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ファンタジーの終わり

 


【ここで復活する】

【神殿で復活する】



 ・・・ああ、私は騙されたんだ。

 ひじりは2つのコマンドを見ながらそう思っていた。


 2つのコマンドが視界の8割くらいを覆うほど大きいため、その背景で『スライム』達にバラバラに食い荒されている自分の死体がはっきりと見えないのは、聖にとっては幸運な事だろう。

 ケバンケタルンに貰った幸運は聖の命を守らなかったが、それが無かったらこのコマンドはもっと小さかったかもしれない。そんな事を自嘲的に考えてみたが面白くはなく、ただ怒りの感情が増幅しただけだった。


 聖は思い出していた。この世界の神であるケバンケタルンの優しそうな顔を。

 毎日のように豪華な料理を食べさせてくれ、優しく接してくれた女王を。

 自分に突っかかってくる事などなく、称賛を送るばかりだった兵士や貴族達を。


 実際には聖を騙そうとしていたのはケバンケタルンだけであり、この世界の人間は本気で聖に期待していただけだろう。それは聖にも頭ではわかっていたのだが、しかし感情はどうすることもできなかった。


 自分を騙したケバンケタルンへの怒りも。


 騙された自分の浅はかさへの後悔も。


 戦場に突如現れた『スライム』の大群を見た時の絶望も。


 最後に拳銃の銃口をくわえ、引き金を引いた時の恐怖も。

 

 聖にはまだどの感情も抑えることはできなかったのだが、それ以上にコマンドの背景にちらちら映る自分のハラワタが見るに耐えない。

 嫌々ながらも、聖は【神殿で復活する】を選んだ。


 *   *   *  


 その3時間ほど前、パロキセ国にあるアルプスのような山脈の麓の草原に、二つの勢力が横長に陣取ってにらみ合っていた。


 山脈を超えて降りてきた魔王軍3万と、それを待ち構えていたパロキセ軍12万。


魔王軍は数の上ではパロキセ軍に大きく負けている。前面には動きの遅いゾンビやスケルトン、ゴブリンなどが多く、強そうには見えないが、見ていて気持ち悪い。

 しかし所々にいる大きな獣やゴーレム、奥の方にいる人間に近いような姿の悪魔はきっと普通の兵士よりもはるかに強いだろう。彼らの戦闘力によっては数の差をひっくり返してしまうかもしれない。

 対するパロキセ側は中央の兵士は同じ模様の銀色の兜に鎧を着ているが、軍隊の両翼の端の方には粗末な皮鎧の兵士も多い。中央にいるのが本隊で、両脇にいるのはいかにも寄せ集めた兵士のようである。


 聖の隣にいた人物が、今回はパロキセ国にとっては総力戦であり、魔王軍にとってもそうである可能性が高いと教えてくれる。

 教えてくれたのは軍の総大将、シーアル将軍である。彼は40歳位でまだ若いが、かつて仲間と共に魔王城に乗り込み魔王と一戦交えた事もあり、兵士たちの人望が厚い。特に軍の統率に問題は無いように見えた。

 聖は現在シーアル将軍と共に、少し高い所にある本陣から戦場を見渡している。

 戦場は表向きはにらみ合って動いていないように見えるが、パロキセ国側は軍隊の裏で塹壕を掘ったり土嚢を積み上げたりして準備を進めている。一方で魔族は何もしていないように見えたが、聖が狙撃銃のスコープで魔王軍の奥を確認すると、奥で人型の魔族が魔方陣から獣を召喚したりゴーレムを作ったりしているのが見え、聖はすぐにそれをシーアル将軍に伝えた。

 聖は最初、スコープは自動的に照準を合わせ、決め撃ちしても当たってしまうこの銃には不必要ではないかと思っていた。しかし今回のように、たくさんいる敵の中から狙いたい相手を選ぶ時には必要になるのだと理解した。


「ならこれ以上の準備時間は、我が軍の方が不利になりそうだな。 戦闘を開始しますが、ヒジリ様はどうされる?あまり前には出ていただきたくないのですが」

「あ、狙撃銃でならここからでも狙えそうなので、それでもいいですか?」

「それはよいですな。 セチン、念のためヒジリ様を護衛しろ」


 セチンはシーアル将軍の護衛の騎士の一人で、全身鎧で兜も隙間が目元くらいしか開いていないため顔が見れなかった。


「それとヒジリ様、地上の敵を狙う前に、空にいる連中を落としては貰えないだろうか?」

「わかりました」


 空には飛べる魔族が大勢、矢で狙っても届かないような高所からパロキセ軍を覗いていた。時々魔王軍の後ろの方に降りているので、こちらの様子を逐一報告しているのだろう。

 戦闘が開始されれば、さらに空から魔法で空襲してくるハズである。

 しかし、矢は届かなくても狙撃銃なら届く距離だ。狙いも自動的に補正してくれるので、聖は心配していなかった。


 むしろこの状況に気持ちがたかぶり、興奮を隠すことができないでいた。恐怖がない訳ではないが、平和な日本の高校生だった自分が戦争に心が躍っている。

 それは圧倒的な武器ちからを与えられているからだろう。


 撃つ前からこんなに興奮していたら、たぶんトリガーハッピーになってしまう。そう思って自制できたのは、パソコンでオンラインのFPSゲームやTPSゲームに慣れ親しんでいた事が役に立った。

