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文京区国際テロ組織襲撃事件 その3

「『箱舟』と呼ばれている国際過激派宗教テロ組織は、『幻想世界観測説と情報生命体理論』によって世界が激変する中、神話資源を狙って活動を活発化させています」


 柏原研究所の一室を借りての打ち合わせの半分はここにはおらずTVモニターでの参加である。

 会議そのものを主導しているのは、モニターの中の男性で警視庁警備部特別警固課課長の冴島仁警視。

 荒事専門の組織犯罪対策部からこちらに栄転なのか左遷なのかは知らないが、見た目はヤクザにしか見えない。

 それで口調が丁寧なのだから、どこかシュールさを漂わせる。


「彼らの組織の名の通り宗教母体は旧約聖書から来ており、来るべき大洪水に向けて箱舟を造るという団体の成れの果てです」


 彼らの暴走も『幻想世界観測説と情報生命体理論』によって始まっている。

 彼らの神が存在する可能性と彼らの神が大洪水を起こす可能性がゼロではない事が証明されてしまったからだ。

 そして、その暴走が手段と目的を逆転させた。


「彼らは彼らの教義によって大洪水を意図的に起こし、自らを選ばれた民とする事を目的にしています。

 その為に神話資源を狙っており、おそらくその目的は彼らの神の復活とそれによって起こされる大洪水でしょう」


「迷惑極まりないな」


 冴島警視の説明に上総君茂がぼやく。

 その声をマイクが拾ったらしく、冴島警視の視線が上総君茂の方に行く。


「何か?」

「失礼。続けてくれ」


 警視クラスとなると、上総君茂をただの賞金稼ぎと侮らない。

 彼らが現役の時に一緒に現役で、足を引っ張ったり引っ張られたりしたのだ。

 それを忘れる人間が、上になんて上がれる訳が無い。

 冴島警視はモニターの中で携帯端末を操作して、会議参加者に資料を送付する。


「『箱舟』指導者の名前は現在でも不明。

 構成員についても多くは分かっていませんが、環境保護団体や人権団体を隠れ蓑にかなりの数の支持者が居る事は確認しています」


 テロリストグループの構成員がこの手の団体が食い込むのは、彼らが『正義』と『暴力』を提供してくれるからだ。

 自分の達がやっている事は正しい。

 だからこの暴力は正義である。

 その大義名分を与え続けているからこそ、各国の警察は『箱舟』の全容に迫れていなかった。

 あくまで、発生したテロは彼らに正義を植え付けられた団体の暴力であり、事が終ってはじめて箱舟の陰が見える。


「とはいえ、今回のケースでは天衛警備保障より、情報提供を頂きました」


 冴島警視が話題を隣のモニターに振る。

 そのモニターには、つい先ごろ見た顔が映っていた。


「天衛警備保障総務部庶務課課長の乾和輝と申します。

 我々の方でも『箱舟』そのものの情報はまだ掴んでおりませんが、武器流通の流れからある程度の人員を推測する事ができました」


 乾和輝がモニターの中で携帯端末を操作して、会議参加者に資料を送付する。

 この手の武器流通を担っているのは、大陸から流れてきた中華系マフィアであり、幹部連中を買収する事である程度の情報を入手する事ができた。

 こんな手は警察組織では使える訳が無い。


「警視庁のお膝元で湾岸警察が出張る案件なので、必然的に重武装が求められます。

 重火器類と軍用ドロイドの注文を確認しています。

 軍用アンドロイドも手に入れたかったみたいですが、入手はできなかったみたいです」


 いけしゃーしゃーと語る乾和輝の言葉を聞きながら上総君茂は心の中で苦笑するしかない。

 先の木更津中華街の事件で軍用アンドロイドとドロイドを買いあさったのが彼だったからだ。

 おそらく、それを『箱舟』に放出したのだろう。

 ヤバイ軍用アンドロイドではなく、軍用ドロイドだけ渡すあたりがすばらしい。


「そこから推測されるテロリストの予想人員ですが、軍用ドロイドが六体、重火気が一個小隊規模。

 移動用ワゴン車は三台から五台と考えており、現在、それにあわせて文京区周辺の民間監視カメラを利用して、彼らの潜伏場所を探しています」


 物が物だけに高天原ホールディングスの本気は凄く、企業警察の指揮系統を統一する為に天衛警備保障の人員を各企業警察に出向させる業務提携まで結んでいた。

 それは、そこまでしても情報が漏れた『箱舟』の脅威を一番思い知っているからなのだろう。


「今回の目的は、研究成果を箱舟都市に送り届ける事です。

 その為、クライアントの意向もあり、この件は第一級警護案件として湾岸警察が指揮を執ります」


 モニターの中に居る生田省吾上級警部の宣言に冴島警視の視線に怒気が見える。

 『上級警部』が『警視』を差し置いて指揮を執るなんて警察階級の序列崩壊で現場がどれだけ揉めた事か。


「クライアントの意向ならば仕方ない。

 だが、テロリストの捜査と逮捕はこちらが主導して構わないですな?」


 冴島警視の物言いに今度は生田上級警部の顔が引きつる。

 湾警の存在意義は『警護』にあって『捜査』や『逮捕』では無いのだ。

 つまり、護衛対象の警護は湾岸警察が握り、テロリストと戦闘が発生した場合、現場指揮権は警視庁が握る。

 そういう現場の衝突で冴島警視と生田上級警部とついでに過去の上総君茂は何度も泣いてきた。


「もちろんです。

 そちらの方はお任せしましょう」


 声は穏やかに、だがモニター越しに冴島警視と生田上級警部がガンを飛ばす。

 話が進まないと上総君茂がわざと咳をして話題を強引に切り替える。


「生田上級警部。

 警備計画の説明をお願いしたい」


「今回の警備計画は地下鉄を利用します。

 深夜に大学内部の秘密通路より地下鉄駅に出て、チャーター列車で箱舟都市を目指します」 

 

 生田上級警部の説明に冴島警視が確認をとる。

 東京の地下鉄はそれ自体が迷宮で、近年は難民が寝床にするスラムが問題になっていたからだ。


「何度か乗り換える事になるが、それはどうする?」


「同じくチャーター列車を用意させます。

 目的地は羽田空港駅。

 ここからヘリ、もしくは船で箱舟都市に入ってもらう予定です」


 淡々と語る生田上級警部は、説明途中で頭をかく。

 それは上総君茂が良く使っていた手で、計画そのものがフェイクというサイン。


「柏原教授。

 我々はまだ守るべき研究成果を見せていただいていない。

 そろそろお披露目して欲しいのだが?」


 冴島警視の催促に会議室にてじっと黙って聞いていた柏原教授が立ち上がる。

 その声は、研究成果の発表というより、期待の新人の紹介という風に上総君茂には見えた。


「そうですな。

 三木原君。連れてきてくれたまえ」


 その声からしばらくしてドアが開き、三木原有実が一人の少女を連れてくる。

 その美しさはこの世の者ではないとモニターの三人ですら分かったのだろう。

 誰も何も発せない。


「これが、私の研究成果。

 人形に神を降ろした人形神様だよ」


 柏原教授の万感の声など気にする様子も無く、少女は優雅に制服のスカートのすそをつまんで皆に挨拶をしてみせた。

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