そして終わる物語
聖の部屋から真っ先に飛び出した魔王が、何か呪文をつぶやいて城門を開け始めた。
聖は歩き続けて疲れていたが、あまり休んでいる時間はないらしい。自分の部屋を出てついていく。
スライムを薙ぎ払いつつ城に飛び込むと、魔王がすぐに扉を閉める。
ここからは作戦通り、人間のシーアル将軍たちは城門で防衛にあたる。城の内部構造を知らない彼らが進むより、城に住んでいた魔族が進む方が合理的だ。
ただし聖だけは魔王についていく。表向きはオリジンスライム討伐の為だが、女王に魔王が怪しい行動をしたらすぐに撃つようにとも命令されていた。
魔王は迷わず隠し階段を出現させて、上に登っていく。
元々スライム部屋は地下に在ったハズだが、勇者ナオトはそこにはいないだろうと魔王は言っていた。彼にある程度の知能が残っているなら、利便性や防衛力を考れば必ず魔王の部屋に陣取るはず、らしい。
隠し階段にもスライムはいるが、魔王は前から押し寄せてくるスライムを次々と焼き払う。その背中を聖と三匹の魔族達が守る形で進んでいく。
その中には聖を弓で射殺した鳥系魔族も含まれていたが、聖に突っかかる事もなく淡々とスライムを仕留めていく。
本来ならばトラップや伏兵、迷路などによってもっと時間がかかるのだろう。しかし直通の隠し階段で、罠も魔王がすべて解除してしまうため、聖には魔王城がとても小さな城に感じられた。
そしてあっさりと魔王の部屋の入り口にまでたどり着く。
ここでも作戦はあらかじめ決めてある。先手必勝、扉を開けたら魔王の魔法、聖の銃、鳥系魔族の弓で一斉に遠隔攻撃を仕掛ける。
魔王は呪文を唱えつつ、扉に手を伸ばしたが、しかし扉を開ける事はなかった。
聖の目には、白い光が魔王の体を通り過ぎるように見えた。
「まあ、罠なんですけどね。もしくは意趣返しとも言いますけれど」
意気込んで扉を開けようとした魔王は、その扉ごと勇者ナオトの魔法剣で切られて倒れていた。
意趣返しと言うのは、かつて勇者ナオトが魔王の部屋の一歩手前で瀕死の重傷を負わされたことに由来するのだろうか?
「魔王様は総大将なのに、前に出て戦いすぎますね。そんなだから神様に僕みたいなチート勇者を作られれて苦労するんですよ。何しろ、普通の勇者では育つ前にあなたに殺されてしまいますからね」
魔王の傷は深い。扉を開けようとした右手は切り落とされ、胸の傷も致命傷にみえる。
息はあり、恨めしそうに勇者ナオトを見上げている。
完全に動けないわけではなさそうだが、勇者に剣を突きつけられている。
聖は魔王を無視して拳銃を撃とうかとも思ったが、一撃で倒せるとはとても思えなかった。
そして倒せなければ、魔王をないがしろにされて怒った魔族を再び敵に回すことになるだろう。
「まあ、部下としては心強い上司でしたけれどね。ただ、いくら僕がスライムだからって、勇者と一緒に一生地下室で暮らせというのはひどくないですか?」
それまで勇者ナオトとして話していた彼が、今度はスライムとして話し出す。
非難する口調とは裏腹に、勇者ナオトは楽しそうに笑っていた。
「さて、そろそろ誰か僕と喋りませんか?僕が誰かと会話する機会なんて、後にも先にもないでしょうからね。できれば魔王様か・・・そちらの勇者?さん辺りに喋ってもらいたいものですね」
「ふざけるな!」
叫ぶや否や、ついてきていた鳥系魔族が弓を射る。
その矢が届く前に、勇者ナオトが剣を振るう。それは振るのが早すぎて空振りしたように見えたが、飛んでくる矢を半分にして、そのまま鳥系魔族も半分にした。
人質になっている魔王に配慮して撃たなかった聖だが、撃たなくて正解だったようだ。
「モブの罵声はいりません。・・・良かったらお喋りしませんか、勇者?さん」
「・・・いちいち勇者を疑問形にしないで」
「これは失礼しました。日本人っぽい顔立ちだからそうだろうなとは思ったんですが、何しろ確信がなかったので。勇者で間違いありませんか?」
まあ、疑問に思うのも当然の事だろう。聖の全ての能力が、勇者ナオトの足元にも及ばないのだ。
そもそもケバンケタルンが本当に聖を勇者として認めているのか、怪しい所だ。
「私は、あなたの後でケバンケタルンに騙されて勇者になった聖だけど」
「騙されて?」
「そうよ、あなたと違って騙されたのよ!」
勇者ナオトはいぶかしがる。
確かに、ナオトは騙されて勇者になったわけではないのだろう。最強の能力を与えられて、戦う相手は魔族と魔王。聞いた話では、あのキシル女王との結婚も約束されていたとか。
誰がどう見ても勇者で、そこにあの神の悪意はなかったのだろう。
今となっては羨ましくはないが、それでも不愉快である事にかわりない。
「それで、あなたを止めないと日本に帰れないの!」
「そう言われても、これはスライムとしての悲願なので、止まるわけにはいきませんね」
「あなたは人間、日本人でしょう?」
勇者ナオトは他の『スライム』とは明らかに違う。何より傷口もスライムも見当たらないのだ。
