入りづらいファミレス
ある若者が、鉄道の一人旅の途中、とある小さな街に降り立ちました。遅めの昼食を摂ろうと街中を探し回り、とあるビルの二階に入ったファミレスを見つけました。裏口から入れ、との看板に従い、若者は裏口の階段を上がって行きました…
入りづらいファミレス
気ままな男の一人旅の途中、ある若者の体験した話です。いえ、あるいは、単なる白昼夢に過ぎなかったかもしれませんが。
初めて訪れた町で、彼は少し遅めの昼食を摂る事にしました。駅舎を出、周辺をぶらぶらしてみたのですが、夕食にはまだ早く、小さな町で準備中など食事が出来そうな店は見当たりません。喫茶店でも良いのですが、かなり空腹だったので本格的に食事がしたかったのです。
探し回っているうち、ファミレスの入っているビルを見つけました。結構な年数が経っていそうなビルの二階の窓に、有名なチェーン店の名前が掲げてあります。歩道に出された看板には、正面入り口とは逆の方向を指す矢印が付いています。裏口から入れ、という事でしょう。それに従い歩くと、階段がありました。狭いそれを上がってゆくと、アルミ製の安っぽい扉がありました。壁一面がアルミ製です。扉には、何も示されていません。到底ファミレスの入り口とは思えません。が、男は扉のノブに手を掛けました。ノブが回り、扉は開きました。 ブラインドが下りているのか中は暗く、よく判りません。ただ、酷くがらんとしているのは判ります。到底営業中とは思えません。周辺を窺っていた男は、奥の方に僅かに開かれた扉があるのを見つけました。そこから光が漏れています。仕切られた個室の様です。好奇心に勝てず、男はそちらへと進んで行きました。
扉を開き、中を見回した男は、腰砕けになりました。壁際に、人が立っていました。しかし、それは自力で立っていた訳ではなかったのです。壁のフックに掛けられた縄の輪に首を通していたために、マリオネットが足を前方に投げ出し座った様な状態になっているのでした。足の下に、椅子が倒れています。中年の男性です。自殺でしょう。
立ち上がる事も忘れ、放心していた男は、這う様にしてその場を離れました。転がるように階段を下り、ビルの外に出ます。呼吸を整えつつ、体中の埃を掃ううち、尻ポケットの財布が無い事に気付きました。あそこに落としてきたのでしょう。拾ってこない訳にはゆきません。暫し躊躇した後、男は再び階段を上がってゆきました。
狐につままれた、とは正しくこの事でしょう。彼の目の前には、ファミレスのガラス扉がありました。周囲を見回してみますが、他に扉はなく、上へ行く階段はシャッターで上がれません。しかし、ガラス扉の前に彼の財布が落ちており、自分がここに来た事を物語っていました。しげしげと財布を眺めているうち、自分が空腹なのを思い出し、入りました。
食事中、ぼんやりとあの事について考えていました。あの階段を上がってきたら、ファミレス前にしか来ようがありません。シャッターを上げた記憶もありませんし、かなり雰囲気が違っていた気もします。とにかく、何もかも謎のままです。
食事を終えビルを出ると、男は正面入り口へ回ってみました。階段を上がってゆくと、二階への入り口は防火扉で閉じられています。雰囲気も違います。
男はそそくさと町を後にしました。