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よくある魔族と人間の戦争

 

 ひじりが目を覚ますと、見慣れた天井が目にはいった。勿論自分の部屋である。

 変な夢でも見たかと思いつつベッドの横の目覚まし時計に目をやると、時計は止まっていた。

 それが電池切れではない事を、聖は何となく察した。

 

 聖は起きて、窓の外を見る。そこに暗闇でも見慣れたご近所でもない、石造りの建物の壁が見えた。壁と言っても外壁ではなく内側で、何か体育館位の大きさの部屋の中にいるらしい。それも中央の祭壇のようになっている場所、少し高い位置に部屋が乗っかっているように見える。

 自分が部屋ごとケバンケタルンの世界に召喚されたのは知っているが、家ごとではなく部屋ごとと言うのはどういう事だろうか?外側からみて自分の部屋はどう映っているのだろうという疑問が出る。

 外に神父のような服を着た男が何人もいるのが見えたが、窓越しに目が合う事はなかったので、外側からは見えていないのかもしれない。


 聖は外に出る前に、ケバンケタルンの最後の言葉を思い返していた。彼は『スライム』と言っていたが、この世界の魔王はまさかのスライムなのだろうか?『殲滅』という言葉は、敵が複数いる時に使う言葉である。魔王の腹心や部下までもスライムなのだろうか?

 あるいは、この世界では『魔物=スライム』なのかもしれない。


 それ以上の事は考えてもわからなかったので、聖はついに覚悟をきめて部屋のドアを開けた。


「おおっと」


 ドアを開けるといきなり階段だったため、聖はいきなり転びそうになった。幸い足を踏み外す事はなく、ちょっと驚いた程度で済んだのは、幸運の能力のおかげかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 変な声を上げた聖に、周りにいた人間が一斉に聖に視線を向ける。そのほとんどが驚きの表情で聖を見あげていたが、やがてその大部屋に居たほとんどの人間がこちらに向かって土下座を始めた。


 聖には土下座にみえたそれは、彼らにとっては神への祈りの姿勢である。


 その中で一人、こちらに向かって階段を昇ってくる女性がいた。それは金髪碧眼の美女で、聖より年上な事はわかったが、20代なのか30代なのかは見分けがつかない。おばさんまではいかないだろうその女性は、白いドレスとも巫女服とも言えるような服を着て優雅に歩いてきていた。

 

 聖はその歩いている女性と見つめ合い続けるのが恥ずかしくて、目をそらした。何となく後ろを振り向くと、そこには自分の部屋のドアとドア枠だけが存在していた。ドアを開けば自分の部屋とつながっているのだろうが、その時も周りからは何も見えないのだろう。

 聖は自分が毎週見ているアニメに出てくる未来の道具によく似ていると思った。


「ようこそいらっしゃいました、勇者様」


 目の前まで来た金髪碧眼の美女が聖に声をかけてくる。それは勿論日本語ではないが、聖にはすんなりと理解できていて、喋る事も本能的に可能だった。


「あの、初めまして。田中 聖です」

「ご丁寧に挨拶いただきありがとうございます。この国の女王を務めている、キシル=パロキセと申します。早速ですが、勇者の証を見せてはいただけないでしょうか?」


 勇者の証?

 そんなもの貰っただろうか?


 もしかしたら銃の事かもしれないと考えて、聖は右手を見ながら念じてみる。すると思った通りに右手に赤い光が集まり、拳銃が召喚された。

 それを見ていた周りの男たちがどよめき始める。「本物の勇者だ」「今回は女だったのか」「これであのスライムどもを」「ついでに魔王も」など、聞き捨てならないスライムというキーワードも聞こえてくるが、とりあえず聖に対して好意的な内容だったことには安心していた。


