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あれです。なんて言えば良いのでしょう。ねえ?
黒のフロックコートを着こなした、紅い瞳の『変な悪魔』さんですが、この数日、物凄く機嫌が良さそうです。雰囲気としてお伝えするなら、今にも鼻歌を歌いだしそうな雰囲気です。眉間に皺も寄っておりません。さらに、顔を見れば僅かながら口角が上がっていて…微笑ですよ! 微笑!
なんて言えば良いのでしょう。ううん、ええと、あれです、逆に怖いと言いましょうか…。いつもの偉そうな笑みとはどこか違うのです。笑顔自体は素敵なのですが、見たことのない表情過ぎて逆に怖いです!
先日体調を崩されて回復されてから、一体何があったのでしょうか。
とりあえず見なかった事にして、すすっと『変な悪魔』さんの座るテーブル上に紅茶を差し出します。
「ど、どうぞ?」
あまりの不振さに少し口調がドモってしまいました。
「ああ」
『変な悪魔』さんはそんなワタシの不信感全開の雰囲気には気が付いていないようで、機嫌よく紅茶に口を付けます。相変わらず様になっております。美形な方はどんな仕草も綺麗で若干悔しいです。
黒い髪に青白い肌が物凄く映え、そしてなんと言っても一番輝くのは、ピジョンブラッドだって霞んでしまう深紅の宝石が嵌っているような瞳。本当に綺麗な目です。
最近沢山の『変な悪魔』さんの表情を発見している気がします。不機嫌な顔、呆れた顔、嬉しそうな顔、弱っている顔etc。それに助けてくれたり、慰めてくれたり、ぶっきらぼうだけれど話を聞いてくれたり、一人ではないのだから頼れって言ってくれたり・・・。
『変な悪魔』さんは、変だけれどとてもやさしい。
心臓の辺りがほわわんと温かく、そしてきゅっと締め付けられる不思議な気持ち。
「・・・そういえばこの数日聞かれていませんね」
『変な悪魔』さんの事を考えていて気が付きました。恒例になっている「願い事はなんだ」という言葉を最近は聞いておりません。今までまず最初に必ず出てきた言葉のはずなのですが。
「なんだ、今更気が付いたのか」
心の声は実際に声として出していたようで、『変な悪魔』さんはそれをしっかりと聞いていたようです。主語の抜けた呟きでも、それがいつものやり取りの事だと分かっている返答。
まあワタシに願い事は特にありませんしね。ようやく諦めて下さったのでしょうか。・・・唐突にズキンと胸が痛みました。
「もう、よいのですか」
少し掠れた声にどうか気が付きませんように。
「ああ、もう必要はない」
紅茶を飲みながらさらりと答える『変な悪魔』さん。
「そうですか、もう、終わり---」
視線が合い、はっとしたように眼を見開く『変な悪魔』さん。カチャリとティーカップをソーサーに置く音がやけに室内に響き渡り、『変な悪魔』さんが椅子から立ち上がりワタシへと伸ばす指先。その指先は、ワタシの目尻をなぞり、顔の輪郭を確かめるように滑らせて、その後に両手のひらで私の頬を包み込む。
「なぜ泣く?」
とても静かな声。
「もう、終わり」
さっきと同じ言葉が口からこぼれる。
『変な悪魔』さんの目的は私の願い事を聞くことだった。それが終わればもう私に構う必要などないはず。きっと、そう。
「目的が終わりなら、もう、ワタシに会う必要は・・・」
またひとりぼっちのティータイム。
『変な悪魔』さんの姿が涙で掠れてよく見えません。20歳を超えた大人が何をぼたぼたと涙を流しているのでしょう。みっともないです。子供っぽいです。けど!
「俺が来なくなるとでも思ったか」
呆れたようにくっと笑う『変な悪魔』さん。
頬を包む手のひらから伝わるあたたかさ。
『変な悪魔』さんへ腕を伸ばせば、両手が頬から離れてぐっと両肩を引き寄せられてぎゅっと抱きしめてくれました。この人はどうしてこんなに優しいのでしょうか。偉そうなのに俺様なのに悪魔なのに。
ワタシも『変な悪魔』さんの背中にぎゅうっと腕をまわし、フロックコートに顔を押し当てて自分とは違うヒトの温かさを、存在を感じ取りました。
「居なくはならない。それがお前の願いであり、お前を一人にはしない、それが俺の願いなのだから」
抱きしめられながら頭を撫でられ、悪魔さんの言葉に安心し、それから「えっ?!」となり、顔を上げました。見上げた先には綺麗な真紅の瞳、にっと口角を上げて微笑む悪魔さんの顔。
「『居なくならないで』、お前の願いは数日前に確かに受け取ったが?」
それは数日前に寝込んでいる悪魔さんに私が思わずこぼした心の寂しさ。まさかまさかまさか!
「えええええええええ!!!?」
「契約成立だな」
「これから宜しくな。対価は何が良いか」とそれはそれは意地悪そうに笑った悪魔さんが、以後家に居座るようになるのはまた別のお話。
願い事はぶっちゃけどうでも良くて、いつも側にいる口実が出来てほくそ笑む悪魔さん。
そして自分の事でイッパイイッパイの鈍い主人公ちゃん。




