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アツトのジャングルジム戦争  作者: 愚かな少年
1/1

アツトのジャングルジム戦争

「二次創作」 アメーバブログ ,ラブストーリーず、 管理キーワードがわかりません。


   1、

  


 篤人≪あつと≫は今でもそのときのことを思い出して涙を流すことがある。


 三車線の国道から街道に入り、住宅街の奥まったところに篤人の通う幼稚園がある。篤人は母と一緒に幼稚園のバスを待つ間、ずっと恐怖を感じていた。

 なぜなら、バスに乗って数秒、あっ、と言う間にいじめが始まるからだ。太ももや二の腕をつねられたり、肩をこづかれたり、すねを蹴られたり。

 それからバスに乗って約十五分、篤人は苦痛に耐えなければならなかった。

 それでも毎日いじめの苦痛に耐えていた理由は、

『わが子がいじめを受けている』

と言うことで、母を悲しませるのが嫌だったからだ。

 バスの中で、どんなにいじめられても、篤人は母に真実を知られてしまうのが、バスの中でいじめられる以上に悲しみを抱いてしまうからだ。


 しかし篤人は、なぜ先生はたいして大きくもないバスの中でいじめられている自分に気づいてくれないだろうか?

 そんなことを考えながら篤人はバスの中でのいじめに耐えた。


 幼稚園につくと篤人はまるで真夏のクモやゴキブリのようにいちもくさんにバスから降≪お≫り、教室に逃げ込んだ。

 バスの中でのいじめを発見できない無能な先生ではなく、クラス全員に気を配ることのできる先生がいたからだ。

 当たり前のことだが、園児達は自分の教室以外入ることを許されていなかった。それは篤人にとってこれ以上ない救いだった。


 篤人をいじめていたのは、ひとつ年上の園児だったので、年長さんになった篤人は幼稚園最後の一年はいじめから解放される、と思っていた。

 そして、どう言う理由かわからなかったが、篤人はクラス委員長に選ばれた。どうしてか、篤人はクラスメイトから頼りにされる存在になっていた。

――どうしてぼくが――

 子どもと言うのは、あのいじめっこと同じように残酷でもあるが、その一方で鋭い感性を持ち合わせている。

幼稚園の先生が気づかなかった篤人に対するいじめを大勢のクラスメイトが気づいていてくれて、そのいじめに耐えた篤人に敬意を払うようになっていたのだ。

『敬意を払う』

 そんな難しい言葉を知らなくても、悪いことは悪い、と言う当然のルールを、子どもたちはみんな本能的に知っていて守っている。


 昼休みに、大勢の園児達がいっせいに、まるで働き蜂のようにうじゃうじゃと出てくる。

 篤人の通っている幼稚園には飛行船のように組み立てられた、ちょっと普通のものとは違うジャングルジムがある。そしてそのジャングルジムの先端≪せんたん≫の操縦席にすわることができるのは幼稚園の中で最も恐れられているやんちゃの園児と言うことが暗黙のルールとして決められていた。

 篤人はクラス委員長に選ばれたのだから、そして、一年前篤人をいじめていたヤツがいなくなったのだからジャングルジムの操縦席にすわれるものだと思って毎日のように操縦席にすわって、ハンドルを右に左にぐるぐる回して昼休みを楽しんだ。

 だが、しかし、どんなに平穏な日常にも変化はやってくる。

 例え幼稚園でもそれは変わらない。

 二、三日、雨が降って遊具で遊ぶことのできない日が続いた。

そんなある快晴の昼休み、ジャングルジムの操縦席に見知らぬヤツがすわっていた。

  誰だ?

  そうか、こいつはバスの中でぼくをいじめていたヤツのひとつ年下の弟だ。

<おい、おまえがすわるのはそこじゃねぇだろう!>

 そんな強気な口調で言葉を口にできるほどの勇気は篤人には無かった。

 今度は、ずっと、あのいじめっこの弟に操縦席は乗っ取られた。

 その次の日から、また雨の日が続いた。

<今度こそ、あいつより先にぼくが操縦席を支配してやる>。

 そう思った。

 篤人は悔やしさと悲しさを同時に抱いていた。


三日後の朝、篤人はいつも母に起こされるのだが、その朝は、違った。

「アツトー、もう朝よ」

「もう起きてるよー」

 この短い会話は初めてのものだった。

 よく眠れなかったのだ。どうしてなのかは篤人もわかっていた。

 篤人はいつも夜九時半ごろベッドに入るのだが、天気予報で、

「明日は全国的にひろく高気圧に覆≪おお≫われて快晴の一日になるでしょう」

 と言っていたからだ。

 それはすなわちあのいじめっこの弟とジャングルジムの操縦席を奪≪うば≫い合う、と言うことだ。

 しかしその日、篤人は母と一緒に幼稚園のバスが来るのを待っている間、いじめっこの兄貴≪あにき≫が卒園した今、もうバスの中でいじめられる恐怖は無くなっていた。

 トラウマからの解放だ。

 幼稚園へと向かうバスの中で篤人は、強く、決意していた。

<今日こそは、絶対>

篤人はこぶしに力を込めくちびるをかんだ。

 

