013話 書きまくれ!
元亀一年(1570年)六月 【越後国 春日山城 三の丸】にて
サーラサラサラー
サーラサラサラー
サーラサラサラー
…………飽きた。もう飽きたよ。とっても秋田よ。あっ違った飽きただ。
そんなつまらないボケはともかく、今、書き物をしている。
養蜂の手引き書だ。
同じものを何冊も書いている。あぁ指が痛ぇ。
養蜂で儲けるつもりではいる。
だがそれで利益を独占しようとは思っていない。
この手引書を国人領主達に渡し養蜂で儲けてもらうつもりだ。
義父上にお許しをいただければだが。
まぁ大丈夫だろう。たぶん。
国人領主達が義父上に正月の挨拶に来る時にでも渡そうと思っている。あと半年はあるな。
ところで物というのは生産量が上がれば値崩れを起こす時もある。
だけどこの日本ではまだ本格的に養蜂が始まっていない。需要と供給の関係で言えば、越後で大々的に養蜂が始まってもそうそう蜂蜜の値が落ちる事はないだろう。
建て前としては越後をより豊かにするために国人領主に養蜂の技術を伝える。
だが、本当の狙いは国人領主達に利益を与え、彼らの歓心を買って俺への心象を良くする事だ。
それが狙いだ。
何せ俺は言わずもがなだが、長年の宿敵だった北条宗家の血筋だ。色々思うところのある者も多いだろう。
これで少しでも俺への不信が減れば有り難い。
だが、この養蜂技術は手始めだ。
二の手、三の手、四の手も考えてある。
そうやって、まずは国人領主達に一方的に利益を与えまくる。
利益というのは恩でもある。
ここで、気を付けなくてはいけないのは国人領主達に利益は与えるが、それを恩着せがましくしちゃいけない。それは嫌われる行為だ。
また、媚びているとも思われてはならない。
その匙加減は気を付けなくてはね。
次々と俺に利益という名の「恩」を与えられた国人領主達はどう思うだろうか。
少なくとも悪くは思われまい。
吝嗇は良く思われないが、太っ腹な人間というのはそうそう嫌われるものじゃない。特に直接利益をもたらしてくれる人間にはね。
そもそも武士の主従関係は「御恩と奉公」で成り立っている。
主人が利益という名の「御恩」を与えるから家臣も「奉公」という名の働きでそれに応える。
義父上の下で国人領主達に俺との仮の「御恩と奉公」の関係を成立させるんだ。
まぁ下世話に言えば、まずは恩を売りつけておくという事だ。
そうやって「御館の乱」前に、国人領主達の心を俺寄りにさせておく。
それには戦場で武勇と知略を示しておく必要もあるな。
惰弱な大将についてくる者はいないからね。
ともかく気難しくて喋らない義兄、景勝くんよりも太っ腹で、利益をもたらしてくれる俺の方についた方が得だと思わせる。
そこには、勿論、それまでに利益を与え続けてくれた俺に対する「御恩」を無下にはできないという感情もあるだろう。
史実の「御館の乱」では当初、俺の側についた武将は多く有利だった。
今回の歴史では、それを更に有利にする。
そして最短の時間で最小の被害で「御館の乱」を終結させ上杉家を掌握する。
史実では武田の介入と裏切りにより景虎は敗北に追い込まれた。
今回の歴史では武田が介入して来る前に決着をつけるんだ。
……と、まぁ「御館の乱」が起こった場合はそう考えている。
あくまで「御館の乱」が起こった場合はだね。
今はまだ俺の方から戦を起こしてまで積極的に上杉家を牛耳ろうとは考えていない。
和戦両様の構えだ。話し合いで解決するならばそれもよし。
まぁこういうのは、自分だけでなく周囲の思惑もあったりするからね。どう転ぶかはわからないけど。
だが、もし上杉家を掌握できたならば……
それはまた今度にしよう。
【つづく】