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025話 春告げ魚

 元亀二年(1571年)三月 【越後国 春日山城】にて


「獲ったどぉーーーーー!」

 思わず雄叫びを上げた。


 えっ? そのネタは飽きたって? まぁそう言わずに、何度も使いまわすのが芸人という者じゃないか。

 えっ? 俺は芸人なのかって? 魂の半分は芸人さ。残り半分はオタだけどね。


「殿! お見事です!」

「これは大きい!」

「素晴らしいですな、某も次こそは!」

 供の者達が褒めちぎる。


「そうだろう。そうだろう。

運は我にあり! 釣り竿はこの手にあり、釣果は足元にあり。

いつも魚の心になりて釣りをするべし。

釣れぬと思えば釣れ

釣れると思い釣りをすれば必ず釣れぬものなり!」

フハハハハハハハハハハハ!!

フハハハハハハハハハハハ!!


 景虎、得意になっております。舞い上がっております。調子に乗っております。

 いやぁ元ネタは義父上(謙信)のお言葉だけどね。

 春日山城の壁に書かれているものだよ。


「運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり

いつも敵を我が掌中に入れて合戦すべし。

死なんと戦えば生き

生きんと戦えば必ず死するものなり」


 1990年に制作された映画で、上杉謙信がこのセリフを言っているのを見た時は胸にくるものがあったね。

 

 と、まぁそんなわけで、現在、越後の海にて磯釣りの最中です。


 釣れております。ガンガン釣れております。

 現代の時代も含めて過去に釣りをして、こんなに釣れた事は一度もありません。


 あぁー現代で最後に釣りをした時の事が思い浮かぶ。

 あの釣りスポットの◯◯◯の防波堤で釣りをした時、数時間経っても全く釣れなかった。釣果は0だった。

 それなのに後から来た小学生ぐらいの子供が、俺の横で釣り竿も持たず、ただ糸に重りと浮きと餌をつけた簡単な仕掛けで大きなメジナを釣り上げたのを見た時は正直、ショックだったよ。


 俺のこの釣り竿と仕掛けは何なの? フィッシング・ベスト着て、偏光グラスかけて、釣り用のクーラーボックス持って、それなのに1匹も釣れない俺って何なの? って心の中で泣いたよ。

 俺はあの時、悟ったよ。

 弘法筆を選ばず。

 物と恰好じゃない。何事も腕だって……

 テクノロジーよりテクニックだって……


 しかーーーーーし、もうそんな黒歴史など記憶の遥か彼方に消え去ったわ!!

 フッハハハハハハハハハハハハハハハ!

 見よ、この釣果を!!

海水を入れた桶の中に釣った魚が泳いでおるわ!!

 フッハハハハハハハハハハハハハハハ!


「江戸の仇を長崎で」ならぬ「◯◯◯の仇を越後の海で」になったわ!

フッハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!△×◇■!

 い、痛い!

 そっくり返って笑っていたら今、腰がグギッていった。グギッて、痛たたたたたたたたたたたたたた……


【暫くの間お待ちください】



 ぜーはー、ぜーはー、あぁ痛かった。

 ぎっくり腰になるかと思って焦った。


 さて、そろそろ行きますか! 御館へ!

 義祖父の上杉憲政様の住んでる御屋敷だよ。

 

 良い魚が釣れたからね、ご機嫌伺いも兼ねて、珍しい料理を御馳走しよう。

 既に供の者を一人、御館に走らせた。お昼に是非、()つ国の料理を御馳走したいとね。

 海から御館までは歩いて20分とかからない。


 御館に着いて台所を借りた。

 まぁ俺の様な身分の者が料理なんてするもんじゃないんだが、そこはそれという事で……

 御館の台所頭(料理人の責任者)が、何とも言えない顔をしていたけど、見ないふり、見ないふり。


 さて、この魚の取り扱いにはとても気を付けなくちゃいけない。

 釣った時から供の者にも扱いには気を付けさせた。

 そうしないと味が落ちる。

 何しろ(さわら)だから。


 瀬戸内では春に岸に寄って来て産卵するというので、春を告げる魚「春告げ魚」と呼ばれたりする。

 

 この鰆、身割れしやすい。簡単に言うと筋肉がもろい。だから手荒に扱うと身の締まりが悪くなる。

 そうなった場合、焼き魚にするのなら問題は無いけれど、刺身にするとグニョグニョで、それ相応の美味しさでしかない。

 だが、しかし……


 釣った時から丁寧に扱い、身割れしないようにして、刺身にした時は正に絶品!!

