好きな人の好きな人は、そう言った
消えゆく彼女の体を見て、その場にいた誰もが悲しんでいた。
わたしはもちろん悲しんだけれど、それ以上に、彼女に腹立たしさを感じていた。
彼女は、精霊と呼ばれる存在だ。わたしたちは彼女の力を借りて寿命を迎えるはじまりの大樹の新しい芽を守るため、長い旅をした。
旅の途中には、はじまりの大樹が弱ったことにより現れたマモノに襲われることもあった。そんな時にわたしたちを守ってくれたのは、彼だった。
彼、わたしの幼馴染の彼。騎士になった彼。彼女の、精霊の祝福を受けた、彼。
精霊の祝福を受けて、彼の持つ剣には守る力が宿った。彼はその剣で、長い旅の間、わたしたちを守ってくれた。しかし、けれど、彼が一番に守ろうとしたのは、彼女だったことに、わたしは気づいていた。彼の、彼女を見る目があまりに優しすぎることに、わたしは気が付いていたのだ。そして彼女もそれを受け入れていることを、わたしは気づいていた。
幼馴染である彼に、恋心を抱いているわけではない。それに気が付いたからといってわたしが嫉妬を感じることはなかった。むしろ、幼馴染の遅すぎる初恋を祝福したい気持ちだった。だからわたしは、わたしの操る馬に2人を同乗させたり、野良猫に頼んで2人にじゃれついてもらったりと、2人の距離を縮めるようなささやかな手伝いをしたのだった。動物と心を通わせることが出来るわたしなりの手段だった。
それが功を奏したのか、あるいはやはり出会うべくして出会った2人だからなのか、はじまりの大樹の、新しい芽の前で、2人は結ばれた。
その光景を見たわたしは、自分でも驚いたのだけれど、泣いた。そしてわたしは自分が、悲しくて泣いたのだということに気が付いて、また驚いた。それはたぶん、絶望にも似た驚きだった。
ああ、わたしは、幼馴染である彼に、恋心を抱いているわけではないと思っていたけれど、まったくそんなことはなかったのだった。わたしはたぶん彼を、自分でも覚えていない、小さいころから、好きだったのだ。そしてそれは、家族を好きになるとかそういうものではなく、異性として、彼に、恋をしていたのだった。
幸いにも、わたしの泣き崩れた理由が失恋だということに気が付いた人は居なかった。動物は、気が付いてわたしの周りに寄ってきてくれたのだけど。それがわたしの慰めになった。
そうだ、彼が幸せなら、それでいい。わたしはそう、自分を納得させた。
なのに。それなのに。
力を使い果たし、消えゆく彼女は、その体を抱く彼に、悲しい涙を流させている。その涙をぬぐい、笑いかけている。それがどんなに残酷な事かも、知らずに。
彼女が消えてしまうことは、わたしも悲しい。優しく、聡明な精霊である彼女。彼に、初恋を与えてくれた彼女。彼に、たくさんの笑顔をもたらしてくれた、彼女。彼女はわたしにだって、その優しさと、笑顔をくれた。
けれど、だから、そんな言葉を残す彼女が、腹立たしくてたまらない。
「だいじょうぶ、私は精霊だから、この体が消えても、あなたを見守っています、あなたの傍に、常にあるのですよ」
そんなの、そんなのは、彼を縛り付ける言葉でしかない。
「私は、ここに居ます、ずっと」
そんなはずは、ないのに。
「この言い伝えの、樹の中に、ずっと、生き続けて、いるのです」
生きているなんて言葉で、彼を、縛り付けないで。
どんなに取り繕ったって、体を失うというのは、わたしたちにとっては、もはや。
死ぬと、いうことなのだから。
村のはずれにある、小さな社の裏にある、言い伝えの樹。
彼女が、ここで生きていると言った樹に、彼は毎日会いに行く。1日の始まりと、1日の終わりに。
わたしはその樹の前に立っていた。わたしもまた、この樹に毎日会いに来るのだった。言い伝えの樹にそっと手のひらを這わせる。それから額をぴたりと触れさせると、わたしはそっと目を閉じる。
彼は、ずっとあなたを想っています。
あなたが、ここで生き続けていると、言ったから。
ねえ、生きているのなら、答えてください。
もしかしてあなたは、こうなることを、望んでいたのですか。
彼が、ずっと、この中で生きているあなたを想い、新しい恋など、しないことを。
一生、あなただけを、想い続けると。
ねえ、生きているのなら、生きているというのなら、答えてください。答えて、答えてください。答えて。
「答えろっ…!」
彼女が答えたことは、まだ、一度も無い。