木更津中華街遺伝子ハッカー殺人事件 その4
名は体を表すのか、体があるから名がつけられるのか。
そんな例の一つが二十一世紀末の人形町である。
この街は、文字通り人形の町となっていたのだから。
その人形達の名はアンドロイドとドロイドと言う。
「邪魔するぞ」
「一応、ここ禁煙なんですけどね。
先輩」
「無害無臭煙だから気にするな」
二十一世紀初頭における禁煙運動に負けること無く、煙草は今でも愛用されている。
何もしないなら口寂しく、ガムを噛むより格好が良いという理由で上総君茂は警官の頃から口に咥えていた。
上総君茂とジェラルドの二人連れが入ったのは、個人経営の人形専門店『亜梨須』。
その店主の三木原有実はかつて上総君茂の部下だった女だ。
今は現役を引退して、趣味の人形店を開いて客が来ない日々を嘆く毎日を送っている。
その容姿を見てジェラルドが口笛を吹くが、三木原有実は気にする様子もない。
「で、こんな所にやって来るなんて捕物ですか?」
「ああ。
お前の所なら、合法から非合法までいい人形が揃うからな」
「失礼な!
ちゃんとした合法ですよ!!
……書類上は」
己自身を最高級の義体にした彼女は見た目だけは麗しい美女である。
だが、彼女が上総君茂の部下だった時、その性別は男で三木原優という名前だったのを上総君茂はジェラルドに言わないでおいてあげた。
「ちと、中華マフィアとメガ・コーポを相手にする捕物に巻き込まれてな。
戦力を用意しようという訳だ」
「相変わらず先輩は運が無いというか、厄介事に好かれているというか。
予算は?」
「一人で一千万。
二人で二千万」
上総君茂の言葉を聞いて、三木原有実は3Dモニターに次々と人形を浮かべてゆく。
自律機能が落とされているドロイドは相場として百万から入手できる。
で、人と変わりないAIを搭載しているアンドロイドはその価格が一桁上がる。
「先輩の事だから、購入ではなくでレンタルでしょう?」
「友人価格でまけてくれ」
「お断りします」
こんな会話ができるのも、二人の間に信頼があるからだろう。
なんとなしにジェラルドが尋ねる。
「こいつの警官時代はどうだったんだ?」
それが地雷だと気づいたのは二人の会話が止まったからだ。
その微妙な間を察しないほどジェラルドも愚かではなかった。
「いい先輩でしたよ」
「まあ、よくある話さ」
適度にはぐらかした話から本題に戻る。
人形が好き過ぎて、己を人形化した彼女は湾警でもトップクラスの人形遣いだったのである。
「釈迦に説法かと思いますが、ドロイドとアンドロイドを用いた戦力増強において、素人が見逃すのは足と装備なんですよね。
戦力が増えるという事はそれだけ装備を用意し、移動手段を確保しないといけない。
先輩。
ちなみに場所は?」
「木更津」
それで三木原有実には分かってしまう。
大きく実に分かりやすいため息をついてしかめっ面で愚痴る。
「それ、木更津中華街の事件でしょう?
じゃあ、中華マフィアって過激派じゃないですか!
何人兵隊出してくるか分かりませんよ。
もの一つのメガ・コーポって何処です?」
聞きたくはないが聞かないと相手の戦力分析が出来ない。
耳を塞ぎながら三木原有実は情報を要求し、ちょっとその姿が面白いなと思ったジェラルドが軽口でその企業の名前を告げた。
「ゲノムフロンティア」
「……悪いことは言いません。
先輩。
手を引いてください」
さっきまでのやり取りとは別に真顔で言い切る三木原有実に何かを感じた上総君茂が何かを察する。
聞きたくはないが、上総君茂も真顔で尋ねた。
「何があった?」
「あっこの親会社、高天原ホールディングスの警備部門である天衛警備保障が非合法の軍用ドロイドとアンドロイドを買いあさっています。
闇市場に出ていた10体全部。
うちにも来たぐらいですから、軍用ドロイドとアンドロイドは払拭していますよ。
私は断りましたが。
この体を売れって言ってきたんですよ!」
軍用アンドロイドは最大で千体のドロイド指揮能力を持つ。
だがそれ以上に厄介なのは、人と同じ姿でいながら人以上の戦闘能力を持つ隠蔽性。
装備まで考えたら、特殊部隊の小隊を雇ったと言った方がいいだろう。
ぶっちゃけると、三木原有実自身が軍用アンドロイドの義体を使っていたのだ。
それすら買いに走ったという天衛警備保障の本気ぶりが分かる。
「天衛警備保障。
たしか、ジャパニーズ・エルフ達の巣窟たる高天原ホールディングスの私設軍隊だったか?」
「ああ。
空の上の宇宙コロニー『高天原』に本社を置くコングロマリットで、ゲノムフロンティアを始めとした科学系や月面開発なんかを手がけている日本のトップ企業の一つだ。
中華内戦において身動きが取りにくい国防軍に代わって沿岸部に天衛警備保障のPMCを置いて、難民流出をなんとかコントロール下に置こうとしているから政財界の影響力も深い」
ジェラルドの質問に上総君茂がうんざりしながら補足説明を入れる。
この規模まで企業がでかくなると、湾警といえども介入されるのだ。
それを何度も上総君茂や三木原有実は味わっていた。
「引くに引けない厄介事ってな」
「ワゴン車一台。
装備付き護衛用ドロイド六体。
装備はアクリルシールドにテーザーガン。
各種センサーはもちろん装備していますよ。
湾警も採用している最新モデルです」
「今回の仕事は特殊でな。
素粒子測定センサーを使うことになっている。
物は用意するが、六体全部につけられるかまでは分からんな」
三木原有実が出した見積もりに上総君茂が注文をつける。
何しろ目指す相手が物の怪であるなんて言える訳もなく。
三木原有実が怪訝そうな顔をする。
「素粒子測定センサー。
いや、ご注文とあらばちゃんとつけますけど、何に絡んでいるんですか?
