012話 さぁ来るがよい!
元亀一年(1570年)五月 【越後国 春日山城からちょっと離れた山の中】にて
「あれでございますお殿様」
「よしっよく見つけた。後で褒美をとらす」
「有り難うございます」
案内してくれた下男(屋敷で働く雑用係の平民)が指さす先には立派な蜜蜂の巣があった。
これだよ、これ。これを見つけたかったんだ。
だから狩りに行ってたようなものだ。
弓の練習?
足腰強くして体を鍛える?
そんなものは建て前に過ぎんのです。それを上のもんは、じゃなくて上杉家の者はわかっておらんのです。
「おいっまずあそこに設置するんだ」
「はいお殿様」
「次はそこだ」
「はいお殿様」
「その次はそっちだ」
「はいお殿様」
義父上から任された村の男衆を何人か動員して、大工に作らせておいた蜜蜂の巣になる木箱を設置する。その数10箱。蜜蜂の巣からだいたい30メートル程離して包囲するように置いた。
どこも直射日光が当たらず風があまり無い場所だ。
今は蜜蜂の巣分かれの季節だ。新しい女王とそれに従う蜂達が新天地を目指す季節。
巣分かれは一つの巣から必ず一つの群れが出ていくというわけじゃない。
二群れや三群れの時もある。
うまく行けば、複数の群れを捕まえる事ができる。
取り敢えず設置した後は運任せ、天任せだ。
帰るとしよう。
数日後……
「よっしゃー!」
うまい具合に一つの木箱に蜜蜂の群れが住みついてくれた。
この木箱はもっと平地に近い直射日光が当たらず風があまり無く自然な花畑が近くにある場所に移動させた。巣分かれする蜂の群れは新天地を求めるために栄養をお腹いっぱいに溜め込んでいる。だから大人しい。それでも慎重にそっーと、そっーと運ばせた。
嬉しい事にそのまた数日後、また別の木箱に蜜蜂の群れが住みついてくれた。
更に数日後、また別の木箱に蜜蜂の群れが住みついてくれた。
これで蜜蜂の群を3個も手に入れる事ができた。
来年にはまた同じ場所に木箱を設置しよう。そうすればまた巣分かれする蜂の群れがやってくるかもしれない。
これで「景虎養蜂場」の始まりだ!
この時代、蜂蜜は貴重品だ。高値がつく。
まだ日本では本格的な養蜂は始まっていない。
そこに商機がある。歴史に先駆けて養蜂を始めるのだ!
元々、この時代から約600年前に越後から朝廷に蜂蜜を献上したという記録が古文書に見える。
現代でも新潟(越後)では養蜂が行われている。
ならば、この時代でできないわけがない。
さぁ養蜂で儲けるぞ!
それにブラスしてタンポポだ。
村の子供達を集めてタンポポの種を集めさせた。あの綿毛でフワフワ飛ばされるやつだ。ちょうど今はタンポポの種が飛ぶ時期だからね。飛ぶ前に子供達に集めさせる。
これで養蜂場の周辺にタンポポ畑を作る。
タンポポの種が育てば蜜蜂がいい仕事をしてくれるだろう。
それにタンポポは薬にもなる。
発熱や喉の痛み等の炎症を抑える作用がある。
今から約600年ぐらい前の平安時代に唐の薬草本の翻訳版「本草和名」が完成しており、その中でタンポポについても書かれている。
しかし、そういうのは支配者層が見れはしても一般庶民にまではその内容は殆ど伝わらない。
この時代、一般庶民はまだタンポポを薬草としては活用していない。
少なくとも越後では使われていない。
使われるのはもっと後の時代になってからだ。
先駆けて使ってあげよう。
蜂蜜の元になり更には薬にもなる。タンポポ万歳だね。
さぁ養蜂とタンポポ薬で儲けるぞ!
それでまずは独自の資金を作るのだ。
何をするにしても先立つものが無くちゃ何もできないからね。
【つづく】