赤いハイヒール・Ⅰ
ある若者が働きに出る事にして、写真を撮る為証明写真機を探し回りました。道路脇にあった一台の証明写真機には、赤いハイヒールを履いた先客が居ました…
赤いハイヒール
ある若者が、働きに出ることにしました。親が仕送りを止めたい、と言ってきたのです。
履歴書を揃えるために、証明写真を撮りに出ました。商店街で見掛けたのを思い出し行ってみると、撤去されていました。仕方なくあちこち探し回るうち、夜更けに町の外れ、畑のただ中を走る道の端に幾つかの自販機と並んであるのを見つけました。近くに小さなバス停があります。若者は近付いていき、カーテンが閉まっているのに気付きました。足元へ視線を向けると、赤いハイヒールが見えます。こんな夜中に女性が、こんな寂しい所で?と思いましたが、他人の事など気にしていられる身分でも気分でもありません。とりあえず横で待つことにしました。どんな業種がいいかな、とか、職場に可愛い娘がいればいいな、など、とりとめも無い事を考えつつ、何気なく周囲を見回してみると、すぐ近くにブロック塀に囲まれた、広々とした場所があるのに目が留まりました。街灯に照らされて、塀の上から何やら細い木の板が幾つも突き出しているのに気付き、ぞっとします。卒塔婆です。墓地でした。慌てて視線を写真機に戻すと、奇妙な事に気付きました。赤いハイヒールが消えていたのです。周囲にも、誰もいません。カーテンは閉まったままです。目を逸らしていた時間はほんの僅か、一分もありませんでしたし、だいたい目の前を人が通り過ぎればどんなに鈍感でも気付く筈です。それに撮った写真はどうしたのでしょうか?取り出し口を見ても、そもそも現像している様子がありません。不審な事ばかりです。それでも、不審事の詮索より用件を済ます事が先決と、とりあえず空いたものとみなし、そろそろとカーテンを開けました。中に…誰もいません。そそくさ、と中に入ると椅子の高さを調節し、コインを投入して音声に従い撮影されるのを待ちます。フラッシュが焚かれる直前、正面のガラス部分に自分以外の何かが写り込んだ気がしましたが、フラッシュが焚かれた後は、別に何もありません。外に出て、写真が現像されるのを待ちます。三分たって取り出し口に出てきたそれを見るや、若者は意味不明な叫び声をあげ放り出し、走り去ってしまいました。
写真には、四つの若者の同じ顔が映っているのですが、四コマ漫画の様に、女性が背後から顔を出し、若者にしなだれかかる様に両腕を前に回してくるところまで焼きついていたのです。赤い服を着たその女性は、血塗れでした。
どういう道順で戻ってきたのか判らないのですが、若者はアパートの前にいました。心臓は今にも破れそうで、呼吸も容易に整いません。暫く玄関先で休むと鍵を開け、扉を開けました。明かりを点けて間もなく、そこに有り得ない物を目撃して、遂に若者は失神してしまいました。
玄関に、赤いハイヒールが一足、きちんと並んで脱いであったのです。