005話 偽りの答酬
永禄十三年(1570年)四月 【上野国 沼田城】にて
小一時間ほど目の前の上杉謙信を説教してやりたいなんて考えていたら当の本人から声をかけられた。
「三郎、遠慮せずともよい、もそっと面てを上げよ。儂とそなたは親子になるのだからな」
「はっ」
では遠慮なく。
両脇に並ぶ上杉家の武将達から品定めの視線が突き刺さる。穴が開いちゃいそうだ。
「三郎、そちは上杉に来て何を望む?」
おやまぁ、それはまた答えにくい質問を投げかけて来るものだ軍神様も。
そんなものは養子というの名の人質で来たんだから北条と上杉の和に決まっている。
だが、敢えて聞いてきたんだからそんな答えには満足しないだろう。
俺をお試しか軍神様は。
まぁ建て前に本音をちょっぴり混ぜてテキトーにお茶を濁すか。
「北条宗家の血に連なる者としては、北条と上杉との和であり関東の静謐にございます」
ここで一息間を入れた。
「……なれど三郎個人としては根を張る場所ができればと思っております」
「根を張る場所とな?」
「はい。某は幼少の砌に寺に入れられ、その後は武田へ人質として送られ、戻って来てからは小机の城主となりました。そして今ここにいます」
声に毛一筋程の不満や怒りといったものがこもらない様に気をつけた。
卑屈な男と思われてはいけない。
何事も前向きに。前向きに。人には卑屈なのを嫌う者もいるからね。
「北条宗家の血を引く以上、余人とは異なる道を歩む事に覚悟はできておりますし不満もありません。
ただ、某のこれまでの人生が、まるで春に飛ぶ蒲公英の種のようにふわふわと浮つき飛ばされてきたのもまた事実。
何よりも、これまでは北条宗家の血を引く者としての価値はあっても、某個人の力を試す場はありませんでした。
できますれば飛ばされるのもこれで終いとなり、上杉家にて根を張り己が力を試して生きていければと願っております」
そう言って頭を下げた。
おっ周囲からの鋭い視線が和らいだ。
まぁ元服を済ませているとはいえ、まだ十代の若造がこれまで親に顧みられず幼少の頃からあっちこっちをたらい回しにされて来たとも知れば、ちっとは同情心もわくか。
「そうか。では我が家にしっかりと根を張るがよい」
軍神様が柔らかい表情でそう仰った。
どうやら答えに満足したらしい。
第一関門突破かな?
まぁこれからが問題山積みだろうけどね。
「はっ」
と応え再び軍神様に頭を下げる。
そうさせてもらうよ。北条に帰りたくない俺には、もう他に行く当てもない事だしね。
ただし「御館の乱」で死ぬのは御免蒙るけど。
【つづく】