010話 血、血が欲しぃ……
元亀一年(1570年)五月 【越後国 春日山城からちょっと離れた山の中】にて
「獲ったどぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「「「「おう!!」」」」
獲物を仕留めた興奮に思わず雄叫びを上げてしまった。
それに家来達が嬉しそうに応えてくれる。
えっ雄叫びが古い? 無人島生活じゃないだろって?
まぁまぁいいじゃないか。あの番組好きで欠かさず見てたんだよ。
まぁ、そんな事はともかく、今は春日山城からちょっと離れた山に狩りに来ている。
俺の他には御家人(侍の身分を持つ下級の家臣)が4人に、下男(屋敷で働く雑用係の平民)が2人の計7人での狩りだ。
それで俺の弓矢が大きな鹿を仕留めた。
ヒャッハー!! やったぜ!!
今夜は御馳走だぜ!!っていう感じ。
だって越後(新潟)の鹿ですぜ。
現代じゃあ昔に一度、新潟の鹿は乱獲されて絶滅してるんですよ。
それで一度は幻の食材になってるんですよ。
最近はどこからか流れて来たのか、実は絶滅していなかったのか、また新潟でも鹿を見掛けるようになったそうですけどね。
そんなわけで新潟に住んでいながら地元産の鹿肉を食べた事のない新潟県民の皆さんも大勢いるわけでして、そんな幻の食材をこの手で仕留め食べれるなんて……グふふふふ。
これもこの時代に生きている者の特権ってやつですかね。
でも、ただ現代での幻の食材を手に入れる為に鹿狩りに来たわけじゃありませんよ。
鹿狩りは弓の練習と山歩きで体を鍛えるという理由がありますし。
それに鹿が麓に降りて来て畑を荒らす事もありますからね、害獣駆除でもあります。
それは越後の皆さんもお分かりのようで。
だから、越後に来て直ぐにこういう事をしている俺への評判は悪くはないようです。
ふっ狙い通りさ。
他にも狙いはあるけどね。それはそのうち。
さて仕留めた鹿は……とは言ってもまだ完全には死んでなくて死にかけだけどね。
血抜き(放血)をするわけだけど、その血はそのまま捨ててないよ。
狩りに連れて来た下男の二人に命じて鹿を木に吊るし、血抜きのために喉(頸動脈)を切らせて、そこから流れ落ちる血は下に置いた陶器の壺に溜まるようにさせた。
家来がいると何もしなくていいから楽でいいや。
溜めた血は腸詰に使うつもり。
ソーセージですよ。ブラッド・ソーセージ(血入りのソーセージ)。
日本じゃああまりメジャーじゃないけれど、世界的に見ればフランスにはブーダン・ノワールという血入りのソーセージがあり、ドイツにはプルートブルスト、ポーランドのキシュカとか、まだまだ他の国にもあるわけで、血を使った腸詰料理も世界のあちこちにあるわけですがな。
ただ、日本のこの時代ではどうなんだろう食の禁忌的に血の料理は。
鹿肉はまぁ大丈夫だと思うけど。日本の肉食の禁忌の場合、狩猟で獲ったものは許されているようだけど、その血となるとねぇ。
今一つ微妙なものがあるから鹿の血を使ったソーセージは我が屋敷内の者達だけで、外つ国の料理という事でいただく事にしようかな。
鹿の胆嚢、所謂「鹿胆」は明の国で薬として珍重されているからと、御館の義祖父(憲政)に進呈しておこう。
義父(謙信)については、鹿肉食べれるのかな?
毘沙門天に帰依しているっていうけど、わからん。誰かに聞いて大丈夫そうなら鹿肉を進呈しよう。
養子から義父への初めての贈り物ってやつですよ。
これで義父と義祖父に、ちょっとでも心象を良くする事ができれば儲けものという事で。
さぁ今日はもう帰ろう。
後日、我が屋敷の料理人を指導してできたブラッド・ソーセージ(血入りのソーセージ)はジューシーで美味かったよ。
御館の義祖父(憲政)は「鹿胆」を喜んでくれた。
義父(謙信)も鹿肉を喜んでくれた。
良かった。良かった。
だが、しかし……
義父と義祖父に贈り物をして義兄には何も無いのか、と顕景(景勝)殿がお怒りらしいとの話が耳に入って来た。
あっちゃーーーーー
素で忘れてた……
【つづく】