 ゲームならば失敗しても「この新参者め」とチャットで非難され、ちょっと嫌な思いをするだけで済むが、実践ではそんなわけがない。活躍できなければ最悪エセ勇者として追放されるかもしれないのだ。


 聖が気を引き締めたところで、ついに戦闘が開始された。



 前方中央の兵士たちが一斉に前に動き出し、それと同時に聖は空の敵の狙撃を開始した。

 次々と空の魔物が落ちていく。空の魔物は慌てて周囲を見るが、矢や魔法も飛んでくる中、銃で狙う聖に気づけるはずもなかった。やがて賢い者から正体不明の攻撃に怯えて逃げはじめるが、風の魔法か何かだろうと気づいていない奴も多い。そんな愚か者を次々と撃ち落としていく。


 ---やはり今回も、勇者の力は圧倒的だな---


 兵士達と魔族の怒号や断末魔が聞こえてくる中、そんなつぶやきを聞き取ることができたのは風の気まぐれだろう。声の聞こえた方をちらりと見るが、誰がつぶやいたのかはわからない。


 自分の前にも勇者がいたのだろうか?そんな話は聞かなかったのだけれど。


 まあそれは後で聞けばよいだろうと思い、いまだ上空にいる魔族をさらに十数匹ほど撃ち落とし続ける。さすがに全ての魔族に気づかれたらしく、空にはもう誰もいなかった。


「十分ですよヒジリ様。これで魔王軍はこちらの動きを察知しにくくなるでしょう。」


 聖は役に立てたことにホッとする。とりあえずはエセ勇者として捨てられる未来は回避できそうだった。


 *   *   *


 戦闘開始から1時間以上経過して、戦況は少しずつ動き始めていた。中央での戦闘は拮抗しているが、パロキセ軍の左翼での戦闘では段々とパロキセ軍が押し始め、そこから魔王軍全体の隊列がどんどん乱れていく。


 聖ははじめ、両翼の兵士は寄せ集めだと思った。おそらく魔族たちもそう思ったのだろう。しかし実際にはシーアル将軍は軍隊の左翼に精鋭の兵士や魔法使いを集中させ、あえて自由に好きな装備を付けることを許していたのだ。

 逆に中央の鎧の兵士たちは最初こそ攻めこんだが、その後は防御に徹している。

 魔王軍も、空の魔物が偵察していればすぐに気づいて対処できただろう。まさか人間に制空権を取られるとは思っていなかったのが敗因である。


 聖は自分の所属するパロキセ軍が優勢になっていくことに興奮し、そして左翼の兵士や魔法使いを羨ましく思った。

 聖もケバンケタルンに優れた身体能力や魔力を貰ってはいたが、剣で戦えるほど強い肉体ではなく、魔法を使えるほど強い魔力でもない事が判明していた。

 ケバンケタルンが聖に与えたのは『銃の発動に十分な魔力』であり、それは火種を起こせる程度の魔力で十分だったらしい。

 つまり聖には、銃で戦う以外に戦う術はなかった。


 左翼での勝利がほぼ決まり、そこから一気に魔王軍を突き崩す。

 そう思った矢先に3mはありそうな赤黒い魔人が左翼の端に突如現れ、片手で火炎の波を発生させ、左翼の一番外側を守っていた精鋭数十人を焼き払った。


「来ていたのか。・・・ヒジリ様、あれが魔王ですな」


 魔王グランドビーチャム。その姿をスコープでよく観察すると、限界まで真っ黒に日焼けした筋肉隆々の大男の体に、赤い縦のラインが左右対称に入っているような姿である。日焼けではないだろうけれど。


「ここからでも狙えますか?」

「えっと、ちょっと遠いですね。弾は当たりますが、これだけ距離があると威力が落ちるのでもう少し近づかないと」


 狙撃銃の最高威力は拳銃よりも何倍も高いが、距離が離れすぎると徐々に威力が落ちていく。ゾンビやゴブリンならそれで十分かもしれないが、流石にそれで魔王を倒すのは難しいだろう。

 聖が魔王を撃つためには、もっと近づく必要がある。


「そうですか。だが前には出ず、兵士に紛れて近づくように。できるなら一撃で頼みます」

「頑張ります」


 聖とて魔王に狙われたらたまったものではない。だからこそ近づくのだ。この位置から何十発も当て続けてバレるよりも、できるだけこっそり近づき、一撃で仕留められればその方がよい。


 聖は護衛役のセチンに先導されながら、兵士のあいだを縫って左翼の端へと進んでいく。

 時間をかけ、そしてついに魔王まで50mくらいまで近づいた。肉眼で魔王の顔がわかる距離ではないが、ここからならほぼ100%の威力で魔王の頭を撃ち抜く事ができるだろう。


 今魔王と戦っている魔法使いが優秀らしく、魔王の攻撃をギリギリのところでうまく防いでいた。魔王はその魔法使いに集中していて、まだ聖には気づいていない。


 聖は狙撃銃を召喚し、

 威力を最大にして、

 スコープを覗き、



 撃とうとした瞬間、魔王の右腕に一匹の犬が噛みつくのが見えた。


 

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「賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書」

ひっそりゆっくり連載中(※ジャンルはハイファンタジーです)

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