「ありがとうございます。あらためて、私達パロキセ国は勇者ヒジリの来訪を歓迎いたします」


 そういうとキシルと名乗った美女は振り向いて男たちに片手を挙げる。すると男たちが盛大に拍手を始めた。

 聖は目の前の女性が本当に女王なのだと感心すると同時に、自分が凄い事に巻き込まれたのだと実感して、少し足が震え始めていた。


 *   *   *


「スライムについて教えてください」


 勇者召喚の後、聖は神殿を出て(先ほどの場所は神殿の祭壇だった)神殿の隣にあるお城で女王と食事をしながらこの世界の説明を受けた。

 予想通り魔王率いる魔族と女王率いる人間が戦争していて、剣と魔法の世界であり、科学はそんなには発達していない。ファンタジー小説では当たり前の設定で、ゴブリンやエルフもいると言われた時には笑いそうになった。

 聖の事はパロキセ国が召喚した勇者という事になっていて、魔族と戦ってほしいという予想通りのお願いをされた。



 そういったテンプレなやり取りが終わった後の、テンプレではない最初の質問がその一言だった。


 先に聞いた方が良い事がいっぱいあるのだろうが、それよりも『スライム』がどうしても気になって仕方がなかったのだ。『スライム』が先ほどまでのテンプレとは別の所にいる存在だと、聖もさすがに気づいていた。

 

「・・・スライムと言うのは、魔王軍の手下の一種類で、緑色でゲル状の知能の低いモンスターです。モンスターの中でもとても弱い、一番弱いと言っても良い相手ですね」


 意外にも、スライムは地球のテンプレ通りの相手だった。

 しかしそんな相手を神であるケバンケタルンや神殿の神官達が名指しで憎むはずがない。


「ただ、神官たちが噂していたスライムと言うのはまた別種のスライムなのです。・・・捕食した動物の死体を体内に取り込むことによって、従来のスライムよりもはるかに強い力を手に入れた新種のスライム。それが異常繁殖して世界中で動物や人間、魔族すらも襲い、勢力を拡大しています」

「魔族も、ですか?」

「そうです。新種のスライム達は魔王軍にすら襲いかかり、今では人間と魔族とスライムの三つ巴の戦いになっているのです」


 いくら新種だからと言って、スライムが魔王軍に襲い掛かるとなると、やはり地球の定番のスライムではないのだろう。動物の死体を取り込んで、と言うのもよくわからない。


「通常のスライムは動きが遅く、持久力もないのです。新種たちは体内に取り込んだ死体の筋肉や骨を利用することによって、高速移動や飛行すら可能にしています」


 そこまで言われてようやく想像がついた。

 おそらく、全身緑色の動物なのだろう。馬や鳥の形をしたおもちゃの消しゴムのようなスライムが、元の動物と同じように走ったり飛んだりしながら襲ってくるとなると、これは確かに脅威である。

 おまけに異常に増殖スピードが速いとなると、それはもう手が付けられないのではないだろうか?


「いえ、増殖スピードが速いのは最初の1匹だけなのです。他の個体の増殖スピードは通常のスライムと大して変わらないので、最初の1匹、『オリジンスライム』さえ見つけ出して倒すことができれば、スライム勢力はやがて壊滅できるでしょう」

「なるほど、それでそのオリジンスライムはどこにいるんですか?」

「・・・現在探索中です」


 その後、スライムの殲滅は魔王討伐より後になるかもしれないと説明された。魔王軍も三つ巴の戦いによってだいぶ戦力を減らしているらしく、居場所の分からないオリジンスライムより倒しやすいのだそうだ。聖にとってのラスボスは魔王ではなくスライムの方になりそうだ。


 *   *   *


 その後2週間ほどかけて、聖は城で銃の練習をしていた。と言ってもゲームのイージーモードのように自動で命中の補正をしてくれるらしいので、練習していたのは連射の仕方や威力の調節だったりする。

 城の兵士達と一緒に近場の森でのモンスター退治にも参加した。そこに居た普通のスライムやゴブリンなどは威力最弱の拳銃でも簡単に倒すことができ、それを横で見ていた兵士達は歓声をあげていた。

 幸か不幸か新種のスライムには出会わなかった。



 聖はできれば本格的な冒険や戦闘の前に、新種のスライムを見てみたいと思っていたが、それは叶わなかった。

 魔王率いる魔族の大軍勢が、人間の国に向かって侵攻してきたのである。





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「賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書」

ひっそりゆっくり連載中(※ジャンルはハイファンタジーです)

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