019話 形
元亀一年(1570年)十一月 【越後国 春日山城】にて
義父上が越山し上野に出陣したが、武田はそれに対し戦う事なく兵を退いた。
その為、義父上も兵を越後に引きあげた。
一見、無駄な行動にも見えるが、これで北条との盟約を上杉はきっちり守っている事になる。
そして、上野の上杉方の諸将は一安心というところだ。
今年はもう戦は無いだろう。
もう三国峠には雪が降っている。
この春日山でも雪が降っている。
まぁいつも俺は戦ではお留守番なのだが。
それはともかく、待っていたぞ! この雪を!
さぁ和紙作りの時間だ!!
越後には江戸時代の頃に「伊沢和紙」や「小国和紙」等の和紙が生まれ、雪に閉ざされる冬の農家の仕事として定着していた。
時代と共に現代では廃れてしまったけど、まだその製法を伝えている和紙工房もある。
越後の和紙製法はその製造過程での灰汁取りや漂白で雪を使う事が特色で、それにより真っ白な和紙ができる。
江戸時代から明治時代にかけて、随分と生産され越後以外にも大量に出荷されていたらしい。
それを先取りして生産するのだ。
その為に和紙製法を確立しておく。どうするかは知識と知ってはいても実際に作った事はないからね。
それをこの冬に試し確立する。
養蜂と同じ事だよ。
その養蜂の方でも蜂蜜が取れた。
まだ、それほど量は多くないけれど、この分なら来年はかなり期待できるだろう。
蜂蜜は蜂蜜として売るだけじゃない。
更にもう一つ。
蜂蜜酒にする。
蜂蜜酒を造るのに特別な材料は必要ない。蜂蜜と水さえあればいい。
蜂蜜に水を加えかき混ぜて放置しておけば自然発酵が始まり一ヶ月も掛からずに蜂蜜酒になる。
ちなみにスーパーで売っている蜂蜜では水を加えても蜂蜜酒はできない。
何故なら加熱処理で殺菌されており発酵に必要な酵母が消滅しているからだ。
だが天然の蜂蜜には酵母が含まれているから蜂蜜と水だけでも蜂蜜酒ができる。
ビタミンや色々な栄養素が入っている蜂蜜酒は健康にいい。
薬酒として売り出そうかと考えている。
養蜂による蜂蜜と蜂蜜酒、蒲公英薬、まだ成果は出ていないけど椎茸栽培も始めている。
そして和紙作り。
これで、独自の資金を作ると共に国人衆にもその製造技術を教えて恩を売る。
ようやく形になって来た。
そして別にもう一つ。
先月、俺が領主となっている村二つで弓の腕試し大会を開いた。
上位五人に褒美をとらすと言っておいたから、この数ヶ月の間一生懸命練習したようだ。
村対村の対抗意識もうまく作用したようだ。
皆かなり腕が上がっている。
こういうのは一番腕の良い者にだけ褒美を与えるなんて言ったら諦めてしまう者も出ただろう。大抵は天賦の才でそれなりに弓の上手い奴がいるものだ。村一番の弓遣いなんてそんなものだ。
だが、褒美を貰えるのが5人ともなれば「もしかすれば俺も」と思い練習にも身が入るだろうと思い、そうして見れば、まさに狙い通りの展開になったようだ。
結構、結構。
この弓の腕は後で生かす場所が出てくるだろう。
こちらも形になりつつあるというところだ。
だが、本音で言えば、鉄砲が欲しい。騎馬隊が欲しい。金で雇える兵が多数欲しい。兵を雇える金と領地が欲しい。
だが無い袖は振れない。
まぁ今はやれる事をやるしかない。
地道に手を打ち続け一歩一歩進むだけだ。
【つづく】