先輩」
「企業秘密ってやつだ」
「一応聞くが、非合法の武器ってのは手に入るのか?」
上総君茂と三木原有実の会話にジェラルドが割り込む。
好き好んでお尋ね者になりたくはないが、相手が相手である。
法を守ると考えるほうがおかしい。
「指紋付き指紋なし両方ありますよ。
ハンドガンから小銃、手榴弾まで。
中華様バンザイですが」
中華内戦で使用された武器の横流し品が難民と共にこの国に入り込んではや四半世紀。
表では使えないが裏社会にコネがあるのならば、この国でも銃器は比較的容易に入手できるようになっていた。
持ち主の特定を避ける為の指紋なしは言うまでもないが、指紋付きは誰が知らない大抵は非合法難民の指紋がついて事件を難民の仕業に偽装できる。
もっとも、モニターに映っていたらアウトなので、使用時には周辺のモニターをハッキングして画像を改ざんする必要があるのだが。
「俺の金でいい。
装備させてくれ。
それとドロイドと俺達二人分の防弾ジャケットと偽装IDを頼む」
「おい。
俺達は戦争をしに行く訳じゃないんだぞ」
上総君茂の抗議にジェラルドは耳をかさない。
ジェラルドは上総君茂が経験した以上の戦場から帰ってきた男だった。
そんな彼だからこそ、最悪の先まで準備する。
「重武装化著しい中華マフィアに非合法部門の特殊部隊の小隊を相手にするんだ。
これでも足りないだろう?」
そんなジェラルドに三木原有実が声をかける。
「予算内ならこんな所ですが、条件を飲んでいただければ軍用アンドロイドを用意しますよ」
「お前も一枚噛ませろか?」
「ご明察」
軍用アンドロイドってのは彼女自身の事なのだろう。
トップクラスの人形遣いがコントロールする護衛用ドロイド六体は、戦闘時において簡単には崩されない。
参加は事件関与というより、二人の身を守るためだという事を付き合いの長い上総君茂はわかってしまう。
「いいだろう。
だが、こっちも手札を晒す以上、お前も全部吐いてもらうぞ」
上総君茂の言葉に、三木原有実は一枚の名刺をテーブルに置く。
天衛警備保障の社章の横に書かれた名前がこの人形町で軍用ドロイドを買い漁った張本人という事なのだろう。
「乾和輝。
天衛警備保障総務部庶務課課長ねぇ。
最近の庶務課ってのは軍用アンドロイドを買うのも仕事ってか?」
「どう考えても、そういう部署の名前を借りた非合法部門だろうが」
名刺をしげしげと眺める上総君茂をジェラルドが茶化す。
そのまま三木原有実の方を眺めて真顔で確認を取る。
「で、そんな連中相手にあんたが加わる事で勝算があると?」
三木原有実は美女の笑顔を浮かべて、ジェラルドに事も無げに言い切ってみせた。
それが彼女の矜持であるとも言わんばかりに。
「この体を売れと言った連中に一泡吹かせられるのですから、全力でやりますよ。
俺達は正義の味方でもないんだから、中華マフィアと共倒れを狙わせます」
「三木原。
口調崩れてるぞ」
「あら私ったら。
失礼。おほほ……」
煙をたゆたわせながら本気になった三木原有実を加えられる事を喜ぶべきか、彼女を入れないとやばいと判断されたこの仕事の魑魅魍魎ぶりを嘆くべきか迷ったが、上総君茂は煙草を吸う事でその判断を保留することにした。




