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怪談集  作者: 武内 修司
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誰かの声

ある初老の男性が高校生の頃の話です。当時、少人数で同人誌の様なものを作成していた彼は、小説を書いていました。ある時、小説の舞台として廃工場に決めた彼は、近所の閉鎖された工場へ、フィルムカメラとラジカセを持って取材に向かいました…

 誰かの声

 ある初老の男性が、まだ若かった頃の話です。

 高校生だった彼は、同人誌作りに夢中でした。小説を書いては、同好の士の内輪で発表していました。

 あるとき、小説の中で主人公が複数人のやくざと大立ち回りをする場面を書く事になり、その舞台を工場に決めました。近くに参考になりそうな廃工場があったのです。そこは結構な広さがあり、失火して閉鎖されましたが、建物はほぼそのまま残っていました。

 当時はビデオカメラも無く、ICレコーダやデジタルカメラももちろんありません。フィルムカメラと小型のカセットテープレコーダを持って出掛けました。雨垢に汚れ、赤錆の浮いた鉄板や鉄骨が剥き出しの設備や罅割れたコンクリートの建物など、うち捨てられた場所なのだと主張するそれらの中に、ひときわ目を引く建物がありました。壁の黒く煤けた、平屋の倉庫でした。

 彼は手当たり次第に工場内をカメラに収め、カセットテープに自分の感想や情景描写、思いついた構想等を気ままに吹き込んでゆきました。アクションシーンの構想を大まかに纏めたあと、帰る前に焼けた倉庫に立ち寄る事にしました。

 倉庫内はガランとしていて、特に何もありません。焼けた鉄骨や屋根材等が散乱しています。見上げれば、屋根に大きな穴が開いています。火事の際、引火した化学物質が爆発、周辺に有毒物質を撒き散らし、何人かその被害者が出たと言います。その損害賠償や立ち退き運動などの盛り上がりもあって、工場は閉鎖に追い込まれたと言います。

 倉庫内も一通り撮影し、その様子等を吹き込んだあと、彼は家路につきました。その日のうちに写真を現像に出し、吹き込んだ内容を文章として纏めようと思っていました。

 最初のうち、彼はその音に気を止めてはいませんでした。カセットテープに刻まれた自分の声を聞きながら、その場所の情景を思い出しつつ文章に纏めてゆきます。その背景に、誰かの声が小さく入っていました。何人分か混じっている様でした。工場周辺の住人か、通り掛かりの人の声だと思っていました。あちこち移動しながら吹き込んでいるのですが、やはり人の声は入っていました。大きくなったり、小さくなったり、同じ人々の声の様に思えました。叫んでいる様な、怒鳴っている様な、そんな有様が判る様になってきます。やがて、あの倉庫へとやってきました。その録音部分を聞いて、彼は椅子から転げ落ちました。先程までのと同じであろう声が、かなり鮮明に記録されていたのです。悲鳴や『危ない!』、『消せ、消せ!』、『逃げろ!』といった怒号等が入り混じっています。それはまるで、その人達が眼前に居たかの様です。もちろん彼の近くに人など居なかったのですが。では、声の主はどこに居たのでしょうか?

 彼は停止ボタンを押すと、カセットテープを取り出しケースに仕舞いました。手近にあった封筒に入れ、鍵の掛かる引き出しに放り込むと鍵を掛けました。

 後日、現像の上がってきた写真を引き取り見てみたのですが、妙な赤い光が映っているものが何枚もありました。中でも酷かったのは倉庫内で、赤い光のほか何も映っていない様な状態でした。そのような光源は有り得なかったので、これはフィルムの異常か現像ミスか、さもなければ超常的な原因しかないでしょう。他の写真はきちんと、多少おかしいところはあっても写っているのですから、超常的な原因が濃厚です。

 何日か悩んだ挙句、彼は近くのお寺に写真とテープを持ってゆき、訳を話しました。住職は話を聞き終えたあと、全て引き取ってくれたそうです。

 後日聞いた話では、あの火事のさい消火活動に当たっていた従業員が何人か亡くなったそうです。

 結局、彼は舞台を変えて小説を完成させました。

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