「いいえ、スライムですよ。勇者ナオトを食べ続けて力を蓄えて、彼より強くなった所で力任せに融合したんです。」
「馬鹿な・・・そんな、スライムが、いるものか」
魔王が苦しそうに呻きながらも反論する。
これ以上のんびりと会話をしていたら、彼の命は尽きるだろう。
「ああ、食べたら食べた分だけ増殖するはずだ!でしょう? 僕もはじめはそうしたかったんですが、密閉された地下室の中で、もう増殖できる余地がなかったんですよ。それで苦しい思いをしながらも、体内にエネルギーを貯めたんです。本当に苦しかったんですよ?そんなひどい事させるからこうして裏切られるんです」
本来スライムは捕食した分だけ増殖する。知能の低いスライムは、力を蓄えて強いスライムになろうなどと考えることはない。
弱くてもいいからとにかく増える。それがこの世界での、スライム本来の生存戦略である。
しかしそれができない密閉された空間で、魔王の命令で無限の餌であるナオトを食べさせられ続けた。
その過剰なストレスから突然変異した、という事だろう。
融合したというのがどういう事かはわからないが、殺しても正気の勇者ナオトには戻らず、スライムのままなのかもしれない。
しかし、聖は別の事を考えていた。
楽しそうに語るスライムの言葉をきっかけに、彼を倒す方法を一つ思いついていた。
「さて、そろそろ魔王様たちは死んでいいですよ。聖さんは、良かったら最後まで話し相手になってくださいませんか?」
「最後まで?」
「そうです。世界中をゾンビで埋め尽くすまで」
「えっと、『スライム』じゃなくて?」
「やだなぁ、どう見ても『ゾンビ』でしょう? ヒジリさんはホラーゲームとかやらない人でした?勇者ナオトはそこそこ好きだったみたいなんですけれど、もしかして話が合わないかな?」
ホラーゲームなら嫌と言うほどやりつくしたし、そのせいでケバンケタルンに目を付けられたのだが、そんな話をしている暇はない。
聖の考えている作戦を、なんとかして魔王は伝えなければならない。
魔王に合図を送り、そして協力してもらわなければ、聖の作戦はうまくいかない。
位置的に、聖の横にいる魔族達に手伝わせることは難しいだろう。
しかし勇者の足元にいる、彼ならば。
「私は、ホラーゲームより、脱出ゲームとかの方が好きだった」
「脱出ゲームですか?」
「そう、狭い部屋に理不尽に閉じ込められて、謎を解かないと出してもらえないの。部屋の中をあちこち探して謎を解いていくんだけど、良かったらやってみる?」
「面白そうですね、どうやるんですか?」
「そうね、部屋と道具があれば再現できると思うんだけど・・・・・・」
そこで考えるふりをして、魔王に視線を向ける。
聖のその目は冷静を装っていたが、そこには確かな意思が感じられた。
魔王は、理解した。
魔王は残る左腕でオリジンスライムの足をつかみ、渾身の力を込めて聖の方に投げる。
「あはは、無駄な事を」
スライムは投げられながら振り向いて、魔法剣の飛ぶ斬撃で、魔王の首と胴を切りはなす。
そして攻撃してくるであろう勇者ヒジリや残る魔族達の迎撃をしようとして体をよじり。
着地すると、そこは女の子の部屋だった。
ピンク色のベッドと布団。
時計の針の止まった目覚まし時計。
部屋の隅には、割れたゲームソフトの詰まったビニール袋が置いてある。
一瞬窓の外の困惑した顔の2匹の魔族と目が合った気がしたが、勘違いだったらしい。
彼らにはスライムの姿が見えないのか、きょろきょろとしている。
パタンッという音にスライムが振り向くと、部屋のドアが閉まっていた。
当然彼にそのドアを開ける事は出来ず。
本棚に残された数本のゲームの中に、脱出ゲームは一つもなかった。
* * *
残された魔族達もまた、何が起こったのかすぐに理解した。
何しろ城にたどり着くまで、勇者ヒジリの狭い部屋の中に、魔王や人間と共にぎゅうぎゅうに押し込められていたのだから。
魔王にいたっては中に入れた事が奇跡にも思えた。
閉じ込められてつらい思いをした魔王だったからこそ、聖の作戦にすぐに気づいたのだろう。
魔族達はオリジンスライムを閉じ込めたことに喜び。
そしてすぐに魔王の死に涙した。
* * *
その後、『スライム』の軍勢はあっけなく崩壊した。
元々スライムとしての本能に従うならば、獲物の死体を利用する事などしない。食べつくして増殖するためのエネルギーに使うのだ。
オリジンスライムを聖の部屋に隔離すると、命令を失った『スライム』は、すぐに操っていた死体を食べ始めた。
魔王軍とパロキセ軍が戦った草原には特に大量のスライムがあふれたが、統率されることもない彼らは、その後人間と魔族双方にあっさりと焼き払われていった。
* * *
聖も普通のスライム狩りを手伝いながら、ケバンケタルンの迎えを待っていた。
勇者ナオトの末路をみて、このままこの世界で暮らしたいとは思えなかった。
ケバンケタルンが迎えに来てくれる可能性が低いのはわかっていたが、それでも待ち続けていた。
彼が迎えに来なければ、いつか自分の部屋のドアを開けてやろうと思いながら。