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勇者ヒジリ

 

「ケバンケタルン!」


 その後、ひじりはそのまま部屋で丸1日ほど寝ていたが、お腹が空くこともトイレに行きたくなることもなかった。時計の針が止まっている事と何か関係あるのかもしれない。

 今でこそ多少の落ち着きを取り戻して服を着ているが、聖は気が立っている。

 そして大声でこの世界の神の名を呼ぶが、彼は現れない。


「ケバンケタルン!」


 もう何度叫んだかわからない。

 出てこないなら勇者をやめるとか、魔王と一緒に人間を滅ぼしてやるとかも叫んでみるが、相変わらず反応はなかった。


 ケバンケタルンは聖を3回生き返らせられると言っていた。

 そして実際に生き返ったのだから、当然聖の事を見守って、もとい監視していると思っていた。

 が、ここまで何も反応がないという事は、見てなどいないのかもしれない。ずっと監視されているのも今となっては嫌ではあるが、ほったらかしは最悪だ。

 だとすると、聖の復活はケバンケタルンの手動ではなく、自動で行われたのだろうか?


 ならばもうこれ以上叫んでも無駄である。

 聖はまたやる気をなくし、さらに半日以上ベッドに横になっていたが、ついに観念して部屋を出ることにした。


 *   *   *


 神殿に突如現れた聖は、そこにいた神官たちにすぐに女王の所に連れていかれた。実際には、聖は2日前くらいから神殿にいたが、彼らには突然ドアが現れて聖が出てきた様にしか見えなかったという。


 連れていかれた部屋には女王ともう一人、シーアル将軍もいた。聖は2人に戦場で魔王やスライムと遭遇した事、セチンが自分を庇って死んだことなどを説明する。


 それと同時に神の力で復活したことも説明するが、あと1回しか復活できないと嘘をついた。

 特に考えがあってついた嘘ではなく、神やこの世界への不信感からついた嘘だ。しいて理由を挙げるなら、自分の死を前提にした作戦など立てられないようにと案じたぐらいだ。


 シーアル将軍はセチンの最後を聞き、沈痛な面持ちでうつむいてしまったが、女王は聖をねぎらい、そしてその後の顛末を教えてくれた。

 と言ってもたいした物語はない。パロキセ軍も魔王軍も消耗していた為スライムと戦う余力がなく、双方ともに撤退しただけだ。

 現在魔王軍は山の方に逃げ、草原はスライムに占領されている。スライム達の狙いはそこにある大量の死体で、死体を持たないスライムの本体が絶えず押し寄せて、そこにある死体を片っ端から吸収しているらしい。

 スライム達は死体を全て回収し終わったら、そのままパロキセ国に攻めてくるだろう。今は国の近くに防衛線を張り準備を整えている最中だった。


「魔王と手を組んで、一緒にスライムを倒した方が・・・」

「そんな事はできない!」


 誰でも考えるような提案を、それまで黙っていたシーアル将軍が女王より早くはねのけた。


「ヒジリさんは知らないでしょうが、私達人間と魔族は、もう500年以上も殺し合ってきたのです」


 対して新種のスライムは、つい半年ほど前に発生したばかりなのだという。しかもそれは、元々は最弱モンスターなのだ。そんなものの為に500年争った相手とは手が組めない。

 共通の敵が現れれば仲良くできるという、単純な話にはできなかった。



 少し前までなら、女王や将軍にそう言われれば、聖はそのまま口をつぐんでしまっただろう。

 しかし、一度死んだ聖には、神に騙された彼女には、それに反論できるだけの気力が生まれていた。


 気力と言うよりも、自暴自棄に近いものではあったが。


「それで・・・それで魔族共々奴らに滅ぼされてもいいんですか!?」

「騒がれるな、我々はスライムなどに負けはせん!あんなもの食べる死体さえなければただの水の塊だ。そんなものの為に魔王に頭を下げるなど馬鹿げている!」

「でも、死体だけじゃなくって生身にだって感染するじゃないですか!」

「そんな事はあり得ない!勇者だからといって、デタラメも信じてもらえると思わない事だ」

「デタラメじゃありません!私は魔王がスライム犬に噛みつかれた腕を自分で切り落とすのを見ました!あれは、切り落とさないと自分がスライムに取り憑かれてしまうから切り落としたんでしょ!」

「そんなバカな話は」


「いえ、事実なんです将軍」


 徐々にヒートアップする聖とシーアルを制し、女王が観念した表情で話し始めた。


「もっとも、病気ではないので感染という表現は語弊がありますね。『スライム』の大半には1つの死体の中に1~数匹の「スライム」が詰まっています。ごく稀にですが、彼らが攻撃する時に相手の血管や臓器の中に仲間の「スライム」を流し込むことがあります。流し込まれたスライムは、中から獲物を食い殺し、そのままその死体を食い殺してしまうようです」


