生きては戻れぬ恐ろしの谷であり、ゆえに「死の谷」と名づけられた。なお竜人族はこの谷を「モソブ・クコル」(竜語で「岩のふところ」の意)と呼称している。
(※2)
獣人狩りとは、エレツエル神領国が推奨している獣人排斥運動のこと。神領国は人間至上主義の軍事大国であるがゆえに、獣人や半獣人には人権を認めず、見つけ次第奴隷として捕獲、あるいは殺処分することを奨励している。
このためだけに占領地付近の獣人集落へ兵を進めることもあり、神領国軍に見つかったが最後、獣人たちに未来はない。事実、神領国の領地となっている北東大陸や北西大陸北部には既に獣人の住める土地はなく、かの国で生存している獣人・半獣人は奴隷のみ。
(※3)
獣人居住区とは、トラモント黄皇国の三神湖(タリア湖、ラフィ湖、ベラカ湖)の中心に位置する狭隘な土地を指す言葉。
ポヴェロ湿地を中心とするこの土地は獣人のみが暮らすことを許された獣人たちの楽園であり、黄皇国とも不可侵条約が結ばれている。現在獣人居住区内に定住している種族は蛙人族、地鼠人族、牛人族、猿人族、犬人族、羊人族の6種族。大半の種族はエレツエル神領国の獣人狩りを逃れて流れてきた者たちであり、これを元々の住人である蛙人族が受け入れ、中心となって束ねている。
なお区内で暮らす獣人たちはこの土地を「ビースティア」と呼び、好んで外に出たがる者はいない。また黄皇国側も滅多なことでは関わりを持とうとしないため、そうした棲み分けが迫害を生まない代わりに接触の忌避、ひいては互いの〝無関心〟の原因となっている。