文京区国際テロ組織襲撃事件 その4
深夜、地下鉄が走らなくなった時間を見計らって、移動計画は実行に移される。
大学から地下鉄までの秘密通路はかなり前からつくらられていたらしく、先行した湾警警護隊は案の定待ち伏せを食らっていた。
「こちら警護隊第三小隊!
敵勢力の攻撃を受けつつあり!
数は数人!
敵は銃火器で武装!
繰り返す!
敵は銃火器で武装!!」
「現地本部より第三小隊へ。
増援を送る。
その場を維持せよ」
「現地本部より警護隊無人第二小隊へ。
上を通って地下鉄の駅に入り、敵勢力を挟み撃ちにせよ」
「警護隊無人第二小隊了解」
「天衛警備保障より現地本部へ。
チャーター列車の用意が整った。
そちらの指示で、指定駅に向かわせる」
「現地本部了解」
「警視庁警備部より現地本部へ。
待機していたSATの投入を決定。
投入後、現場指揮を本富士署の警備本部に移管せよ」
「現地本部より警視庁警備部へ。
事前の打ち合わせ通り、戦闘中の第三小隊と増援の無人第二小隊の指揮はSAT投入後に移管する。
第三小隊と無人第二小隊は以後警備本部の指揮に従うように」
「無人第二小隊了解」
「……第三小隊了解」
大学内に設置された現地本部に並べられたモニターを眺めながら、上総君茂は懐かしそうに煙草を揺らす。
火はつけていない。
「どう見ます?
先輩」
現地本部指揮官である生田省吾上級警部は缶コーヒーを片手に呟く。
警視庁との軋轢もあるが、今は護衛対象を守る事だけを考えているらしい。
そんな後輩の成長を上総君茂は微笑んで喜び、真顔で所見を述べた。
「一介の賞金稼ぎに尋ねるなよ。
だが、俺の意見を言わせてもらうならば、罠だろうよ」
「やっぱり?」
明らかに情報が漏れている待ち伏せ。
警護隊の先行偵察は襲撃を予想していた事もあって、今の所対処できているように見える。
警察における中隊の人数は五十人で三個小隊編成。
だが、企業や富裕層の支援を受けている湾警は、これに少数のアンドロイドと中隊規模のドロイドで組ませた無人中隊を編成して警護隊につけていた。
その為、生田上級警部指揮下にある人数は、無人中隊を入れて九個小隊の百五十人となり、人間編成の小隊と無人小隊の二個小隊でコンビを組んで動かすのが基本となる。
二個小隊の指揮権を警視庁に渡し、現地本部のある大学そのものの警護を二個小隊で行うから、彼が投入できる小隊の残りは五個小隊。
生田上級警部がマイクを持って第二小隊を呼び出す。
「警護中の第二小隊へ。
現状を報告せよ」
「第二小隊より現地本部へ。
現在の所異常はなし」
罠ならばどこかに本命がいる。
上総君茂は、懐かしそうに所見を話し続ける。
「この手の警護でどうしても相手にばれるのはスタートとゴールだ。
箱舟都市内部でテロまがいの事をするのは難しい以上、スタートであるここで仕掛けるのは間違っちゃ居ない。
そうなれば、どうやってこちらを翻弄するかだが……」
「こちら大学警備中の第一小隊より現地本部へ。
不審者を発見し職務質問をしようとして攻撃を受けた!
相手は不審者二人にドロイド四体!
応援を頼む!!」
「現地本部より第一小隊へ。
無人第三小隊を応援に回す」
「無人第三小隊了解」
この報告に生田上級警部と上総君茂は苦い顔をする。
その理由である冴島仁警視の顔がモニターに映ったからだ。
「今の報告が事実なら、第一小隊と無人第三小隊の指揮もこちらに頂きたいのだが?」
「少し待ってくれ。
テロリスト掃討の指揮権移管は了解するが、ここで更に二個小隊を取り上げられるとこちらの戦力が無くなって護衛に支障が出る」
「テロリストを全て始末してしまえば問題ないだろう?」
「箱舟のメンバーがどれだけいるか分からない現状でか?」
険悪な空気になりそうだった所を、上総君茂がわざとらしく咳をして話をごまかす。
この手の指揮権争いで、警視庁をはじめとした自治体警察と湾警は激しく対立しており、上総君茂みたいな第三者の賞金稼ぎが重宝される下地になっている。
「失礼。
少し無線を借りるがよろしいか?」
「どうぞ」
上総君茂はマイクを借りて、天衛警備保障の乾和輝課長を呼び出す。
地下鉄は天衛警備保障の担当だが、羽田空港までの地下鉄での移動全てをカバーしないといけないから一番手持ち戦力が少ない。
「現地本部より天衛警備保障へ。
チャーター列車の出発だが、少し待って欲しい。
現在、警視庁のSATによるテロリストの掃討待ちだ」
「天衛警備保障より現地本部へ。
了解した。
停車駅および目的地は計画どおりで問題はないか?」
「問題ない。
そのまま現地本部の指示を待ってくれ」
上総君茂はそのままマイクを生田上級警部に返す。
「後は任せる」
「先輩。どちらへ?」
「俺の仕事は対象の護衛だ。
あのお嬢ちゃんについてやって話でもするさ。
何かあったら呼んでくれ」
上総君茂は現地本部を出る。
柏原研究所に戻ると、柏原忠道教授が心配そうな顔で出迎える。
「どうかね?」
「状況のモニターはライブで見れるはずですよ?」
「見てないのだよ。
素人が見て分かるものでも無いし、かと言ってみれば不安になる。
で、見なくともこうして君に問いただすのだから、愚かな生き物だな。
人というものは」
柏原教授の苦笑に、上総君茂は微笑で返す。
知っている人間が不安顔になるがまずいからだ。
「大丈夫ですよ。
その為に、我々がいるのですから」
上総君茂の微笑に柏原教授もおちついたらしい。
それでも、いらぬ機密を話すのは彼を仲間と思っているからだろうか。
「私は最高の人形を作りたかっただけなんだがね。
こんな大事になってしまった」
「最高の人形?