「それは・・・それを、何故この私が知らないのだ」

「知っているのは私と、その光景を目撃したものだけです。滅多に行わない行動ですし、兵の士気にかかわりますから」


 すこし引っ掻かれただけで死んでスライムになるかもしれない。

 そう言われれば兵士の誰も前で戦おうとはせず、逃げ出すだろう。それこそ聖のように。

 シーアル将軍は再び、今度は疲れ切った様子でうつむいてしまった。


「・・・・・・人間を守るために、私は女王として決断をしないといけませんね」

「それじゃあ、魔族と?」

「向こうが受け入れるならば、ですが」


 魔族とて、人間に対する憎しみは同じくらいあるだろう。

 しかし本当は向こうも手を組みたいと思っているのではないだろうかと聖は思っている。

 手を組まずとも、少なくとも停戦はするべきである。魔族にだってそう思っている者がいるだろう。


「しかしその交渉は、勇者ヒジリにしかできませんね」

「・・・・・・・・・わかりました、引き受けます」


 聖は女王の言葉に一瞬詰まったが、それでもすぐに決断できた。

 それなりの地位にあり、スライムだらけの道を突破できる者。さらにスライムの危険性を理解していて、魔族への敵意を隠せるものでないとその役目は務まらない。

 それにあてはまるのは勇者ヒジリくらいだろう。


 聖には戦場で魔王を守った実績があり、いきなり殺されることもないはずだと高を括って了承した。



 *   *   *



【ここで復活する】

【神殿で復活する】



 甘かった。


 と言うよりも忘れていた。


 この前の戦闘開始直後、聖は空の魔物を大量に撃ち落としていた。魔族がスライムの大群に気づかなかったのはそれが原因であり、つまり聖が原因である。


 そんな聖が突然現れて、魔王に会わせてくれと言って素直に会わせてもらえるはずもなく。

 大勢の羽のある魔族に囲まれて。

 交渉に来たのに銃で撃つ訳にもいかず、両手を挙げてみたが。

 背後から大量の弓矢で撃たれ、あっさりと死んでしまっていた。


 聖が最も恐ろしいと思ったのは、前回ほど絶望していない自分である。

 今回は自殺ではないし、殺されてもしょうがないという思いも心のどこかにあるのだろうが、2回目だから慣れているという事実は否定する事が出来ないだろう。


 聖は【神殿で復活する】を選びたくてしょうがなかったが、そういうわけにもいかない。

 ここで魔族と交渉できなければ、数日後には草原にいるスライムの群れに滅ぼされるのだ。


 聖はここに来るまでに草原を大きく迂回してきたが、途中で覗き見た草原のスライムの群れの規模に、パロキセ軍は絶対に勝てないという確信があった。



 コマンドの背景では弓を射た鳥系魔族達が拳をあげて勝どきをあげ、そして飛んできた魔王に張り倒されるのが見えた。

 聖は魔王が生きていた事に安堵し、そしてもう少し早く来てくれたら良かったのにと思いながら、【ここで復活する】を選んだ。


「・・・あれ?」


 てっきりまた、部屋のベッドで目を覚ますと思っていたが、今度はそのまま地面に突っ伏した状態で目が覚めた。

 傷は治り背中の矢も抜けているが、洋服はそのままだったため、洋服の背に開いた穴がスース―する。

 お尻にも1本だけ矢が刺さっていた為小さな穴が開いていたが、どうしようもなかった。


 そんな聖を、鳥系魔族達が目を丸くして見つめていた。

 魔王だけは安堵しつつも嫌そうに見つめていた。


 そして「またか」とぽつりと呟いた。


 *   *   * 


 その後、魔王とその腹心たちはもめたが、結局は手を組む事で合意した。

 そのやり取りは聖と女王とシーアル将軍のやり取りに瓜二つだったので、特記することもないだろう。


 そして魔族達の状況は、パロキセ国よりもはるかに緊迫していた。

 彼らは魔王城がすでにスライムによって落とされた為、パロキセ国の城を奪って再起を図るために、生き残った全勢力で戦争に挑んでいた。

 それが本当なら、魔王城では魔族の死体を手に入れたスライムが大量に発生していることになる。

 聖はその事実に恐怖しつつも、魔王とその腹心たちと共に、急ぎパロキセ国に向かう。



 そしてパロキセ国に向かう途中、魔王から女王が隠していたであろう最後の真実を聞かされてた。



 『オリジンスライム』、最初のスライムの異常種の正体は、先代勇者であると。


 

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「賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書」

ひっそりゆっくり連載中(※ジャンルはハイファンタジーです)

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