エマニュエル創世記
(第一節)
かつてエマニュエルは、見渡すかぎり何もない『無』であった。
されどあるとき、一羽の聖なる鳥が飛んできて、咥えていたいのちの種を『無』に撒いた。種は芽を出し、すくすく育ち、やがて青い葉を繁らせる大樹となった。
のちの世の人々はこの鳥を《始まりの鳥》と、いのちの大樹を《天樹》と呼んだ。
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(第二節)
あるときネスが、エッツァードの天辺に巣をかけた。ネスはその巣で産卵し、昼も夜も離れず、大切に卵をあたためた。
ところが卵が生み落とされてから四日目の朝、どこからともなく流れ矢が飛んできて、ネスのつばさに突き立った。ネスは痛みにおどろき叫び、暴れた拍子に巣から卵を落としてしまった。
落ちた卵は無惨に割れた。ネスはこれを悲しんだ。そこでネスが涙をながすと、右眼の涙から《白きもの》が、左眼の涙から《黒きもの》が生まれた。
そして腐った卵からは、やがて瘴気が立ち上ぼり、原初の魔物《魔王》が生まれた。ガロイは世界のみなもとである天樹を奪い去ろうとしたが、《白きもの》と《黒きもの》に阻まれ、地の底へと追いやられた。
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(第三節)
《白きもの》と《黒きもの》が交わると、《大いなるイマ》が生まれた。
《大いなるイマ》は《白きもの》と交わり十一の子をなした。
《大いなるイマ》は《黒きもの》と交わり十一の子をなした。
ところがある日、《白きもの》と《黒きもの》はイマを奪い合って争い始めた。
《白きもの》は《黒きもの》の十一の子を引き裂いた。
《黒きもの》は《白きもの》の十一の子を引き裂いた。
引き裂かれた子らの血が降りそそぎ、海をつくった。
肉は大地となり、骨は岩となり、髪は川をつくった。
このとき二十二の子らは肉体をうしない、魂をも二つに裂かれた。これによって月が生まれ太陽が生まれた。夜が生まれ朝が生まれた。闇が生まれ光が生まれた。
されど《白きもの》と《黒きもの》の争いはやむことがなかった。
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(第四節)
長い長い争いが続き、《大いなるイマ》は悲しみの涙をながした。イマの涙がはじけると、エッツァードの実に宿り、煌めける星となった。
イマがさめざめと泣き続けるので、天界は星で溢れた。溢れた星は地上へと降りそそぎ、光の中から人が生まれた。
星から生まれたものたちは純真であり無知であった。ゆえにイマと二十二の子らは、かれらに智慧とめぐみを与えた。人々は生きるために寄り集まり、町を築き、国を築いた。かれらの無垢なるふるまいはイマを大いになぐさめた。
しかしあるとき、魔のものたちの始祖たるガロイが、人々の間に不幸をまいた。欲望をまいた。憎しみをまいた。人々は争い始めた。
イマはこれをいたく悲しみ、ついに天界から身を投げた。飛び散ったイマの肉が獣となり、草木となった。魂は天高くへ昇り、ひときわ輝ける星となった。
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(第五節)
二十二の子らはイマの死を嘆き悲しんだ。かれらはやがて手を取り合い、母を苦しめたすべてのもの、それらを取りのぞくべく戦いを起こした。
子らの怒りを恐れた《白きもの》と《黒きもの》は、魔王ガロイと手を組んだ。子らは地上の人々を導き、みずからと共に戦わせた。
長きに渡る戦いのすえ、二十二の子らは《白きもの》と《黒きもの》、そしてガロイを打ち倒した。されどガロイが最期に放った呪いによって、《白きもの》と《黒きもの》の屍が溶けて混ざり合い、灰色の雲となって世界を覆った。
灰色の雲からは灰色の雨が降りそそいだ。この雨を浴びたものは灰と化し、やがてかたちを失って、くずれてしまう死の雨だった。
世界は死と嘆きで満ち溢れた。雨は五日間、やむことなく降り続けた。
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(第六節)
《嘆きの雨》により世界が死に瀕したとき、二十二の子らと人々は天に祈った。長きに渡る戦いで傷ついた二十二の子らには、降りしきる雨を止めるちからが残されていなかった。
すると天のはるか彼方、輝ける星となったイマの魂がこれに応え、死の雨を降らせる雲をはらった。《大いなるイマ》の慈悲によりて、世界は再び朝を迎えた。《嘆きの雨》が降り始めてから、六日目のことだった。
人々は大いによろこんだ。始祖たるガロイを失った魔のものたちは、聖なる光の前に退散し、裂け目をくぐって地の底へ戻った。
傷ついた二十二の子らは、残されたわずかなちからを解き放ち、死んだ大地を甦らせた。そして目覚めの約束を交わしたのち、再生した世界を人々に託し、深く永い眠りについた。
これが、エマニュエルのはじまりである。