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怪談集  作者: 武内 修司
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歩道橋・Ⅰ

ある若者が、三階建ての古いアパートに引っ越してきました。彼の部屋の前には歩道橋があり、窓には格子が嵌めてありました。ある夜、若者は、その格子を揺らす者の存在に気付き…

 歩道橋

 そのアパートは三階建ての、かなり古い建物でした。一階部分は大家さんの経営する雑貨屋で、二階以上がアパートになっていました。アパートの前には歩道橋があって、二階と同じ高さがありました。その、目の前にある部屋の窓には防犯のため格子が嵌められており、歩道橋との間隔は一メートル余りあります。

 あるとき、大学生が歩道橋に面するその部屋に引っ越してきました。学校に近くて安いのが魅力だったんですね。ただ、引っ越してしばらくの間夜中は友人宅を泊まり歩いて遊んでいたり、あるいはバイトの夜シフトに入っていたりしたので、部屋に居るのは昼間ばかりでした。そんなある日、友人達も色々と都合があって、バイトも無くて、一人アパートでごろごろしていたのですが、その夜中のことです。

 眠っていた大学生が小用のため目を覚ましました。寝ぼけ眼で用を足してもう一眠りしようとすると、窓の外から足音が聞こえてきます。歩道橋を上がってきます。それほど神経質なわけでもない彼は、気にせずに目を閉じました。上がってきた足音は、ちょうど窓の前に差し掛かりました。へ?と大学生は窓の方へ目をやりました。足音が止んだのです。つまり、足音の主は立ち止まったのです。階段を上がって一休みしているのか、とも思ったのですが、レースのカーテン越しに朧に見える人影は、一向に動き出す気配がありません。ただ街灯を背に、窓に向かって正対しています。少し気になりながら、それでもいつの間にか大学生は眠ってしまいました。

 その数日後、また部屋で一人夜を過ごす事になり、早めに床につきました。真夜中、ふと目が覚めました。外から、話し声が聞こえてきます。道行く人の声かと思いましたが、音源はもっと上です。そう、ちょうど歩道橋の上くらい…横になったまま窓のほうを見やると、やはり人影があります。格子を両手で握り何事かを小さく言い続けています。不気味な思いをしながらも、酔っ払いか何かだろうと思い、また眠りにつきました。

 次の日も、ひとり部屋で眠ることになりました。やはり夜中に目が覚めました。やけに騒々しいのです。やはり窓からです。目をやると、歩道橋に立つ人影が、掴んだ格子を揺らしています。やはり何事か呟いています。これはもう黙っているわけにはゆきません。どんな酔っ払いかと舌打ちすると大学生は起き上がり、驚かせてやろうと四つん這い状態で窓辺に行きました。不意に立ち上がり、勢い窓を開けます…大学生は呆然としました。歩道橋には、誰も居ません。窓を開ける直前まで、人影は格子を揺らしていたのに、です。手摺の陰にでも隠れているのかもしれませんが、しかし歩道橋と窓の間は一メートル余りあります。よほど腕の長い人でなければ手摺の上にかなり上体を乗り出さなければなりません。素早く隠れる事など、まず無理でしょう。あるいはよほど長身の人間だったでしょうか?窓越しの人影からは、そうは思われません。大体、そんな人間が身を隠せる場所があるとも思えません。これらの事を考え合わせ、彼が出した答えは…人影は、人ならぬ者、だった、というものでした。身も世もなく、大学生は這いずる様に布団へと戻り、潜り込んで一晩中震えていました。

 翌朝、それでも別の可能性を求めて、大学生は歩道橋の上に立ちました。どんなに体を屈めていても、到底隠れられるとは思えません。格子にも手を伸ばしてみましたが、長身の部類に入る彼でもやはり上体を手摺の上にかなり乗り出さなければ無理です。彼ほどの身長で直立したまま格子を握るためには、不自然な長さの腕が必要でしょう。そこまで確認して、彼は次の行動に出ました。

 雑貨屋に居た大家さんは、渋々、という風で話してくれました。

 大学生の居る部屋には、昔父娘が暮らしていたそうです。父は大家さんの知人で、娘さんは亡くなった母親の連れ子だったそうです。

 一度の離婚の後、再婚した父は奥さんが亡くなると娘さんを男手一つで育てたのですが、体調を崩して仕事をやめ、このアパートに引っ越して来た時には娘さんの稼ぎで生活していたそうです。大家さんは父親に恩があり、安い家賃と雑貨屋の手伝いという仕事を提供したのですが、働くのは娘さんだけで、彼は一日中ぶらぶらしては酒を飲んでいるだけでした。しかも娘が二十代になると他の仕事を全てやめさせ、外出にも規制を掛け、娘を自分の目の届く場所に置いておく様になりました。人付き合い、特に男友達等とは厳しく連絡を取ることさえ禁じました。娘さんは、それに唯々諾々と従っていました。

 そんなある日、雑貨屋に偶然立ち寄った青年と娘さんは親しくなり、やがて恋愛感情が芽生えてゆきました。しかし父親の目があり、二人で出かけることはおろか、話をすることもままならないのでした。そこで二人が取った手段とは、夜中、歩道橋に立つ彼と窓越しに会うというものでした。人目もあり、父の寝ている横で会うのですから、僅かな時間しか取れません。それでも二人は幸福でした。

 ある日、父親は娘が男と会っている事に気付き、娘を責め、青年を追い払う行動に出ました。青年は近くまでバイクでやってきて、いつもの様に歩道橋の上に上がりました。そこに父親は待ち構えており、口論から掴み合いの喧嘩になりました。そして、勢い余って青年は父親を歩道橋の上から突き落としてしまったのです。父は頭部を強打し、死んでしまいました。パニックに陥った青年はバイクに乗って逃走、異常な精神状態のまま暴走したあげく車と正面衝突し、こちらも死んでしまいました。一連の惨事の、少なくとも一部を目撃した娘は、近所に住む大家さんのところへ駆け込むと事の次第を知る限り話した後、部屋に戻り自殺未遂をしました。その後遺症で今でも入院中だそうです。

 青年は、もう部屋に彼女が居ない事を知らず、今でも歩道橋へやって来るのでしょう。


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