 昼休みを告げるチャイムが鳴ると篤人は誰よりも早くジャングルジムに向かって走った。

 篤人は操縦席を確保した。

 しかし、そこにヤツはやってきた。

「おい、そこはおれがすわるべきところだろう、どけ!」

<早い者勝ちだろうが>

 そのセリフを口に出せない篤人。体はかすかに震えていた。

「うん」

 と弱々しい声と同時に篤人は操縦席から立ち退いた。

 ジャングルジムから降りて、人気≪ひとけ≫のない場所に急ぎ、隠れて泣いた。

 こんなことで泣くなんて……と篤人は自分を情けなく思った。でも、いつかヤツから操縦席を奪えるはずだ、自分ならできる。そう自分の中の弱い自分に、まるで呪文のように言い聞かせた。

 そして篤人は、今度こそは、ともう一度決意した。

 

 いつもそうだ。

 自分より強い相手におどされると、なぜかどうしても、自分の中の弱い自分に負けてしまい、言いなりになってしまう。まるで勝利をあきらめたマラソンランナーのように。


もし自分んが二人いて勝負をしたら、結果は必ず引き分けになるはずだ。しかし心の中の弱い自分に勝てないのは、どうしてだろう。

 それと同じように、自分より背の高いヤツや力のあるヤツと何かを争うことになると、心の中からわきおこってくる弱い自分には負けてしまう。篤人の最大にして最強の敵は、他の誰でもなく、自分自身の弱い心だ。

 例え幼稚園児であろうろも、男にはプライドがある。それを知っている篤人だったが、篤人のプライドは、いつも、恐怖の前に怖気づいてしまう。

 いつもいつも同じことの繰り返しだ。


 操縦席を占領されて数日がたった。その頃から篤人は、何か、どこからか、微かな視線を感じるようになった。

 その視線は日を追うにつれ多くなっていくように思えた。いや、感じられた。その多くの視線は新たないじめっ子の視線に感じられ、篤人はますます恐怖におびえるようになった。それでも篤人は奮起した。

<今度こそ今度こそ、絶対明け渡さないぞ>

「おい、そこはオレのすわる席だ、どけ、バカヤロー、いつも言ってるだろうが」

 篤人はその声で体中が震≪ふる≫えたが、ふり返って

「違う、ここはぼくの席だ」

「なんだと?」

「聞こえなかったのか? ここはぼくのすわる席だ!」

「なんだと?」

「聞こえなかったのか? ここはぼくのすわる席だ、おまえの席じゃ……どうしてぼくが………

 篤人のセリフが終わるより先に篤人は殴られた。鼻血がでた。篤人は鼻をすすり、左手の人さし指で鼻を拭った。赤い血が指についた。そして操縦席はまたしても奪われた。

「クラス委員長になったからって調子こきやがるともっと痛い目にあうぞ。それでもいいのか? おっ?」

<バスの中のいじめが、ジャングルジムのいじめに変わっただけか>

篤人は、のがれようのない呪文に耐えられなくなっていた。


<今度こそ>

 それは、もはや意味のない決意だった、と篤人は自分の不幸を嘆≪なげ≫くばかりになっていた。

 そして篤人の、心のバランスは崩れていった。

 

 体中に湿疹ができるようになった。

 篤人の母は、

「幼稚園で何かあったの?」

 と聞いた。

「何もないよ、別に」

 と篤人は子ども心に母を心配させまいと強がった。

 それから数日、篤人の湿疹は日に日にひどくなっていった。

 湿疹は腕から始まり、首、胸、脚とどんどんひろがっていった。

 篤人は母に心配させたくなかったので、

「心配ないよ、お母さん」

 と言って幼稚園に通い続けた。

 

「篤人、あなた病気かもしれない、病院行きましょう」

「大丈夫だって」

「そんな体で幼稚園なんか行ける訳ないでしょう」

 そして篤人は母と病院に行った。

 診察はすぐに終わった。

「ぬり薬を出しておきますので、一週間様子をみてください」


 一週間はあっという間にすぎた。しかし篤人の皮フはまったくよくならなかった。

 母はついに、

「篤人、幼稚園、行くのやめなさい」

 母のその言葉は篤人にとって、この上ない救済の言葉だった。

 母親の『直感』は鋭い。我が子が幼稚園で何かあるはずだと感じた。篤人はきっといじめにあっている……。

 母は、篤人をもっと大きな病院につれていくことに決めた。このままだと、篤人は死んでしまう。


次の日、篤人は元気がなかった。やはり子どもと言っても病院に行くのは牢屋≪ろうや≫に入れられるような不安を抱かざるを得ない場所だ。

 そのまた次の日、母の強いすすめに従って、篤人は、心の病気をあつかう心療内科を受診した。

<ぼくは病気なんかじゃない>

 そう思うものの、やはり、大きな病院に来たことで、

<ぼくはやっぱり病気なんだ>

と感じずにはいられなかった。


   「まだ続きます」

  

  

 

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