 別物となる。

 某グルメ漫画では、その美味さを大間の本マグロや青森の天然ヒラメ、佐世保の天然紅葉ダイに匹敵すると主人公に言わせてたよ。


 そんなこんなで料理ができました。



「そちの働きはよく耳に入る。上杉家のために色々としておるようだの」

 義祖父の上杉憲政様が上機嫌でそう言う。


 俺がご機嫌伺いに来たのが嬉しいのだろう。

 ご機嫌伺いに来た時はいつもこんな感じだ。

 凋落し関東を追い出された身故に、自分を敬ってくれる者がいるのが嬉しいのかもしれない。

  

「若輩者ゆえ大した事は出来ませぬが、できるだけの事をと思っておりまする」

 そう言って頭を下げた。


「うむ。その心掛け。良きかな、良きかな。

して、今日は何やら珍しい料理を食べさせてくれるとな?」

 にこやかな顔でそう言う。


「はい。()つ国の調理法を少々知っております故、それを食していただければと」


「うむ。楽しみだの」


「では、早速」

 そう言ってパンパンと手を叩いて合図した。


 侍女達が膳を持って入って来る。

 そして配膳をすると部屋を辞した。


「ほぅ、これは変わっておるの……」

 

「はい。そちらは鰆の天ぷらでございます。天ぷらは南蛮人により伝えられました。油で揚げたものにございます。醤油をちょっとつけてお召し上がり下さい」

 まだこの時代は天ぷらは普及していないから珍しい料理だよ。


「ほぅ。南蛮の……」

 そう言って義祖父様は上機嫌で箸をつけた。


「……美味いの」

 一口食べて、暫くその味を噛み締めるような表情をしてから一言そう言う。

 また、一口、また一口と止まらないようだ。


 おいおい、徳川家康みたいに天ぷらの食べ過ぎで体調崩さないでねって、そんな量は作っていないから大丈夫か。


「こちらは……」

 

「それは鰆のタタキにございます。皮をつけたまま軽く炙ったものにごいまして、西国の料理でございます」

 この時代は、まだタタキは一般的じゃないからね。

 と、言うかこの調理法は江戸時代にできたとか、明治時代にできたとか、諸説あってはっきりしない。

 まぁ、この時代にはまだ無いと思う。


「……美味いの」

 これもまた一口食べて至福、とでもいうような表情を浮かべてそう言った。


「こちらは……」


「鰆の握りずしにございます。醤油をちょっとつけてお召し上がり下さい」

 握りずしは江戸時代にできたから、当然この時代にはまだ無い。


「……」


 あっ義祖父様が目を閉じプルプル震えている。

 あまりに美味しくてもう言葉もないようだ。


「涅槃を見た……」

 暫くしてから義祖父様が一言そう言った。

 とても満足気な表情をしている。


「見事な料理の数々であったぞ景虎殿。これほど満足したのは初めてじゃ」

 義祖父様がうんうんと頷き、まだ料理の余韻に浸っている感じを見せながらそう言ってくれた。


「お粗末!!様でございました」

 そう言って頭を下げる。

 いや、本当はどこかのグルメ漫画の主人公みたいに「お粗末!!」で、行きたかったんだけど流石にそうもいかないからね。


 ともかく満足していただけたようで良かった。

 これで、俺への心象が良くなれば言う事は無い。


 これも将来への布石だよ。

 一歩一歩地道にね。


【つづく】


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