三木原が使っているのを見たら、もう人以上のものは出ているような気がしますがね」
上総君茂はポケットからライターを取り出そうとしてその手を止める。
柏原研究所は全館禁煙である。
「形はね。
動かすOSの方も人の脳をそのまま持ってくれば人と同じ事はできる。
だから思ってしまった訳だ。
『この先にできるだろう最高の人形とは何なのか?』とね」
それで行き着いたのが神様降臨である。
人の業というのは果てしなく深い。
「人形神というのは富山県の一地方に伝わる神様でね。
祀るとどんな願いでもかなうと言われた神様だ。
もちろん代償もあって、死ぬとき苦しむし、死んだ後も地獄に落ちるらしいが、今のご時勢こんな姿だと中々死ねなくてね」
柏原教授はジャパニーズエルフと化した己の体を見せ付けるように両手を広げる。
エルフと名がつくだけあって、不死ではないが不老な彼らは中々死ににくい。
「神様であれ、エルフであれ、守るのが俺達の仕事ですよ」
「待ちたまえ。
折角だから、あと一つ質問に答えてくれないか?」
去ろうとする上総君茂に柏原教授が声をかける。
彼に問いかけられた質問は中々深いものだった。
「君は神を信じるかね?」
「……貴方が呼び出したじゃないですか」
柏原教授と別れた上総君茂は、そのまま人形神が居る部屋に行く。
彼女には護衛として三木原有実がついていた。
「先輩。どうです?」
「確実に情報が漏れているな。
打つ手が的確すぎる。
そっちは?」
「別出口の地下通路の掃除は終っています」
戦闘用アンドロイドの体である三木原有実だからこそできる特技。
天衛警備保障から借りた戦闘用アンドロイド四体を指揮下に置いて秘密の臨時班を編成する。
この際、髪型等で違いは出しているが、全部人形神と同じ人形の顔にしているのは、どれが本物か分からないようにする為だ。
最初からこの大立ち回りで護衛対象を箱舟都市に送るつもりは無かった。
生田上級警部からの無言での陽動作戦指示は、かつての上総君茂の十八番で、生田と三木原が組んで護衛を送ったものである。
もちろん、いい顔をされる訳がなく、上総君茂のパートナーだった向井直美に『だから出世できないのよ』と何度嘆かれた事か。
「じゃあ、動くぞ。
俺が前に出る。
お前は護衛対象について後ろを頼む」
「二人つけます」
上総君茂の前に都内有名校の制服姿で重武装のアンドロイド二人がつく。
それを目で確認しながら上総君茂は秘匿回線でジェラルドを呼び出す。
イヤホンから流れるジェラルドの声には厄介事への不安と、事件そのものへの興味心が乗っている。
「どうした?」
「仕事の依頼だ。
ちと調べて欲しい人物がいてな」
ジェラルドの事だ。
上総君茂の絡んでいる事件についてはある程度下調べはしているのだろう。
だから、あっさりと値段が出てくる。
「三百万。
前金百万」
ふっかけているが、今回の仕事において天衛警備保障から一千万の経費用口座が与えられていた。
余れば、もちろん上総君茂と三木原有実のボーナスになるが、足が出ればそのまま二人の支払いだ。
迷う事無く即金で払う。
「分かった。
入金を確認してくれ」
少しの間に上総君茂は別のアドレスにも連絡を送る。
神様が相手ならば、内閣府情報局国内部神霊室が動いていないはずがない。
神奈世羅のアドレスに、上総君茂は人形神が『箱舟』に狙われているというタレコミを送る。
ジェラルドの感嘆の声がイヤホンに届いたのはほぼ同時だった。
「即金で三百万……天衛警備保障!?
お前、また危ない橋渡っているな?」
「そんな所だ。
で、調べてて欲しい人物は……」
今回の編成
湾岸警察警備部警護課広域警護隊 三個中隊
警視庁警備部特別警固課特殊部隊 一個中隊
天衛警備保障地下鉄警備特別部隊 大隊規模 ただし、対象地下鉄路線全域の警備の為直轄戦力は殆ど無し
国際過激派宗教テロ組織 通称『箱舟』 人数不明 分隊規模で現在襲撃中




